ヴェネチアへ「藍」を込めて 世界最古の国際芸術祭に出展【徳島】
世界最古の国際芸術祭、イタリアの「ヴェネチアビエンナーレ」へ藍染の作品を出展した、徳島市の工房があります。
その人は、とある大企業の創業者。
日本の誇る文化を世界へ、ヴェネチアへ「藍」を込めて。
徳島市中常三島町の住宅街に建つ一軒の民家に、徳島の伝統、藍染めの技法を使ってアート作品を産み出す工房があります。
その名は「青藍工房」
「藍」と「ろうけつ染め」を組み合わせる独自の技術で、1970年ごろから半世紀以上にわたり作品を作り続けてきました。
浮川初子さん75歳。
夫とともにジャストシステムを創業し、現在もソフトウェアの会社を経営する初子さんは、藍染め作家としての顔も持っています。
ともに創作にいそしむのは、妹の橋本清子さん73歳です。
(浮川初子さん)
「ベネチアらしいでしょ、ゴンドラに乗りました」
6月、イタリア。
夫・和宣さんと、ヴェネチア名物のゴンドラに乗る初子さん。
2年に1度開催され、130年以上の歴史を持つ世界最古の国際芸術祭「ヴェネチア・ビィエンナーレ」に藍染め作品を出展するため、この地へやってきました。
(浮川初子さん)
「みなさん、藍染の藍の色に魅了されていまして、全面藍染の色でブルーの濃淡でやっておりますので」
「感動してくれて、すごくうれしかったです」
「青梅波」浮川初子
「脳の拡大」浮川初子
創作のきっかけを、妹・清子さんはこう振り返ります。
(藍染め作家・橋本清子さん)
「夫の赴任地で海外生活をしまして、その時に日本のことを何も知らないということで」
「日本に戻りましたら、ぜひ日本の文化を勉強して、何か一つ自分の創造の指針となるものを作りたいと思って帰国しました」
「月下美人」橋本清子
「梅が香」橋本清子
「雪持ち笹」橋本清子
帰国後、清子さんの最も身近にあった日本文化が「藍染め」でした。
実は青藍工房の創始者は、姉妹の母・陽子さんです。
陽子さんは、戦後、化学染料の普及で藍染めが衰退していく中、独自のろうけつ染めで藍の可能性を探りました。
姉妹は、そんな母の背中をずっと見てきたのです。
(記者)
「お母さんから教えを受けたことで、印象に残っていることはありますか」
(橋本清子さん)
「ろうけつ染めのことだけではないんですけれど、戦後、日本が戦争に負けてみなさん国民の方が意気消沈しているときに」
「高校の先生に『日本の文化を守れば、負けたことにはならないんだぞ』って言われた言葉を、母は指針にして」
(浮川初子さん)
「母は長年やってきた『さらさ染め』とかが起点にありまして、藍をアートの世界に持っていきたいと、ろうけつ染めで手描きをやり始めた」
「型染めだとやはり自由自在な絵が描けませんので、ろうけつ染めで手書きで自由自在のデザインを描いてアートとして仕上げる」
2026年、95歳になる母の作品も、ビエンナーレへの出展を果たしたそうです。
「黎明」橋本陽子
初子さんが2026年の干支・馬を描いた藍染め作品の下絵。
ここへ、工房のスタッフが魂を吹き込んでいきます。
筆の先に、溶かした蝋を付けて下絵をなぞっていきます。
蝋を置いた部分は、染料をはじくので藍色に染まりません。
蝋を置いて、また染める。
この工程を重ねることで、白い部分、1度だけ染める薄い部分、2度染めた濃い部分と、作品の中にグラデーションを作っていきます。
これが、青藍工房の藍とろうけつ染めを組み合わせた独自の技術です。
1回目の染めに入ります。
工房の庭にしつらえた藍かめに作品を浸し、染料をまんべんなくいきわたらせていきます。
染料は蒅と灰汁を入れて、数日間発酵させて作った青藍工房のオリジナルです。
(青藍工房スタッフ・加藤育代さん)
「藍が元気でいてくれたら良いんだけれど、機嫌を損なうこともあるし」
「もうきょうは染まりたくないっていう日も出てきたりするので、その手当も結構めんどうなので」
「やっぱり、自然の物ってたいへんですね」
1回目の染を終え、緑がかった薄い藍色、浅葱色(あさぎいろ)になりました。
その浅葱色もまた、時間の経過とともに少しずつ変化していきます。
2回目の蠟を置く工程に備え、作品を広げてタオルで水気を取っていきます。
乾いたら、また蝋を置いてまた染める。
こうした作業を繰り返して、絵に濃淡を付けて行きます。
根気のいる作業です。
こうして、ようやく作品が出来上がりました。
天翔ける天馬の背に乗って、創作への志が大空へと駆け上っていくようです。
かつて初子さんが、夫・和宣さんと興したジャストシステムは、言うまでもなくコンピューターの会社でした。
藍染めで色を重ねる作業は、プログラミングで頭の中の考えを積み重ねる作業に似ているといいます。
(藍染め作家・浮川初子さん)
「私は理系の人だったので、長いこと家を離れていて、母と随分ともう長いこと話をしたこともなかった状態の時に」
「母がコンピュータを習うか、私が藍染をするかどっちかだなと思って」
「やっぱり私が藍染を習って、母といろんなことが共有できるようになったら、これからの人生良いだろうなと思って」
「上巳の渦」橋本陽子
母と姉妹、3人が描く藍の美しさは、国境も人種も言葉の壁も越えて、世界の人々を魅了しました。
世界最古の国際芸術祭、ヴェネチア・ビィエンナーレ。
日本の誇る文化を世界へ、ヴェネチアへ「藍」を込めて。
しかし、もしかしたら、ここもまた3人にとっては通過点に過ぎないのかもしれません。
