「法律用語にはない…」国旗損壊罪の“予防的立法事実”とは?弁護士が「本末転倒」と語るわけ
「国旗損壊罪」の新設をめぐり、刑罰を設ける根拠が国会で議論となっている。
6月24日の衆議院内閣委員会では、法案の共同提出者側が「予防的立法事実」という言葉を持ち出して、法案の必要性を主張した。
野党議員が、自己所有の国旗を損壊した具体的な事例が存在するのかとただしたのに対し、提出者である自民党や国民民主党の議員は、そうした事例を把握していないと認めた。
そのうえで、将来的な事案の発生を抑止するため、「予防的立法事実」を根拠に法整備が必要だと説明した。
この回答に対する批判も相次いでいる。「予防的」な立法事実を根拠に法律を制定することに問題はあるのか。猪野亨弁護士に聞いた。
●立法事実は「必要性や正当性を裏付ける事実」
━━そもそも刑事立法における「立法事実」とは何でしょうか。
立法事実とは、『条例づくりのきほん ケースで学ぶ立法事実』(第一法規)によると、「法律や条例を制定する際に、その必要性や正当性を裏付ける客観的な社会的背景やデータ、実態などの事実」をいいます。
立法事実が乏しいにもかかわらず、あえて新たな法律、とりわけ刑事罰を伴う法律を設けるのであれば、その必要性はより厳しく問われます。
今回の国旗損壊罪では、保護法益は「国旗を大切に思う国民感情」とされ、国旗を「人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法」により損壊する行為を処罰対象としています。
しかし、現時点で日本社会において、そのような行為が広くおこなわれているという実態はありません。
刑罰法規は謙抑的であるべきだという考え方に立てば、国旗損壊罪を新設すべき立法事実は存在しないことになり、これが法案に反対する論拠の一つとなっています。
実際、法案を推進する自民党内にも反対する議員がいますが、同様の趣旨を述べています。
こうした批判への反論として持ち出されたのが「予防的立法事実」という言葉です。
ただ、このような用語は法律用語としてはなく、造られた表現です。
提唱者も、これまで自己所有の国旗を損壊する事例がなかったことは認めています。そのうえで、将来こうした行為が起こり社会問題化する可能性を見据えて、それを未然に防ぐという意味で「予防的立法事実」という表現を用いたものと考えられます。
●「予防的立法事実」、主観的な法益ほど国家の統制を広げるおそれ
━━今回登場した「予防的立法事実」という考え方には、どのような問題がありますか。
この「予防的立法事実」の考え方には問題があります。
現在存在しない立法事実について、「将来起こるかもしれない」という理由だけで立法を正当化できるとすれば、保護法益が主観的であるほど、国家による規制を広げることが可能になってしまいます。
たとえば、将来、デモや集会が暴徒化するかもしれない、という理由だけで予防的にデモや集会を禁止できるでしょうか。
立法事実がないまま国旗損壊罪を創設すれば、「国旗を大切に思う国民感情」という主観的な法益を理由に、国旗損壊行為をあらかじめ封殺し、国家(捜査機関)がこのような事態が生じないように予防的に目を光らせるということになります。
見方によっては、日の丸に対する「不敬」の取り締まりにつながるおそれもあります。
日の丸の扱い方そのものを国家による取り締まりの対象とし、捜査機関による恣意的な運用を招く危険性があります。
これまでも国旗損壊罪には、そのような懸念が指摘されてきたところです。
「予防的立法事実」という考え方は、立法事実がないという批判に対する反論として考え出されたものにすぎません。こうした言葉を用いたとしても、国旗損壊罪の創設が抱える問題やリスクが解消されるわけではありません。
むしろ「予防的立法事実」という言葉そのものが「問題が起きる前に取り締まる」という発想を表しているともいえます。
●保護法益=「国旗を大切に思う国民感情」なら「国が努力すべき」
━━このような予防的な取り締まりは、どのような影響をもたらしますか。
法案を推進する自民党内の反対意見の背景には、日の丸の取り扱いを刑罰で規制することが、かえって国民に「日の丸に関わらないほうがよい」という感情を植え付けるのではないかという懸念があります。
保護法益を「国旗を大切に思う国民感情」と位置づけるのであれば、その感情は、国民の間に自然と育まれるよう、国が努力すべきものです。それにもかかわらず、刑罰によって維持しようとするのでは、本末転倒です。
この法案は、結局のところ、不敬の取り締まりにほかならないと考えています。
【取材協力弁護士】
猪野 亨(いの・とおる)弁護士
札幌弁護士会所属。離婚や親権、面会交流などの家庭の問題、DVやストーカー被害、高齢者や障害者、生活困窮者の相談など、主に民事や家事事件を扱う。
事務所名:いの法律事務所
事務所URL:https://law-ino.com/

