【コシノジュンコ 我が道29】人生の伴侶との出会いは自動車教習所 さりげない言葉に結婚を決意
夫でJUNKO KOSHINO(株)代表を務める鈴木弘之さんと結婚したのは、1975年2月。白いタキシードに黒の蝶ネクタイの花婿と自らデザインしたロングドレスの私。青山のレストランで開いた披露宴には多くの友人がお祝いに駆け付けてくれました。
人生の伴侶との出会いは意外な場所でした。恵比寿にある自動車教習所です。外国で取得した運転免許が失効したため通い出した教習所に、偶然、彼も来ていたのです。長身のロングヘア、サッカー選手で「ちょっとカッコいいかも」が私の第一印象。でも、その時はひと言も口をきいていませんでした。
たまたま講習を受けに来ていた共通の知人によると、彼は初めから私のことに気づいていたとのこと。まだ外国製品が高価な時代。ある時、その知人を介して「フランスへ行ったらムッシュ・ロシャスのオーデコロンを買ってきてほしい」と頼まれました。
パリからの帰り、免税店で買おうとしたら、これが意外に大きくて重い。お金を渡されたわけでもないし、直接言われてもないので、そのまま棚に戻しました。ところが、その2カ月後、六本木の交差点でバッタリ。バツが悪い私が「ごめんなさい。買ってこなかった」と謝ると、「いいです。僕、買ってきましたから」。免許を取った後、ヨーロッパを旅行し、自分で購入してきたと言うんです。「えっ、人に頼んでおいて?」。一瞬ムッとしましたが、お互いさまと腹の虫も収まりました。
その後、なぜか西麻布を歩いていると、よく顔を合わせるように。彼はいつも古い洗面器を持っていて、私に会うと恥ずかしそうに後ろへ隠します。実はアパートにお風呂がなくて、近くの銭湯に行っていたのです。
会話が増えれば少しずつ気持ちも打ち解けます。彼の職業はフリーのヘアデザイナー。もとは実業団のサッカー選手、住んでる所は目と鼻の先。乗ってる車は同じ、フィアット500でした。これって神様のいたずら?もしかして赤い糸。最初は友人でニューヨークで活躍中のヘアスタイリスト、須賀勇介さんを紹介しようと思いましたが、ちょうど私のショーが帝国ホテルであったので仕事を頼みました。すると、本業のヘアメークだけでなく、私と振付師のもめ事の仲裁までしてくれて。誰に対しても誠実で優しい、その人柄を垣間見た思いでした。折しも私の会社が厳しい時期。「仕事、手伝おうか」。さりげない彼の言葉に結婚を決意しました。
大きな支えができてからは、パリ、北京、ニューヨーク、ハノイ、キューバまで国内外いずれのファッションショーも大成功。そして、結婚50年の節目となる昨年は、文化勲章を頂きました。人生で最高のパートナーと家族、そして、出会った全ての皆さまに心より感謝です! =終わり=(構成・川田 一美津)
◇コシノ ジュンコ 文化服装学院在学中に装苑賞を受賞。1978年から22年間、パリ・コレクションに参加。世界各国でファッションショーを開催、国際的な文化交流に力を入れる。オペラ、DRUM TAOの舞台衣装、花火、ユニホーム、インテリアのデザインなどを手がける。フランス政府からレジオン・ドヌール勲章シュバリエ受章、旭日中綬章受章。2025年11月には文化勲章受章。大阪府岸和田市出身。

