緒形敦「祖父・緒形拳が夢に現れて…」デザイナー志望から俳優の道へ。父・緒形直人の「この仕事は、生活できるのが奇跡に近い」という言葉を胸に、2度目の大河出演へ
大河ドラマ『豊臣兄弟!』(NHK総合 毎週日曜 夜8:00〜ほか)で、織田信長に命を奪われた弟・信勝の遺児・織田信澄を演じている俳優・緒形敦さん。中学卒業後アメリカの高校へ入学し、ファッションデザイナーの道を志すも、「ある出来事」がきっかけで俳優になることを決意しました。2017年、21歳の時に日曜劇場『陸王』で俳優デビューを果たします。祖父は緒形拳さん、父は緒形直人さん、母は仙道敦子さんと俳優一家に育った敦さんに、信澄役を演じるにあたっての心境や、家族との関係について聞きました。(構成:かわむらあみり 撮影:本社・武田裕介)
【写真】「信澄を演じ、一つの目標が叶った思いです」と語る緒形敦さん
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尊敬する先輩たちに頭を下げられて…
大河ドラマ『豊臣兄弟!』に織田信澄役で出演しています。小学生から年配の方まで、「観たよ」と声をかけてくれるようになって、反響の大きさを実感しているところです。知人のお子さんが『豊臣兄弟!』を観て歴史が好きになったと聞き、すごく嬉しかったです。
撮影現場は和気あいあいとしていながらも、独特の緊張感が漂っています。信長役の小栗旬さんの迫力や演技は圧巻で、とにかくスケールの大きな現場だなと。
印象深かったのは、信長が最後に築いた安土城が完成し、家臣たちが信長の前で「おめでとうございます」と言うシーンです。
甥である信澄も信長と一緒に前に座り、家臣たちに頭を下げられるのですが…。

(『豊臣兄弟!』/(c)NHK)
家臣役を務めるのは、主人公・小一郎(のちの豊臣秀長)役の仲野太賀さんや秀吉役の池松壮亮さんをはじめとした、尊敬する先輩ばかりです。役とはいえ、そうした方々が自分に頭を下げてくださっているという状況は、何とも言えない複雑な心境で…。でもそうした葛藤も楽しみながら現場に臨んでいました。
「また大河に帰ってきたい」と誓った日
信澄は信長からの信任も厚い人物でしたが、次第にさまざまな疑念をかけられて、最終的には「本能寺の変」のあと大坂城で自害に追い込まれます。

(『豊臣兄弟!』/(c)NHK)
切腹するシーンは丁寧に時間をかけて撮影してくださいました。
切腹には作法があり、座ってから腹を切るまでの一連の所作を確認しながら、一つひとつ大切に演じたつもりです。
大河ドラマは、2019年の『いだてん〜東京オリムピック噺〜』以来、2度目の出演です。前回は俳優としてのキャリアが浅く、名前さえない陸上選手の役でした。
撮影は1日のみで、たくさんあるロッカーに着替えを入れ、待機して…。主演の阿部サダヲさんが個人の楽屋から出てくる様子がカッコよくて、「いつか楽屋がもらえるような大きな役をいただいて、また大河に帰ってきたい」と強く思いました。
あれから7年、オーディションを経て、信澄という大きな役をいただくことができ、すごく嬉しかったですし、一つの目標が叶った思いです。
大河ドラマのように、錚々たる役者のみなさんが一堂に会する場所は滅多にないので、現場では自ら積極的にコミュニケーションを取るようにしていました。
まわりには小さい頃から大好きだった役者さんばかり。普段はお話する機会もないので、吸収できるものは吸収しようと、先輩方の仕事への向き合い方を間近に見て学んでいました。
祖父・緒形拳が夢に現れて
幼い頃は、父(緒形直人さん)の部屋に行くといつも台本を読んでいて、役者という仕事が当たり前にある家庭で育ったので、芸能界をどこか身近な世界として感じていました。
また、華やかでかっこいいものだという憧れもありましたね。
一方で、僕は芸術系のことに興味があり、アメリカの高校を卒業後はニューヨークでファッション系の大学に進学する予定だったのです。
入学前の夏休みの3ヵ月間は、フランス・パリで、デザイナー志望の高校生が集まるサマースクール(短期集中講座)に参加し、ファッションデザインを学んでいました。そのスケジュールの最終日に、ある夢を見たのです。
祖父(緒形拳さん)が夢に出てきました。僕はそれまで俳優になるなんて考えたこともなければ、口にしたこともなかったのですが、夢の中で祖父に「デザイナーになるのと俳優になるのとでは、どちらがいいと思う?」と相談していたのです。
すると祖父は、ただニコッと笑うだけで、そのまま立ち去っていって…。そこで目が覚めたんです。
「この仕事は、生活できるのが奇跡に近い」
もともと感覚で動くタイプなので、その夢から受けたインスピレーションをきっかけに「役者になる」と決心しました。
すぐに両親に連絡し、日本に帰って役者の道に進みたいという意思と、大学の内定を辞退したいという希望を伝えて帰国。 両親はかなり驚いたと思いますし、複雑な気持ちだったはずです。
父からは、「この仕事は、生活できるのが奇跡に近い」と言われました。
父自身は若いうちから話題作に出演するなど恵まれた環境にありましたが、「自分のようになれるとは絶対に思うな。うまくいったのは運がよかっただけ。自分の力で切りひらくしかない」とはっきり釘を刺されたのです。
父なりに心配していたのだと思いますが、どこか嬉しい気持ちもあったのではないかと感じています。
<後編につづく>

