クウェイル氏が「Unlimited(無限)」と表現した背景には、大きく2つの意味が込められていた。1つめは、小売のあり方そのものが変化し、「さまざまな境界線が失われつつある」(Boundaries are breaking down)という構造的変化への着目である。たとえば、「リテールとブランドの境界」が曖昧になっている。これはNRF NY 2025でも語られていたが、リテーラーはプライベートブランドを拡充することでブランドが担っていたバリューチェーンの上流をめざし、反対にブランドはD2C戦略により、直販によってリテーラーが担っていたバリューチェーンの下流に進出してきており、リテール企業とブランド企業という分別が難しくなってきている。また、「フィジカルとデジタルの境界」も溶け始めている。顧客はもはや「オンラインだけ」「オフラインだけ」で購買行動を完結させない。店舗で見てアプリで買い、ソーシャルで知って店頭で試す。日常的にチャネルを横断するハイブリッド消費が前提となった。さらには、「ブランドと消費者の境界」も消えつつある。SNSの普及により、消費者はブランドの受け手であるだけでなく、共創者であり、ときに販売者にもなる。ファンが商品の情報を拡散し、ブランドのストーリーを発信する消費者の存在は、従来の想定以上にブランド体験の中心にある。これらの「境界の消失」が意味するのは、小売業界がこれまでの常識や構造が根底から揺さぶられる激変の時代に突入したということだ。ゲームはリセットされ、既存のルールが通用しない新たなフェーズへと移行しつつある。それは新たな競争に対する挑戦となるが、同時に無限のオポチュニティを意味する。クウェイル氏が「Unlimited」と表現したもうひとつの理由は、APAC市場そのものが持つ地理的・経済的・文化的な多様性と拡大する消費力にある。スピーチでは以下のようなデータが挙げられた:アジア太平洋地域は35億人の人口を抱え、世界人口の55%を占める2030年には、世界の中間層の3分の2がこの地域に集中する見込み日本、シンガポール、韓国といった成熟した市場から、ベトナム、インドネシア、フィリピンのような高成長市場まで幅広く、家族経営の地場企業から、財閥企業まで、リテール業界のプレイヤー構成が極めて多様またオープニングキーノートに続いて行われたセッションでは、KPMG Internationalでグローバルコンシューマー&リテール部門責任者であるイサベル・アレン氏が登壇。アジア市場の持つ強力なポテンシャルについて語った。東南アジアにおいてはEC市場が過去5年間、年平均20%以上で成長。韓国では世界で初めてEC化率が50%を超えた。さらに、スーパ―アプリ、ライブコマース、SNS連動型購買など、APAC発のリテールトレンドが世界の市場や消費者行動に強い影響を与える存在となりつつあることが示された。