ビジネスで儲かるには何をすればいいか。起業家で新規事業・投資に関するアドバイザーの中村陽二さんは「ゼロからサービスを考え、実験し、機能する商品を発見することは非常にコストが高く、不確実であり、時間もかかる。そのため実業家らは、儲かっている・いないにかかわらず、膨大な実験結果を無料で教えてくれるすでに自社が参入したい領域で事業を行っている先行者の情報収集を重視する」という――。

※本稿は、中村陽二『インサイト中心の成長戦略 上場企業創業者から学ぶ事業創出の実践論』(実業之日本社)の一部を再編集したものです。

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■儲かっている先行者の情報から始める

非常に多く見られ、かつ実用的なアプローチは「儲かっている事例を聞き、自社でも何らかの類似事業に取り組めないか」と考えることである。本書では実業家が使う言葉のニュアンスを直接的に表現するため「儲かる」という言葉をあえて頻繁に用いる。

その企業の内情を把握し、「自社の能力を活用して追撃を行い、勝てる見込みがあれば参入する」という考えで新規事業を次々と立ち上げているのがフリーのエンジニアと企業のマッチング事業を行うTWOSTONE&Sonsである。

例えば人材ではレバレジーズ社、メディアでは当時成長していたメディア会社であったK社(上場企業へ売却済み)、不動産ではGAテクノロジー社、M&A仲介では後発ながら高シェアを持つまでに成長したあるM&A仲介会社のように、対象領域において明確に「儲かっている会社」に注目し、それをマーケティングとエンジニアリングといった自社の強みを活かして追撃して追い越すという考えを基本としているのだ。

実業家らと「なぜそのビジネスを始めたのか」という話をしていると「凄い儲かっている会社の話を聞いて、聞いてみるとあまり大したことなさそうでした。自分らでもできると思いました。特に僕らは営業が強いので、あの会社には十分勝てるのではないかと思ったのです」と返ってくることが非常に多い。如何に先行者から学ぶことを重視しているかがわかるだろう。

■先行者から学べるものは全て学ぶ

なぜ実業家らは先行者の情報収集を重視するのだろうか。それは自社でゼロからサービスを考え、実験し、機能する商品を発見をすることは非常にコストが高く、不確実であり、時間もかかるからである。

この膨大な実験結果を無料で教えてくれるのがすでに自社が参入したい領域で事業を行っている先行者である。

本書では自社が進出を検討している領域ですでに事業を行っている事業者のことを先行者と呼ぶ。この先行者が見当たらない(ヒントをくれる会社がない)状況は筆者は一度も経験したことがない。先行者はたくさんいる。

そして儲かっている先行者はその領域で大量の「正解」(何をすれば儲かるのか)を発見している。逆に儲かっていなければ「不正解」であることを示している。先行者は儲かっている・いないにかかわらず、最高の情報源として活用できる。

先行者の情報を持たず戦略を組み立てるのは実験をしない理論のみの研究のようなものだ。実験事実がなければどうやって自分の理論が正しいことを証明できるのだろうか。

過去にゲームメディア事業に参入したものの、方針転換を余儀なくされた経験を持つのはSEOを強みにしたデジタルマーケティング支援とメディア運営、マイカーのサブスク販売を主に行うナイルだ。同社代表の高橋氏は、後発者の参入は「模倣」から始めるべきだと考えている。

高橋氏が参入した当時のゲームメディアは、ソーシャルゲームの成長とともにそれらゲームの攻略情報を発信するGamewith社など関連企業が大きく成長し、上場も実現した。

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しかし、ナイルは成功している先行者らが「モンスト」のような大ヒットタイトルの攻略コンテンツに注力していったのに対して、独自性を追求し、先行して成長しているゲームメディアとは異なるコンセプトで参入してしまったのだ(ファミ通のような高品質コンテンツをメディアの中心にしてしまった)。

高橋氏は当時を振り返り「先行する企業の模倣の過程で、自社の強みを活かしていく方向性を検討するべきであった」と語る。先行者が苦労し実験を繰り返し、ユーザーが求めるコンテンツという「正解」を無料で教えてくれるのに、それを無視する必要はない。

■後発なら効率的な追撃のみに専念できる

「既に似たようなものがあるから後発に参入の余地はない」という議論はあまりに雑である。

実業家らは「あの会社は儲かっている。しかし欠点もたくさんあり、重要な要素であるこれができていない。自社ならある面ではもっと上手くやれる」と考えて参入戦略を策定する。

独自性を発揮するには「先行者が出来ていないが顧客は強く求めているもの」を自社が出来る必要があるが、参入当初は「顧客が強く求めているもの」をよくわかっていないのだ。

ある程度強く求められていることが証明されているコンセプトを十分に踏襲するべきである。

後発が先発を追い越したり、対象顧客層を分けることで利益を確保したりする事例は全く珍しくない。GoogleやAmazonを含む世界最大手になっている多くのサービスも後発である。ビジネスの発明者はビジネスでの覇者とは多くの場合で異なっている。

後発であれば先行者が支払った実験のコストを支払う必要はなく、効率的な追撃のみに専念できる。

必要なのは常に正確で鮮度が高い先行者の情報を仕入れ続け、インサイトを発見し参入戦略を作っていくことだ。「誰も見たことがない画期的なイノベーション」を参入戦略の必須要素とする必要はない。

■疑わしい先行者優位

よく言われる「先行優位性」とは何だろうか。例えばMicrosoftがOSのシェアを持っている、飲食大手が良い立地を確保している、新規発行が難しい免許を取得している。このようなものは先行優位性の一種として評価できる。

一方で先行している企業が後発から激しく追撃され、シェアを逆転されることは珍しくない。

例えばM&A仲介を考えてみよう。M&Aキャピタルパートナーズやストライクといった企業が特に2012年頃から大きく成長し、スタートアップ関係者らはその利益率および株価に驚嘆した。スタートアップには自社の売却を通じM&Aに携わった経験を持つ層も多くいた。

自分にも一定の知見があり、かつ驚異的な株価を狙うことができるのではないかと、多くのプレイヤーが参入を開始した。外部から単純に見ると「売り手と買い手のネットワークが売り物となるM&A仲介に後発から入ると厳しい戦いになるのではないか」と思える。しかし後発でも成長企業は数多く登場したのである。これはなぜだろうか。

M&A仲介の場合は、SNSのようなネットワークと異なり、買い手・売り手ともに人が介在する営業が必要となる。そうするとM&A仲介会社は営業の人員が強烈な制約条件として働き、確保することができるシェアがどうしても一部に限られる。

写真=iStock.com/Atstock Productions
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■効率的に稼げない案件は捨てられる

そのため営業人員を囲い込まない限り、特定の企業が高いシェアを独占できないのである。M&A仲介という事業は、特定の事業者がシェアを独占できる構造にはなく、必然的に一定程度は分散するようになっているのだ。これはコンサルティングビジネスとも近い構造である。

さらに、先行者は「効率的に手数料を稼げる案件」に注力する運命にある。例えば専任契約やリテイナーフィー(成約しなくても支払われる月額)が取れる案件である。

営業に対する報酬体系もこのような契約獲得を行う目的で作られていくため、専任契約ではない案件は非優先案件となり、専任契約を取れない営業は冷遇される。効率的に稼げない案件は捨てられるのだ。これが新規参入者たちにとっての参入機会となる。

効率的に儲けることができない案件であっても、ビジネスを成立させられることがわかれば、一点突破の営業とマーケティングで参入できる。

「この一点からシェアを獲得し、追撃し追い越す」という考えに基づき、TWOSTONE&SonsはM&A仲介業界に参入し、株式会社M&A承継機構を立ち上げた。必要な能力はキーパーソン採用を通じ獲得した。

■先行優位性が発揮される例

一方で先行優位性が機能しやすいビジネスにおける追撃戦の事例をフリマアプリを例に見てみよう。記憶に新しいものには、先行するフリルをメルカリが追撃した例がある。

フリマアプリはM&A仲介とは異なり、1社が独占的に成功しやすい構造にある。そのため事業者には「顧客属性の棲み分けでシェアをとる」など悠長なことを言っている暇はない。成功のためにはその1つの席を巡り全力で追撃しなければならない。

ビジネスモデルもUIも類似であれば、最後は物量戦になる。つまり資金と人材を調達し、高速で体制を組み上げ、効率的に資源を使いこなすことができたプレイヤーが勝つことになる。

フリル創業者である堀井翔太氏が、メルカリ現取締役である小泉文明氏にインタビューをした面白い記事がある。この記事を見ると、いかに投入する資金と人材で勝つかということに、代表である小泉氏が焦点を当てていたのかがわかる。

顧客属性で棲み分けることが難しく、市場規模が大きなビジネスに参入する際は、物量戦を戦い抜く覚悟が必要だ。

■戦い抜く覚悟が絶対的に必要

プラットフォーム系のビジネスは熾烈な物量戦を勝ち抜いたプレイヤーが独占的な立場を獲得するため、後発が追撃することが非常に困難である場合が多い。

PayPayのような決済プラットフォームも物量戦の好例であった。ここでソフトバンク宮内CEOのPayPayに関するインタビューを引用しよう。

Q.競合も多いですが、PayPayはどうやって勝ち抜いていきますか。
A.簡単な話です。金をつぎ込むだけです(笑)

ここで何らかの特殊な技術や他の事業とのシナジーのような逃げの回答をせず、正面から戦い抜く覚悟を示していることは実に素晴らしい。

正面から戦う覚悟をせず、「棲み分け」「特許」「他事業部とのシナジー」のような顧客視点からは不必要な要素を並べる戦略は甘えが出てしまっている可能性が高い。

中村陽二『インサイト中心の成長戦略 上場企業創業者から学ぶ事業創出の実践論』(実業之日本社)

戦い抜く覚悟はどのようなビジネスでも必要だ。戦略は戦いを有利に進めるには必要だが、いくら頭で考えたとしても、努力をせず、簡単に大勝利を収められる戦略は基本的にはない。正面衝突を避けようとすれば極めて小さな市場を対象とせざるを得ない。

大規模な市場であり、自社の強みがあるから楽に勝てる戦略が発見出来るという前提は危険な考えである。

Uberのようなモビリティプラットフォームも同様だ。世界中で激しい物量戦が繰り広げられ、それを生き抜いたプレイヤーのみが生き残った。

大規模な投資をできる見込みがそもそもないのであれば、物量戦になるビジネスに参入するべきではない。

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中村 陽二(なかむら・ようじ)
ストラテジーキャンパス代表取締役
東京大学工学部卒・同大学院工学系研究科修了後、2014年新卒でマッキンゼー・アンド・カンパニー入社。2015年退社後、事業再生を目的とした株式会社サイシード設立、代表取締役に就任。人材・広告会社を買収し代表として事業再生を行う。事業再生の後、会社を売却し、売却先の取締役に就任。2017年より新規事業としてAI事業を立ち上げ売上20億円・営業利益11億円に到達後、投資ファンドへ売却。2021年、取締役として東証グロース市場へ上場。2021年、エンジェル投資先企業の東証グロース市場への上場を経験。現在はストラテジーキャンパスの代表として、国内および海外を対象とした新規事業・投資に関するアドバイザリーに多数取り組んでいる。
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(ストラテジーキャンパス代表取締役 中村 陽二)