【小林 美希】「小泉進次郎総理」誕生で「クビ切り」が簡単に…平均年収でも「絶望的な生活」から抜け出せない悲惨な未来

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昼食は220円のサンドイッチで済ませ、スタバのフラペチーノは贅沢すぎて我慢。著書『年収443万円』で紹介したように、平均年収でも「ちょっとお茶をしよう、ランチしよう」という”普通の暮らし”ができない「安すぎる国の絶望的な生活」が、自民党総裁選の結果によっては、もっと悲惨になる可能性が出てきた。

「平均年収でもきつい。妻は正社員でも出産後に職を失いました。もっと簡単に解雇されるようになるなら、お先真っ暗です」

都内の中堅企業で働く伊藤啓介さん(仮名、40代後半)は、小学生と中学生を子育て中。啓介さんは都内の男性の平均年収642万円と同じくらいの収入があるが、今後かかる教育費を考えて、節約の毎日。お昼ご飯の外食はやめて、自分でおにぎりを作り、水筒にお茶を入れて会社に持っていっては「これで1000円浮いた」と貯金に回す。

啓介さんの妻は正社員として中小企業で働いていたが、出産を機に退職に追い込まれた。営業職だった妊娠中に悪阻がひどく、思うような契約を取れなかった。育児休業を取得して職場復帰したが、皆が夜遅くまで残っている。保育園のお迎えで早く帰ると「残業できないなんて仕事であてにできない」「あなただけ特別扱いできない」と冷たくされ、退職に追い込まれた。今は非正規雇用で働いているため収入は300万円程度だ。夫婦2人の収入が合計900万円あっても、物価高や教育費が家計を圧迫する。

国税庁の「国民給与実態調査」によれば、2022年の日本全体の平均年収が458万円と、平均年収が前年の443万円より15万円増えて2年連続で増加した。ただ、平均年収を得ていたとしても、物価高や教育費の高さで生活は決して楽ではない。正社員と正社員以外、男女で差もある。正社員は男性の平均年収は584万円、女性は同407万円。正社員以外の場合、男性は同270万円、女性は166万円となっている。

注目を集める「解雇の金銭解決」

9月27日投開票が行われる自民党総裁選の行方に、啓介さんは戦々恐々としている。それというのも、小泉進次郎元環境相が自民党総裁選への立候補を表明した9月6日、「解雇の規制緩和」を提唱して注目が集まっているからだ。

そもそも正社員を簡単に解雇できるものではない。特に、産前産後休業期間やその後の30日間の解雇は労働基準法で禁止され、労働組合の組合員であることを理由とした解雇は労働組合法で禁止されるなどのルールがある。

解雇するのに合理的な理由があっても、雇い主は解雇する場合は少なくとも30日前に解雇の予告をする必要があり、予告を行わない場合は30日分以上の平均賃金を支払わなければならない。経営不振による整理解雇には4要件があり、(1)人員削減の必要性、(2)解雇回避の努力、(3)人選の合理性、(4)解雇手続きの妥当性が問われる。

一方で、これまで経済界が何度となく政府に要求している解雇の規制緩和の代表例として「解雇の金銭解決」がある。これは、使用者が一定の金額を払えば、解雇を認めるというもの。賛成派からは金銭解決してスムーズに次の仕事を探すほうがいいという主張があるが、使用者から不当な解雇があってもそれを認めることになってしまう。

解雇の規制緩和を行うと主張しているのは、小泉進次郎元環境相と河野太郎デジタル相。共に世襲議員だ。以下、主な候補者が記者会見などで触れた解雇規制に関する発言を追う。

小泉進次郎元環境相>

「聖域なき規制改革を断行する。賃上げ、人手不足、正規・非正規格差を同時に解決するため、労働市場の本丸、解雇規制を見直す」

<河野太郎デジタル相>

「賃金の高い仕事に移っていけるよう、雇用の流動性を高めるため解雇時の金銭補償が必要」

これに対して、冒頭の啓介さんだけでなく「解雇の規制がかかっている今でさえ、守られていない。わずかばかりのお金を出すことで解雇が許されるようになれば、出産や子育てで首を切られる女性が増えるのではないか」という不安の声は大きい。

ある20代の女性は「もしも何か失敗したり、上司に嫌われたったとたん収入がなくなる可能性があるってことですよね」と心配する。実際、法律があっても「嫌なら辞めろ」はまかり通っている職場は決して少なくない。

小泉氏の父である小泉純一郎元首相は、「小泉構造改革」といって規制緩和を断行してきた人物だ。雇用の規制緩和で今や日本の非正規雇用は4割を占め、格差社会をもたらした。四半世紀を経て進次郎氏が「聖域なき規制改革」を行うという。

小泉氏と河野氏が総裁になれば、正社員であっても非正規雇用のようにアッサリとクビになる可能性がありそうだ。

平均年収で生きていける候補は誰か

解雇の規制緩和について、高市早苗経済安保相は反対の立場をとった。「まだ早い」とするのが加藤勝信元官房長官。石破茂元幹事長も解雇の規制緩和には慎重で、非正規雇用の問題に言及している。林芳正官房長官も格差是正に前向きで、解雇規制の緩和には疑問を呈している。

<高市早苗経済安保相>

「日本の解雇規制がきつすぎるかというとそうではない。解雇規制緩和の必要はないと思っている」

<加藤勝信元官房長>

「労働移動の円滑化を進め、分厚い転職市場を作る。それなくして企業側から金銭を持って解決することができると認めることは、まだ早い」

<石破茂元幹事長>

「非正規雇用が全体の4割で、正社員の所得の6割しかない。これはよくない。いかに非正規を減らしていくか。男女の賃金格差が非常に大きく、解決していかなければならない」

<林芳正官房長官>

「最低賃金の引き上げなどで格差の是正を図り、日本の稼ぐ力を高める。不本意な解雇が自由にできるのは果たしてあっていいのか」

2000年代のはじめ、当時の経団連の幹部は筆者の取材に対し「バブル経済期に大量採用した社員やうつ病にかかった社員を解雇したい」と、解雇の規制緩和に意欲を出していた。しかし、バブル期入社の世代は今や60代に入っていることや人手不足を考えれば規制緩和を断行する環境ではないのではないか。

筆者は雇用の格差問題を追って約20年あまり。これまで経済対策に妙案がない時に雇用の規制緩和が繰り返されてきたことを振り返ると、解雇規制を緩和したいという候補者には、経済対策への自信のなさがうかがえる。

もし経済界の自信のなさが「解雇の金銭解決」を自民党に求めていると見るのであれば、小泉氏や河野氏の下では今後、平均年収ですら得られなくなる可能性がある。解雇の規制緩和への批判が起こると小泉氏は「解雇の促進にはつながらない」と否定しているが、それは詭弁だ。

自民党総裁選に名乗りを上げたのは9人。石破茂元幹事長、加藤勝信元官房長官、川上陽子外務相、小泉進次郎元環境相、河野太郎デジタル大臣、小林鷹之前経済安保担当相、高市早苗経済安保担当相、林芳正官房長官、茂木敏充幹事長(あいうえお順)。

解雇規制の緩和をきっかけに、平均年収で生きていける総裁選候補は誰なのか、注視したい。

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