©2024 20th Century Studios. All Rights Reserved.

子どもの頃、我が家では『エイリアン』禁止令が出ていました。

理由は「アホかってレベルで怖い」から。

オリジナルの『エイリアン』が公開されたのは1979年。周囲の大人たちが劇場鑑賞してビビり散らかし、『エイリアン』は家庭内BAN状態。『エイリアン』も『エイリアン2』もテレビで頻繁に放送されていましたが、我が家では存在しないことになっていました。

もちろん私は『エイリアン』に強い興味を抱き、反抗期の真っ只中にこっそり自宅で見たわけですが、これが全然怖くない。その恐怖は劇場でしか味わえないものだったんです。

だから、その恐怖を求めてのちにリリースされた『エイリアン』シリーズはすべて劇場鑑賞してきました。でも違う。怖くない。

そしてようやく巡り会えたのが『エイリアン・ロムルス』。始まった瞬間に『エイリアン』の恐怖ってコレだったんだろうって理解しましたよ。

『エイリアン』の怖さは暗さと曖昧さにあり

私が理解している『エイリアン』の怖さとは、暗さと閉塞感と、宇宙に対する知識の少なさだと思っています。

実際、「見えそうで見えないのが怖かった」という声は少なくありません。  

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『エイリアン』では、まず画面全体が暗い。そして、カメラの解像度が低いので、見えそうで見えない部分が多い。ゼノモーフ(エイリアンの最終形態)の造形は宇宙船内の形状と微妙にマッチしていて視認性が悪く(というか全部がゼノモーフに見える)、登場シーンのほとんどで体の一部しか見せません。

そして何より、公開時の1979年は今ほど宇宙が身近ではなく、わからないことだらけ。手探り状態の宇宙開発の中で、さまざまな「if」が観客の想像力を掻き立てました。

失われた『エイリアン』シリーズの怖さ

でも、こういった『エイリアン』の恐怖要素はテクノロジーの進化と共に薄れていきました。

解像度が高くなるにつれて、画面は暗くても細部まで見えるようになったし、なんというかフェイク感が増しました。

ホラー映画全般が下火になる中、『エイリアン』シリーズは、怖さよりもモンスターの造形美や、フェミニズムな面が取り上げられるようになっていった気がします。

原点回帰した『ロムルス』

時代のトレンドに左右されつつも『エイリアン』シリーズは前日譚やスピンオフにも範囲を広げて順調に新作を出してきました。

そして、テック進化の過渡期を経て、原点回帰すべく製作されたのが『エイリアン:ロムルス』。

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同作は、人類が宇宙進出を果たして久しい2142年が舞台。劣悪な環境のジャクソン星採掘植民地からの脱出を試みた6人組が、漂流していたロムルス号に乗り込むものの、そこでエイリアンに遭遇する物語です。

始まった瞬間に1979年にタイムスリップしたようなビジュアル、静けさ、絶望感。「エイリアン=完全な生命体 vs 人間=不完全」の対比はオリジナル以上に明白に描かれていて、もどかしいやらハラハラするやら。

『エイリアン』公開以降、エイリアンの造形は細部にわたって研究し尽くされているので、見せないことで観客の不安を煽る手法は使っていません。その代わり、私たちがテックに恐れている部分を全面に押し出すことでリアルな恐怖を味わせようという魂胆。

いや、普通に怖いから!

私は試写で本作を鑑賞したのですが、劇場を後にする海千山千の映画ライターたちも口々に「良かった」と言っていたのが印象的でした。もちろん、その「良かった」には「怖くて」が添えられるのは間違いありません。

私も、長年追い求めていた「『エイリアン』の恐怖」を垣間見れて大満足。40年近く経って、やっと『エイリアン』劇場鑑賞組の話題に入れるような気がしました。

というわけで、劇場鑑賞を逃さないで。次はあるかわかりませんよ!

『エイリアン:ロムルス』は9月6日より劇場公開中。

Source: 映画『エイリアン:ロムルス』公式サイト