『地面師たち』で大復活の綾野剛、ガーシー砲で「精神崩壊」の窮地を味わうも…『仮面ライダー』怪人役から成りあがった役者人生

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『地面師たち』が5週連続で首位独走中

絶望的なイメージダウンとも思われたものの、なんのその。無視しようにも無視できないほどの圧倒的な実力と存在感で、第一線に返り咲いた役者――綾野剛。

綾野剛さんが豊川悦司さんとダブル主演したNetflixオリジナルドラマ『地面師たち』が、Netflixの日本トップ10(テレビ部門/8月19日〜25日)で1位を獲得し、7月25日の配信開始以来、5週連続首位という凄まじい快進撃を続けています。

役者として業界内外で高く評価され、熱い視線を集めている綾野さんですが、ほんの少し前までとてつもないイメージダウンに苦しんでいました。今回は年間・約100本寄稿するドラマ批評コラム連載を持つ筆者が、綾野さんの山あり谷ありの役者人生を考察していきます。

「日曜劇場」主演時は悪い噂の真っただ中

綾野剛さんと言えば、複数の著名人を常習的に脅迫した罪などに問われ、今年3月に懲役3年、執行猶予5年の有罪判決が確定した東谷義和元参議院議員こと「ガーシー」から、ターゲットにされていた一人でした。「爆弾」と称した醜聞をYouTubeで広められてしまい、俳優業に多大な悪影響を及ぼすイメージダウンを被っていたのです。

裁判では、検察が証拠調べで綾野さんから聞き取りした調書を読み上げており、ガーシーによって「ファンが離れ、精神が崩壊する。存在自体が恐怖だった」といった綾野さんの当時の心境が明かされていました。

ガーシーが脅迫などのYouTube投稿をし始めたのは2022年2月からでしたが、綾野さんは同年6月から民放最高峰のブランド枠「日曜劇場」での主演が決まっていました。その『オールドルーキー』(TBS系)で綾野さんが演じた主人公はさわやかな熱血漢だったのですが、ちょうどガーシーによって悪い噂が流されていた真っただ中だったため、作品に没入できない視聴者も少なくなく、ドラマにかなりのマイナス影響があったのです。

また、ガーシー砲の被害に遭うまで、2020年は星野源さんとダブル主演した『MIU404』(TBS系)、2021年は石原さとみさんとダブル主演した『恋はDeepに』(日本テレビ系)、単独主演作の『アバランチ』(フジテレビ系)と、地上波ドラマに引っ張りだこでした。しかし一昨年の『オールドルーキー』を最後に、地上波ドラマ出演はぱたりとストップ。

彼の役者人生に深刻なダメージがあったことは想像に難くありません。

「役者・綾野剛の生みの親」と慕う相手

ここからは役者・綾野剛のデビューから現在の大復活に至るまでを振り返っていきましょう。

1982年1月生まれで現在42歳の綾野さん、俳優デビューは2003年。

2004年の映画『Darts till Dawn』で映画初主演を果たした後は、2009年の映画『クローズZEROII』、2011年の映画『GANTZ PERFECT ANSWER』などに出演し注目を集め、2012年の映画『横道世之介』で「日本アカデミー賞」新人俳優賞を受賞。主に映画畑でキャリアを積んでいきます。

一方ドラマでのキャリアは、2010年の『Mother』(日本テレビ系)、2012年の朝ドラ『カーネーション』(NHK)、2013年の『最高の離婚』(フジテレビ系)、大河ドラマ『八重の桜』(NHK)などで存在感を発揮。

2014年には『すべてがFになる』(武井咲さんとダブル主演/フジテレビ系)で民放キー局のGP(ゴールデン・プライム)帯で初主演。その後も2015年と2017年の『コウノドリ』シリーズ(TBS系)や、2017年の『フランケンシュタインの恋』(日本テレビ系)、2018年の『ハゲタカ』(テレビ朝日系)と、次々と主演の座を射止めていきました。

そんな綾野さんですが、GP帯ドラマの主演をばんばんこなす役者としては、かなり稀有な俳優キャリアのスタートだったことはご存知でしょうか。

2003年の俳優デビュー作は『仮面ライダー555(ファイズ)』(テレビ朝日系)。

『仮面ライダー』出身俳優なんて珍しくないでしょ……と思った人も少なくないでしょう。確かにオダギリジョーさん、佐藤健さん、菅田将暉さん、吉沢亮さん、竹内涼真さん、赤楚衛二さん、高橋文哉さんなど、“ライダー俳優”は枚挙に暇がありません。ただ、今ここで挙げた俳優陣は主役や仲間の仮面ライダー、いわゆるヒーローを演じていた方々。

実は綾野さんが『仮面ライダー555』で演じたのは、「スパイダーオルフェノク」という怪人役だったのです。仮面ライダーを演じた売れっ子俳優や実力派俳優は珍しくありませんが、怪人出身の俳優でここまで大成したのは綾野さんぐらいではないでしょうか。

そして綾野さんは『仮面ライダー555』を“黒歴史”なんかにすることなく、むしろ同作の石田秀範監督を「恩人」だと堂々と公言しているのです。

『555』で最初のシーンを撮影するまで、役者の仕事を舐めていたという綾野さん。けれどその心中を石田監督は見透かしたのか、30秒もないようなファーストシーンを23テイク撮り直したという逸話は有名です。

23回の繰り返しのなかで完全に心が折られたものの、そのシーンのOKがかかった後の控室に戻るときに、「役者を始めよう」と決意したそう。綾野さんは石田監督を「まぎれもなく、役者・綾野剛の生みの親です」と語り、強く強く感謝しているのです。

脳ミソがバグって騙されるような感覚

順調な役者人生を歩んでいた綾野さん。

ガーシー砲により一転して窮地に立たされていたわけですが、その後に背水の陣で臨んでいたであろうネトフリドラマや映画で、やはり日本の俳優業界には役者・綾野剛が必要なのだと知らしめていきます。

昨年12月から配信開始されたNetflixオリジナルドラマ『幽☆遊☆白書』のラスボス・戸愚呂(弟)役の悲しい過去を背負ったシリアスさや、今年1月から公開された映画『カラオケ行こ!』で主人公・成田狂児役の極道ながら愛嬌のあるコミカルさは、さすがの演技力。

そして、完全復活を印象付けた『地面師たち』に繋がります。

本作は2017年に実際に起きた「積水ハウス地面師詐欺事件」から着想を得た、不動産詐欺集団・地面師を描いた全7話のクライムサスペンス。

豊川悦司さん演じる主人公・大物地面師を中心に結成された地面師チームが、前代未聞の時価100億円超の土地をエサにして、大手デベロッパーに詐欺を仕掛けて巨額を巻き上げるまでを描いています。

地面師チームにはリーダーのほかに交渉役、法律屋、手配師、情報屋、ニンベン師など裏の世界のプロフェッショナルが関わっていますが、綾野さん演じるもう一人の主人公は冷静沈着な交渉役。粛々とターゲットを騙していく冷徹さを見せつつも、実は自身も過去に地面師詐欺に遭っており、一家崩壊してしまったという凄惨なバックボーンを持つキャラクターです。

本作での綾野さんの凄みを語り始めるとキリがないのですが、筆者が特に驚嘆したのが、ある意味で“劇中劇”とも言えるシーンにおける彼の演技。

前述したように綾野さんが演じたのは冷静・冷酷な地面師なのですが、ターゲットを騙す際には違う人物になりきっていきます。不動産会社やデベロッパーとの交渉時には物腰の柔らかい温和なビジネスパーソンを演じ、潜入先のホストクラブでは下っ端感丸出しのかわいそうな従業員を演じており、綾野さん演じる地面師がまた違う人物を演じるという二重構造。

視聴者は当然その男が犯罪者であることはわかっているのに、画面に映るビジネスパーソンに安心感を抱き、下っ端従業員に同情心を掻き立てられるのです。メタ視点だから計画も内情も知っているはずなのに、それでも善人のように見えてしまう。脳ミソがバグって騙されるような感覚――実に圧巻でした。

クールタイプもホットタイプもハマり役

綾野さんは公開3日間で動員数・約66万人、興行収入・約9.8億を稼ぎ出して大ヒット公開中の映画『ラストマイル』にも出演しています。この映画は2018年のドラマ『アンナチュラル』と、綾野さんが主演した『MIU404』と共通の世界観で描かれるシェアード・ユニバース作品のため、『MIU404』で演じた刑事役を再演しているのです。

綾野さんが演じているのは、機動力と運動神経はピカイチという愛すべき熱血バカ。野性的で考える前に行動を起こしてしまい、失態を招くこともあれば、事件解決に貢献することもあるというキャラクターになっています。

そう、『地面師たち』とは正反対のキャラクターなのです。

綾野さんが演じる役柄を、ざっくりと大別するとクールタイプとホットタイプに分けられるでしょう。近年のドラマで例を挙げると、『地面師たち』や『アバランチ』の主人公がクールタイプ、『MIU404』や『オールドルーキー』の主人公がホットタイプと言えますが、綾野さんはどちらのタイプも視聴者に「ハマり役」と思わせるのがすごいところ。

――このように硬軟のキャラクターに自在になりきれる彼のことを、映画業界もドラマ業界も放っておくわけがありません。

『オールドルーキー』以降の2年間、地上波ドラマから遠ざかっていますが、『地面師たち』が社会現象を巻き起こすほどの話題作になったため、GP帯ドラマの主演オファーもまたどんどん舞い込みそうな予感です。

と言っても綾野さんサイドからすれば、『地面師たち』がここまで世界的にヒットした今なら、地上波ドラマに執着する必要もないでしょう。制約の少ない映画や配信ドラマのみに絞って活動していっても役者として充分安泰なので、地上波ドラマにはもう出ないという選択肢も“アリ”なのかもしれません。

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