守口徹教授

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 肥満へ導く敵。「あぶら」にはそんなイメージが付きまとう。だが、三大栄養素である脂質は生きていく上で欠くことができない。果たしてわれわれは脂質とどう付き合えばいいのか……。脳の健康や美肌にも大きく寄与する、長生きするための「脂質の取り方」決定版。【守口 徹/麻布大学名誉教授】

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 人生はままならないものです。実は栄養摂取もまたしかり。三大栄養素、現在はエネルギー産生栄養素とも言いますが、そのうちの一つである炭水化物(糖質)を取っても、余った分は脂質として蓄積され、「炭水化物を摂取したつもりが実は結果的に脂質をため込んでいた」ということになりかねません。

守口徹教授

 また同じ三大栄養素であるタンパク質も、例えばその一種であるコラーゲンを摂取すると、消化・吸収した後に貯蔵され(アミノ酸プール)、体内で改めてタンパク質として合成されるか、あるいは排泄されるのですが、その際に再び元のコラーゲンとして合成されるとは限りません。美肌のためにコラーゲンを摂取したところで、それが本当に意味のある行為なのかは分からないのです。

脂質は「体内でどう働くか」が分かる

 しかし、三大栄養素の残りの一つである脂質は違います。脂質の成分である脂肪酸は、(1)バターなどに多く含まれる飽和脂肪酸、(2)オリーブオイルなどのオメガ9系の一価不飽和脂肪酸、(3)ごま油などのオメガ6系の多価不飽和脂肪酸、(4)えごま油などのオメガ3系の多価不飽和脂肪酸、以上の4種類に分類されます。そして摂取した脂肪酸の種類がそのままの形で吸収されます。つまり、(3)を取れば(3)として吸収され、(4)になったりすることはありません。後述するように「良いあぶら」といわれるオメガ3系を摂取したら、間違いなくオメガ3系として体内で働いてくれるのです。

 つまり、食べたはいいものの体の中に入ったら後はどうなるか予測しきれない他の栄養素と違い、脂質は原材料名と成分表示を見るなどして食品に含まれている脂肪酸の種類が分かれば、口に入れる前から体内でどう働くかが自ずと分かる。その意味で脂質は、唯一の「計算できる栄養素」といえるのです。

あぶらが「悪者扱い」されることに警鐘

〈こう説くのは、麻布大学名誉教授の守口徹氏だ。

 同大生命・環境科学部教授等として長年脂質に関する研究を続け、日本脂質栄養学会の理事長も務める守口名誉教授は、「あぶらと健康」研究の泰斗である。

 そんな守口名誉教授は、脂質の欠乏は健康を損ねる重大な問題であるにもかかわらず、「脂質=悪」であるとの風潮がなくならず、あぶらが「悪者扱い」されることに警鐘を鳴らしてきた。そして脂質の適切な摂取によって、認知症やサルコペニア(加齢に伴う筋肉減少症)の予防が期待でき、人生100年時代における健康寿命の延伸につながると解説する。〉

脂質が不足すると極めて恐ろしい事態が…

「あぶらは太る」

 断続的に沸き起こるダイエットブームの影響などから、脂質は肥満へ導く敵として忌避される傾向がありますが、とても残念なことです。三大栄養素の一つであることから、人間に欠かせない栄養素であるのは自明の理だと思うのですが、どうしても「太ってしまうからできるだけ食べたくないもの」と敬遠されがちです。しかし、脂質が不足してしまうと極めて恐ろしい事態が起きます。例えば――。

 先ほど触れた「良いあぶら」であるオメガ3系脂肪酸が欠乏したマウスは、出産後、仔どもを温めたり、授乳したりといった世話を約4割の母親ができなかったという実験結果があります。赤ちゃんマウスをわざと巣から離すと、普通の母マウスはわが子をくわえて巣に戻すのに、子が鳴いても気付きにくい母マウスが出てきます。

 人間の女性でも、初産婦にオメガ3系脂肪酸を積極的に摂取してもらうと産後うつの症状が軽減するといった報告があります。出産・育児の段階から脂質が生命活動にとっていかに重要か、改めてお分かりいただけるのではないでしょうか。

「痩せたはいいものの肌はボロボロ」に

 それも当然で、人体の約6割を占める水分を除いた有形成分のうち、約4割は脂質で構成されています。とりわけ脳は有形成分の約65%を脂質が占めています。脳に必要な脂質が不足すると機能も低下し、認知能力の低下や、うつ症状などの気分障害に陥りやすくなるのは当たり前のことといえるでしょう。

 そういわれても、ダイエット中なので体脂肪の元である脂質の摂取はやっぱり避けたいと考える人もいるかもしれません。しかし、仮にダイエット中だとしても脂質を取ることは絶対に欠かせません。脂質を適切なバランスで摂取しないと肌荒れなどを招いてしまうからです。

 肌の表面は比較的酸化しにくいオメガ9系脂肪酸が含まれた皮脂で覆われているため、水分の過剰な蒸散が防がれています。また、皮脂膜の内側にあり、肌の潤いを保つ役割をしているセラミド(角質間皮質)にはオメガ6系脂肪酸が不可欠です。さらに、細胞の活性化にはオメガ3系脂肪酸が欠かせません。

 つまり、せっかく美貌のためにダイエットをしても、脂質を取らないせいで肌荒れにつながり、「痩せたはいいものの肌はボロボロで見た目は老化」ということになりかねないのです。

 いずれにしても、約37兆個ある私たちの体の細胞は全て脂質を成分とする細胞膜で覆われているのですから、脂質を摂取することがすなわち健康につながるのはどう考えても当然のこと。悪者扱いするのはお門違いなのです。

チャーハンを食べただけで1日の摂取量に

 とはいえ、もちろんただ闇雲に摂取すればいいというわけではありません。タンパク質(Protein)、脂質=脂肪(Fat)、炭水化物(Carbohydrate)、それぞれの頭文字から取った摂取比率「PFCバランス」は、1日の総摂取カロリーのうちタンパク質(P)が13〜20%、脂質(F)が20〜30%、炭水化物(C)が50〜65%という比率が理想的とされています。それぞれの栄養素をバランスよく取る必要があるわけです。

 これを重量に換算すると、50〜69歳の男性であれば、活動量が低い人は1日47グラムで高い人は62グラム、同世代の女性であれば、やはり活動量が低い人は37グラム、高い人は49グラムの脂質摂取が推奨されています。

 なるほど、基準が決まっているなら簡単な話ではないか――。

 しかし残念ながら、実際はそう簡単な話ではありません。カレーライスには18.6グラム、ヘルシーに思える幕の内弁当でも19.7グラム、牛丼には25.4グラム、そしてチャーハンにはなんと34.9グラムもの脂質が含まれています(「日本食品標準成分表2010」などをもとに算出)。50〜69歳の女性で活動量が低い人であれば、仮に昼食にチャーハンを食べたとすると、それだけで推奨される1日の脂質摂取量をほぼ満たしてしまうのです。

「見えないあぶら」

 あぶらには、自分で料理する時に使う「見えるあぶら」と、加工食品などに含まれている「見えないあぶら」の2種類があり、私たちの食生活では前者が20%、後者が80%を占めると考えられています。つまり、「見えないあぶら」が溢れている現代の食生活においては、知らず知らずのうちに脂質を取り過ぎてしまう危険性が高いのです。

 なるほど、ならば加工食品の栄養成分表示を見て、脂質の含有量に気を付ければいいのだから簡単な話ではないか――。

 しかし、やはり残念ながらそう簡単な話ではありません。まず、脂質の「脂」という漢字が、部首の「にくづき」に「旨い」というつくりで構成されていることから分かるように、脂質はうまい。つい食べ過ぎてしまいやすいのです。

 さらに、単純に脂質摂取量をPFCバランスに基づいた推奨量に合わせればいいという話でもないのが難しいところです。なぜなら、三大栄養素のバランスが大事であるのと同時に、「脂質の種類のバランス」も極めて重要だからです。とりわけ注意したいのが「必須脂肪酸」のバランスです。

 冒頭で脂質の成分である脂肪酸の話をしましたが、ともに多価不飽和脂肪酸である(3)オメガ6系脂肪酸と(4)オメガ3系脂肪酸は、(1)や(2)と違い、体内で作り出すことができないので食事から摂取するしかありません。そのため必須脂肪酸と呼ばれます。そしてこのオメガ3系脂肪酸とオメガ6系脂肪酸のバランスこそが、飽食の時代を生きる私たちにとってとても大切になってくるのです。

「オメガ3系が“良いあぶら”」という誤解

「魚介類やえごま油などのオメガ3系が“良いあぶら”である」

 食への意識が高い人の中には、このような話を聞いたことがある人も多いのではないでしょうか。しかし、実はこの認識は必ずしも正確とはいえません。

 ともに必須脂肪酸であるオメガ3系とオメガ6系は「ライバル関係」にあります。ごく大雑把に言うと、オメガ3系は細胞膜を柔らかくし、オメガ6系は固くします。どちらに偏っても細胞膜は「膜」としての機能をうまく果たせなくなってしまうので、オメガ3系だけ取ればいいという話ではないのです。

 では、オメガ3系とオメガ6系のバランスをどうすればいいのか。厚生労働省はその摂取比率が「1対4」であることを目安としていました。国際的な脂質研究の学会では「1対2」が理想であると考えられていますが、いきなり実現するのはハードルが高いので、まずは1対4を目指すので構わないでしょう。

デパ地下を観察すると…

 とはいえ、1対4ですら高いハードルといえます。食の欧米化、魚食離れが進んだ結果、ひどい人だと「1対20」、なかには「1対50」の人もいるといわれているからです。

 先ほど説明した「見えないあぶら」はまずオメガ6系と考えて間違いないでしょう。それほど、私たちの食生活はオメガ6系に囲まれているわけです。ごま油、大豆油、コーン油……。いわゆるサラダ油の原料となっているものは全てオメガ6系です。つまり、オメガ3系とオメガ6系のバランスが大事とはいうものの、よほど意識しなければ現代の日本人はオメガ6系を過剰摂取し、オメガ3系が足りないという事態に、“自動的”に陥ってしまう環境に置かれているのです。

 例えばデパ地下の食料品・惣菜コーナーを改めて観察してみると、とんかつ、焼き鳥、唐揚げ、中華、サラダのドレッシング……といった具合に、「見えないあぶら」を使った商品がほとんどであることに驚かされます。

 では、オメガ3系が不足するとどうなるのか。ごく単純に言うと、細胞膜が固くなってしまい、結果としてさまざまな体の不調がもたらされます。私たちの研究では、オメガ3系を積極的に摂取することによって、例えば成熟・壮年期には視覚機能の低下やサルコペニア、また糖尿病や心筋梗塞、脳梗塞といった生活習慣病、老年期にかけては認知症等の予防に有用に働くことが分かっています。裏を返せば、オメガ3系が不足すると、これらの病気の罹患リスクが高まってしまうのです。

小さじ1杯で

 従って、脂肪酸のバランスが大事とはいえ、現代を生きる私たちが意識すべきなのは、知らず知らずのうちに過剰摂取してしまう恐れのあるオメガ6系を控え、とにかくオメガ3系を積極的に取るように努めることです。そうすることで初めて、1対4のバランス実現に近づけるのです。

 例えば、よく指摘されるように、オメガ3系の脂肪酸であるEPA(エイコサペンタエン酸)やDHA(ドコサヘキサエン酸)を多く含む魚食を心がける。自治医科大学での研究調査に基づけば、最低、週に3回は魚を食べないと1対4は実現できないことになります。なお、一般の穀物で肥育された家畜の肉類にはオメガ3系はほとんど含まれていません。

 また、ちまたに溢れているオメガ6系に比べて希少なオメガ3系の油は、具体的に言うとえごま油、アマニ油、サチャインチオイルです。これらを小さじ1杯取ることで1日の摂取目安量をクリアできます。

「マーガリンは絶対使わない」

 実際、私はヨーグルトにえごま油を垂らして食べるようにしています。あるいは、トマトジュースや野菜ジュースにえごま油を混ぜて飲む。果肉感が残った濃厚なジュースのほうがよく混ざってお勧めです。

 あとは、トーストにオメガ6系から人工的に作られたトランス脂肪酸を多く含むマーガリンは絶対に使いません。何か塗るとしてもバターを少しだけです。おいしさを求めてトーストにバターをたくさん塗る方も多いと思いますが、焼き立てはそのままでも十分おいしいものです。

 加えて、家庭で料理する際に使う「見えるあぶら」には、いわゆるサラダ油などのオメガ6系を使用しないようにしています。

長寿県だったはずの沖縄は……

 かつて長寿県として名をはせた沖縄県の平均寿命は、最新のデータでは都道府県別で女性が16位、男性は43位にまで下がってしまっています(2020年)。その原因として、戦後、いち早く米国の食文化が広まったことが考えられますが、なかでも魚食中心から肉食中心となった結果、オメガ3系とオメガ6系のバランスが崩れたことが大きく関与しているのではないかと私は考えています。

「オメガ3系食文化」から「オメガ6系食文化」に変化した悪影響が、沖縄県で他の都道府県よりも先に表れているのだとしたら……。

 数十年後には日本全体で「沖縄化」が進んでいる可能性があるのではないかと私は危惧しています。

守口 徹(もりぐちとおる)
麻布大学名誉教授。1982年、横浜市立大学卒業。薬学博士、日本脂質栄養学会理事長。製薬会社の薬理部門に勤務し、国立がんセンター研究所、東京大学薬学部に研究出向。客員研究員として米国国立衛生研究所(NIH)で脂肪酸と脳機能に関して研究し、2008年から麻布大学生命・環境科学部教授を務めた。『カラダが変わる! 油のルール』『眠れなくなるほど面白い脂質の話』等の著書・監修書がある。

「週刊新潮」2024年8月1日号 掲載