新たな選択肢「がん共存療法」とは

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 ステージ4のがんに侵された緩和ケア医の山崎章郎氏が思索の末にたどり着いた「がん共存療法」。その臨床試験が始まって2年目となった。腫瘍に変化は? QOLは改善したのか? 『病院で死ぬということ』で現代医療に一石を投じた山崎氏自身が、経過を記した。

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 肺に多発転移のあるステージ4の大腸がんになって、2024年5月で6年目に入った。幸い5月のCT検査では、転移病巣は縮小状態を維持している。体調も良好であり、もうしばらくは頑張れそうだ。そして私は今、人生は偶然の積み重ねではなく、必然によって成り立っていることを実感している。発病から現在までを振り返ってみたい。

新たな選択肢「がん共存療法」とは

標準治療の目的は延命

 22年6月、私は新潮社より『ステージ4の緩和ケア医が実践する がんを悪化させない試み』(新潮選書)を世に出した。

 18年、梅雨の時期に発病した大腸がんが、翌19年5月に、両側肺に多発転移のあるステージ4と判明するまでの経緯や、その後、抗がん剤治療を選択しなかったことなどをつづった、私の闘病記である。

 その中で私は、治癒を前提にはできないステージ4の固形がん(大腸がんや肺がんなど、固まりを作るがん)に対する、わが国のがん医療の現状や課題について言及した。

 現時点で最善といわれる標準治療(抗がん剤、分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬等を使用した治療法)の目的は治癒ではなく延命である。がん治療は日進月歩であり、その延命効果は改善を続けている。

 だが、いずれ治療効果の限界が来て、標準治療は終了となる。それがエビデンスだ。あとは遠からず訪れる最期の日まで、緩和ケアを中心とした支援を受けることになる。

「がん難民」の切実な想い

 近年では、上記のような実情を踏まえて、標準治療中から、がん治療医と緩和ケア医が連携をして、切れ目なく患者さん・ご家族を支援しようとする動きが広がりつつある。

 しかしながら、標準治療中は程度の差はあるにしても、副作用が必発する。さまざまな対策がなされるものの、それでも耐え難い副作用で、標準治療を途中で断念せざるを得なくなる人もいる。一方では、標準治療終了と言われても、まだまだ普段通りの生活が可能な人もいる。

 それら標準治療を離脱・終了し、死に向かう不安な日々の中で、それでも「早く死にたいわけではないのに……」と途方に暮れる人々が、エビデンスの不確かな代替療法に救いを求めて右往左往する在り様は「がん難民」とも称される。

 ステージ4になった直後、短期間ではあるが、ふと高額な免疫療法なるものに足を踏み入れてしまったことのある私は、そのような皆さんのわらにも縋る思いに、以前よりもさらに共感するようになった。その切実な思いに応える方法はないのだろうか、と考えるうちに「がん共存療法」という概念にたどり着いたのである。

副作用や苦痛が少なく高額でない治療法

 私が考える「がん共存療法」とは、がんの増殖を可能な限り抑制し、少しでも長く穏やかに、自分らしく生きることが可能な「無増悪生存期間」(がんの増殖を一定の幅のなかで抑制している期間)の延長を目指す治療法のことだ。

 その条件として、(1)理論的で副作用や苦痛が少ないこと、(2)高額ではないこと、(3)医者であれば、どこでも、誰でもできること、(4)エビデンスを求める臨床試験に堪え得ること、を満たすものとした。

 その実現を目指して、19年9月半ばから、先駆的に他医が取り組んでいる代替療法のうち、前述した条件に合致すると思われるものを参考に、一つずつ、自ら試みてみた。

 いずれも、がんの代謝特性や薬理学的根拠に基づき、がんの増殖抑制を目的としたものである。

「ケトン食」「クエン酸療法」「少量抗がん剤治療」

 最初に取り組んだものはDE糖質制限ケトン食(ビタミンDとEPAの摂取を強化した、低糖質、高脂質、高蛋白質食)であったが、同年12月のCT検査では、肺の多発転移病巣の多くは消失し、残存病巣もかなり縮小していることが分かった。

 その後、残存転移病巣は軽度の増大と縮小を繰り返したため、その都度「がん共存療法」の条件に合う代替療法を積み上げる形で実体験を続けた。

 21年7月の時点で体系化した「がん共存療法」は「MDE糖質制限ケトン食」(「DE糖質制限ケトン食」に糖尿病治療薬メトホルミンを併用したもの)、「クエン酸療法」(抗がん効果があるといわれているクエン酸に、高脂血症治療薬などを併用した治療法)、「少量抗がん剤治療」の三つを、その安全性と効果を確認しながら、病状の経過に応じて積み上げていく方法だ(詳細は拙著参照)。

 同時期、11回目のCT検査を受けたが、10ミリ以下に縮小した転移病巣が数個残っていただけだった。

 以上のような経緯を基にエビデンスを求めるための「がん共存療法」の臨床試験に取り組みたい意向を拙著の中で表明した。

批判と支援の中で

 だが、拙著は評価もされた一方で、医療関係者などからは「エビデンスのない個人的な体験記録に過ぎず、がん患者さんを惑わすものだ」などの批判や非難も受けた。

 自分の病状が悪化する前に、当事者になって気付いた思いを表明しておきたいと考えて執筆したものではあるが、それら批判や非難に応える道は、とにもかくにも前述した「がん共存療法」のエビデンスを求めて臨床試験を実施することだと考えた。

 でもどうしたらいいのだろう? 具体的な取り組みの方向が見えず悶々としていた22年7月、間を置かずして、二つの朗報が飛び込んできた。

 一つはあるジャーナリストからのもので、「がん共存療法」で使用しているメトホルミンが、同年6月から国立がん研究センター中央病院で、悪性脳腫瘍である膠芽腫(こうがしゅ)に対する臨床試験に使われているとの情報。もう一つが拙著をお読みになった日本財団の笹川陽平会長からの「この取り組みは大切なことだと思う。もし条件が整えば日本財団が助成することも可能である。頑張りなさい」とのエールだった。

 この二つの朗報を持って、私は、以前ホスピス医として勤務していた東京都小金井市にある聖ヨハネ会桜町病院の小林宗光院長(現・名誉院長)に会いに行った。そして、同病院で「がん共存療法」の臨床試験(医師主導型の自主臨床試験)ができないだろうかと直訴した。

 結果として、同病院の、ホスピス科部長の三枝好幸医師と、呼吸器内科部長の楠本洋医師(現「新横浜ヒロクリニック訪問診療」院長)が、同院の「生命倫理委員会」に提出する「『がん共存療法』臨床試験に関する倫理審査申請書」の共同提案者に名を連ねてくれたのだ。

 9月半ば、参加条件など幾つかの修正の後に、臨床試験は「生命倫理委員会」の承認を得ることができた。10月下旬、日本財団へ、桜町病院の母体である社会福祉法人聖ヨハネ会として助成金申請を行い、12月初めに承認された。23年1月、念願の「臨床試験」は、ついに始まることになった。肺転移が判明してから3年8か月がたとうとしていた。そしてその時、私の体調は良好であり、転移病巣は縮小状態を維持したままだった。

「アルカリ療法」を追加

 生命倫理委員会によって承認された臨床試験への参加条件の下に、タウン紙や病院ホームページにて参加者を募集した。だが、希望者は当初予測したようには集まらず、募集期間を延長し、参加条件を満たした患者さんから順次臨床試験を開始した。募集締め切りの23年6月時点で、参加者は14名だった。

 順風満帆の船出とは言い難かったが、その前月の5月、医療法人社団悠翔会理事長・佐々木淳医師が朝日新聞の書評でエールを送ってくれた。うれしかった。

 さて、14名の参加者であるが、3名は参加時に既に病状がかなり進行していたため臨床試験開始後、間を置かず終了、2名は途中でもう一度標準治療に挑戦してみたいと終了、他の代替療法に代わられた方が1名。また本年(24年)2月、クエン酸療法開始直後に薬疹と思われる皮膚症状が出現し、他の自覚症状もなく、休薬で改善したが、臨床試験は終了とした方が1名おり、本年5月現在は7名(40代後半から60代後半の男性4名、女性3名)の方が臨床試験継続中だ。

 なお、昨年8月より、私の実体験も踏まえて「がん共存療法」の条件に合致する「アルカリ療法」を、生命倫理委員会および日本財団の承認の下、臨床試験に追加した。現在は先述した三つの治療法に加えたこれら四つの治療法を一括して「がん共存療法」としている。臨床試験では、それら一つ一つの安全性や効果を確認しながら、病状に応じて積み重ねていくことにしているため、全員が同時に同じ療法を行っているわけではない。

体調は良好

 さて、その7名の方の1年余りにわたる経過を振り返ってみたい。当臨床試験の目的は、「がん共存療法」の概念を説明した際に既述しているが、穏やかに、自分らしく生きることが可能な「無増悪生存期間」の延長を目指すことだ。

 その評価は、参加者の標的病変の変化をCT検査で計測するRECISTバージョン1.1(Response Evaluation Criteria In Solid Tumors version 1.1)に基づいて行っている。

 RECISTでは、まず臨床試験開始時に、CT検査で増殖の変化を経時的に追跡する起点になる標的病変を決める。標的病変はCT検査で1病変当たり最大径10ミリ以上のもので、かつ1臓器(肺は両側肺)最大2病変までとして、その最大径の和がベースラインとなる。そして、6〜8週ごとのCT検査にて標的病変の経時的変化を確認する。ただし、例えば、臨床試験開始時の転移病巣の最大径が10ミリ以下のものは、標的病変の定義に当てはまらないためRECIST基準では評価困難とされ、経過を観察することになる。

 本年5月時点での参加者7名中5名はRECISTに基づいた評価が可能であるが、2名は標的病変の定義に該当せず、評価困難のまま経過観察中だ。

 RECISTでの評価が可能な5名中3名は標準治療を副作用で途中離脱した方、2名は標準治療を選択しなかった無治療者だ。そのうち途中離脱者2名、無治療者1名の経過は、『がん化学療法レジメンハンドブック改訂第7版』(羊土社)に例示されている標準治療の無増悪生存期間中央値に匹敵している(なおCTによる病変の評価は放射線科専門医によって行われている)。

 7名全員、がんの増殖は緩やかに進行しているため、標準治療と同様に、いずれ最終的な時間を迎えることになる。だが、体調は良好で、やがて来るその日に備えながら、普段通りの日常生活を送っている。がんと共存できている日々なのだ。

低下したQOLを改善

 ところで、ステージ4の固形がんの場合、治療は延命が目的になるが、その延命された時間のQOL(クオリティー・オブ・ライフ:生命の質)も重要な要素になる。命が、無治療に比べて数年間延びたとしても、その多くが副作用で苦しむ日々であったのなら、治療に意味を見いだすことは難しい場合もあるのではないだろうか。

 当臨床試験では、アメリカで開発されたQOL調査票FACT-G(Functional Assessment of Cancer Therapy-General)を用いて、臨床試験参加前1週間と臨床試験参加後8カ月〜12カ月経過した本年1月半ば時点での1週間のQOLを比較してみた。なお、今回使用した調査票は、がん治療の臨床試験などで世界的に使用されているものの日本語版で、著作権者であるFACIT.orgの許可を得て使用している。

 FACT-G調査票では、QOLを「身体症状について」、「社会・家族との関係について」、「精神状態について」、「活動状況について」の四つの側面から調査し、評価点数が高ければ高いほどQOLが良いとされる。

 調査時点での参加者8名中、標準治療途中離脱者は5名、標準治療無治療者は3名だった。

 その結果、標準治療途中離脱者の臨床試験参加後のQOLは、参加前に比して有意(P<0.05)に改善していたが、標準治療無治療者のQOLはほとんど変わらなかった。

 FACT-G調査が示唆することは、延命目的の標準治療は、その効果の有無によらず、副作用などでQOLを低下させている可能性があり、副作用が少ない「がん共存療法」は、その低下したQOLを改善するということだ。一方で標準治療無治療者は、治療によるQOL低下の体験が無いため、「がん共存療法」によるQOLの改善は認められなかったと考えられる。

さらなるエビデンスが必要

 以上より、「がん共存療法」はステージ4の大腸がん患者に対して、安全に施行できる可能性があり、かつ一定の割合で「無増悪生存期間」の延長を実現できる可能性がある。また、標準治療途中離脱者のQOLを改善できる可能性があるため、標準治療を離脱せざるを得なかった「がん難民」と言われる人々の選択肢になり得ると思われる。

 だが、現時点ではデータの基となる対象者数が少なく、エビデンスレベルが高いとはいえない。がん治療医や緩和ケア医の皆様と連携していくためには、さらなるエビデンスの集積が必要だ。

第2弾も準備

 今回の臨床試験の結果を基に、より確かなエビデンスを得るため、臨床試験参加対象者を、RECIST基準を満たす「大腸がん術後で肺転移のある患者のうち、副作用などで標準治療から離脱せざるを得なかった、もしくは標準治療終了間もない方で、現在の主治医と連携の取れる方」10余名に絞り、第2弾の臨床試験を準備している。参加条件は他にも多々あるので、詳しくは聖ヨハネ会桜町病院のホームページを参照いただきたい。

 すぐにでも「がん共存療法」を受けてみたいと思われる患者さん・ご家族には申し訳ないが、少しでもエビデンスレベルを上げ、より多くの患者さんのお役に立つことを目指した臨床試験だ。あと1年はお待ち願えれば幸いである。

 第2弾も日本財団からの財政支援が約束されている。今後の経過は、改めて報告させていただきたい。それまで読者の皆様お元気で!

山崎章郎(やまざきふみお)
医師。1947年、福島県生まれ。千葉大学医学部を卒業し、同大学附属病院などに勤務。90年『病院で死ぬということ』(日本エッセイスト・クラブ賞受賞)がベストセラーになった。その後は緩和ケアに取り組む。5年前に大腸がんステージ4との診断を受け、抗がん剤に頼らない「がん共存療法」を模索。一昨年、その歩みを記した『ステージ4の緩和ケア医が実践する がんを悪化させない試み』(新潮選書)を刊行した。

「週刊新潮」2024年7月18日号 掲載