相川梨絵はフジテレビに出向した(写真/ロケットパンチ)

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 フジテレビの最終面接に落ちて共同テレビ採用となるも、入社後にフジテレビへ出向した相川梨絵アナ。『笑っていいとも!』などで活躍、フリーアナとして活動した後、2012年の結婚を機にバヌアツ共和国に移住し、バヌアツ親善大使にも任命された。そんな相川さんに、フジテレビで活躍していた当時のエピソードを聞いた。

【写真】バヌアツで海に浸かる相川梨絵アナ

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 同期の滝川クリステルちゃん、安藤幸代ちゃんと一緒に入社直後にフジテレビ出向が決まった時は「ラッキー!」と本当に嬉しかったですね。

 だから少しでも役に立ちたいとがむしゃらに働きました。新人の時には、フジ社屋のエレベーターで流れる放送「えれび」で“フェアリー梨絵”という謎の妖精キャラを演じたこともありました(笑い)。

 ただ、その映像が多くの社員の目に留まり、社内の知名度が急上昇したんです。エレベーター内でその放送を見るたびに恥ずかしい半面、フジに溶け込むことができる良いお役目をいただいたなと思っていました。

 ですが撮影現場に立つと反省の連続で、毎日のように自分の“できなさ”に打ちのめされていました。そんな時もアナウンス室に戻ると同期や先輩方が笑顔で食事に誘ってくださり、オアシスのような居場所でした。もちろん、制作の部署だけでなく営業さんや事業部の方からも可愛がっていただきました。私は共同テレビの社員ではありましたが本当に居心地が良かったし、とても愉快な会社だったと思います。

 また『笑っていいとも!』では、タモリさんの言葉にも救われました。

 私が芸人さんたちを上手くまとめられず、ハチャメチャで終わってしまった時に、「今日はすみませんでした。もっと頑張ります……」と謝ると、タモリさんは「頑張らなくていいの。相川はそれが面白いんだから」と言ってくださいました。それまで「頑張れ」と言われ続けてきた私にとってはまさに晴天の霹靂で、そこから仕事が楽しめるようになりましたね。

 ただ『コント1000本ノック』などのバラエティ番組でいろんなコスプレを着させられたのが実はイヤで、特に抵抗があったのが一休さん。坊主頭は恥ずかしかったです(笑い)。

 私がバヌアツに移住してからも、フジテレビのアナウンサーだった恩恵を感じる出来事がありました。2015年にバヌアツが巨大台風で大被害を受けた時、親善大使だった私が支援金を募ったら、約1700万円ものご寄付が集まったんです。

 これもフジテレビのアナウンサー時代があったからこそだと感謝しています。日本はいま大変だと窺っているので心配ですね。バヌアツは多くの人々が自給自足をし、自然と共存している国です。私は今後も家族とともにここで暮らしていくと思います。

※週刊ポスト2020年5月8・15日号