倒産したクリニックは東京・京橋の中心地にある高層ビルに入居していた(写真:kash*/PIXTA)

「今日をもってこの法人は解散。従業員の方は全員解雇となります」

東京都中央区京橋。JR東京駅からほど近い超都心の高層ビルの24階に入居していたクリニックでは、2019年9月末、業務終了後に40人余りの従業員が突然集められていた。戸惑う従業員に向かって、クリニックの理事長や弁護士が告げたのが冒頭のせりふだった。

「ついにXデーがやってきたんだな、と」。

それまでに異変を感じていたある従業員は、当時のことをそう振り返る。クリニックを運営する医療法人は9月20日に破産手続きを開始。帝国データバンクによると、負債総額はおよそ9億円に上った。

多額の投資でつまずく

1月6日発売の『週刊東洋経済』は「病院が壊れる」を特集。再編を迫られる公立病院や経営難に陥る民間病院の今を追っている。

倒産したクリニックは、医師のI氏が中央区日本橋の小舟町で1996年に開業し、2018年5月に京橋へ移転した。 

I氏は内視鏡医としての評判が高かったといい、移転前の日本橋時代から内視鏡検査がクリニックの収益の中心になっていた。1件数万円で、大腸や胃の検査を請け負っていた。またビジネス街に近いという場所柄、企業の健康診断を多く手がけていた。


さらに、「ANK免疫療法」という、免疫力を活性化させてがんを治す治療を行っていた。6週間の治療で400万円からの自由診療(保険診療の適応外)で、月に数人、富裕層の患者が訪れていたという。2013年度には売上高は9億円、事業損益(営業損益)は2000万円の黒字を確保していた。

だがそれ以降、売上高は右肩下がり。2017年度には5億円を割り、事業損益は赤字に転落してしまう。「クリニックの経営と並行して健康食品の販売にも力を入れ始めた。そちらに割く時間が多く、収益柱だった内視鏡検査の件数が減ってしまったのではないか」(クリニック関係者)。

転機が訪れたのは2018年。入居していた日本橋小舟町のビルの老朽化による建て替えに伴い、立ち退きを迫られたのだ。それを機に業容の拡大を目指すようになる。立ち退きをめぐって、数億円の立ち退き料を手にしたことも背景にあったとみられる。

「収益が細っていく中、クリニックは単価が高い訪日中国人客の医療ツーリズムの取り込みを狙っていた。転居先を探す中で、しっかりとした経営計画を立てないまま、一等地にあるビルに一目ぼれをしてしまったようだった」(前出の関係者)

訪日客向けの広告宣伝も不十分なままに2018年5月には移転し営業を開始。だが、I氏が思い描いていたようなにぎわいを見せることはついになかった。移転前の患者に移転後のクリニックの場所などの周知をしていなかったことで、既存患者も激減。クリニックでは閑古鳥が鳴いていたという。

そこを異常なコスト構造が襲う。まず賃料だ。最新の高層ビルの24階フロアの270坪を借りており、賃料は月1300万円に上った。加えて人件費もかさんだ。在籍していたスタッフは40人以上。売上高5億円弱の医療機関としてはあまりに多い人員である。人件費負担だけで月1600万円になっていた。

訪日客の富裕層を狙った過剰な設備投資もあだとなった。血液浄化(血液クレンジング)装置やエコー検査装置など、高額な医療機器を次々に導入。毎月のリース料も1000万円規模に上った。こうして資金繰りは急速に悪化していく。

取引先への支払いが滞りがちになっていた2019年の4月、取引銀行の要請もあり理事長が別の医師に交代、経営再建に乗り出した。だが、それでも資金繰りを好転させることはできなかった。スポンサー探しに奔走したものの、ネックになったのが多額の賃料。スポンサーとの話がまとまることはついになかった。

ANK免疫療法を行っていたがん患者には手紙で引き継ぎ先の病院の案内がなされたというが、ほかの通院患者に知らされることはなく、クリニックは閉院となった。解雇を宣告された従業員たちが感じた数々の異変は、最悪の結末を迎えたのだ。

倒産は10年で最多の水準

民間病院の経営は厳しさを増している。診療報酬などを決める政府の中央社会保険医療協議会が2019年11月に公表した調査では、民間では3割を超える病院が赤字経営に陥っていると回答。クリニック(診療所)においても、3割程度が赤字だとしている。

人口減で患者が減っている地方だけでなく、医療機関同士の競争が激しい都市部でも慢性的な赤字体質に陥っているところがある。

帝国データバンクによれば、2019年11月までで病院、診療所、歯科医院を合わせた倒産件数は38件。2019年通年での倒産件数は過去10年で最多になる見込みだ。医療法人の代表は医師でなければならないが、「医者は経営者ではないので、法人の舵取りは難しい」(同社情報編集課の阿部成伸氏)。

不振に陥る典型の1つが、冒頭のクリニックのように、過剰投資に原因があるもの。「医師は横並び志向が強く、必要性の薄い医療機器や設備まで導入してしまう」(金融機関関係者)。患者の疾患傾向や投資の回収期間を考えずに、無謀な経営計画で投資を先行させてしまうことがある。

さらに、人件費比率が高いのも医療法人の特徴だ。売上高のおよそ50%程度が人件費になっている。医師や看護師の確保のために、それ以上になっているところもある。優秀な医師を獲得するために高額な年収を提示するものの、競争の激化などでそれに見合った医業収入を上げられないケースがある。

組織としての統制・管理が緩い医療法人も多い。「ガバナンスがまともに機能している民間の中小医療法人はほとんどないのでは」(ある医療機関関係者)ともいわれるほどだ。

ガバナンスの欠如で倒産に追い込まれたのが、東京・品川区で「大崎病院 東京ハートセンター」を経営していた冠心会だ。2019年8月に負債総額42億円を抱え民事再生法の適用申請を行った、2019年では最大の医療法人の倒産劇だ。

カリスマ心臓外科医も在籍していたが

冠心会は1994年創業。2005年に開業した東京ハートセンターのベッド数は88床で、24時間の救急医療にも対応していた。人気医療漫画『ブラックジャックによろしく』の登場人物のモデルになった心臓外科医が在籍するなど名医ぞろいで、知名度が高い病院だった。

だが、建物の保有者から訴訟を起こされたことで、2018年末から家賃の滞納が続いていたことが発覚。実は2015年度から債務超過に陥っていた。2019年に入り、資金繰りが悪化した背景には理事長夫人が法人資金を私的に流用していた疑惑のあることが、一部の週刊誌で報じられた。

経営難や信用不安によって、医師や看護師の退職が相次いでいたという。こうして病院として機能不全に陥っていった冠心会。債権者である建物の保有者が民事再生法の適用を申請し、破綻となった。なお東京ハートセンターは、大田区で東京蒲田病院を経営する「森と海 東京」がスポンサーとなり、診療を継続。新しい体制で再建を図っている。

診療報酬の伸びが抑えられる中で、残業規制によって医師や看護師の人件費は上がる一方だ。都市部では病院や診療所同士の競合、そして地方では医師の確保の困難さから、医療機関の経営は厳しさを増している。これまでのように開業しさえすれば経営が安泰という時代は終わりつつある。医療機関でも経営力が求められるようになっているのだ。

『週刊東洋経済』1月11日号(1月6日発売)の特集は「病院が壊れる」です。