文大統領は昨年7月のG20に合わせて行われた日韓首脳会談で、安倍首相を平昌五輪に招待していた(写真:YONHAP NEWS/アフロ)

列島が記録的大寒波に襲われる中、安倍晋三首相が決断した平昌五輪開会式出席が永田町で熱い論議を呼んでいる。

年明け早々、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領が「慰安婦合意見直し」を示唆したことで自民党内保守派などが反発、首相サイドからも「首相は開会式に出席しない」との情報が流れていた。だが、首相は1月24日午前、「事情が許せば平昌五輪開会式に出席したい」と明言し、訪韓に伴う文大統領との首脳会談で、日韓慰安婦合意の履行や北朝鮮危機での日米間連携による圧力維持を強く求める意向を示した。

ただ、側近が「虎穴に入らずんば虎子を得ず」と喧伝する首相の「勇断」には、自民党内だけでなく一般国民レベルでもなお賛否両論が交錯しており、韓国側の対応も含めて結果次第では安倍外交の真価が問われることになりそうだ。

首相にとって、開会式出席が政治問題化したのは誤算だった。昨年7月の日韓首脳会談での正式招請後も、表向きは「国会日程次第」などと態度を保留してきたが、「韓国側が首相を招待しているのだから、それを阻害するような対応はしないはず」(外務省)との判断から出席する方針を固めていたとみられるからだ。

しかし、年明け早々の1月10日に文大統領が慰安婦に関する日韓合意について「誤ったもの」との認識を表明したことで、事態は一変した。2016年12月に当時の朴槿恵(パク・クネ)政権と交わした「最終的かつ不可逆的な解決」を確認した日韓合意を「ちゃぶ台返し」(同)にするような韓国外交に、政府与党内でも怒りと不満が噴出。首相も12日に、文大統領が求めた追加措置も含め「まったく受け入れることはできない」と不快感をあらわにした。

反対論を振り切っての訪韓なら「恩を売れる」

この段階で政府与党内では「首相の開会式出席はなくなった」(首相側近)との判断が大勢となっていた。自民党内では「この状況での首相訪韓は、韓国や国際社会への誤ったメッセージになりかねない」(参院幹部)との声が相次ぎ、外務省も「出席は外交的デメリットが大きい」(幹部)との判断を首相に伝えていたとされる。にもかかわらず、首相が出席を決断したのは「国内の反対論を振り切る形で訪韓すれば、文大統領に恩を売れる」(側近)とのしたたかな計算から、と受け止められている。

首相が開会式出席を表明した24日午前には、自民党内の保守系議員による会合も開かれていたが「首相訪韓は国民の支持を失う」「韓国による五輪の政治利用に手を貸すことになる」など反対論一色だった。その一方で、野党側は共産党の志位和夫委員長が「出席したほうがいい」と首相を後押しするなど、"政治的ねじれ"も表面化していた。

ただ、首相の決断表明後は自民党内の反対論も沈静化し、「訪韓する以上、首相は韓国に毅然とした態度を示せばいい」(希望の党幹部)との声が大勢となっている。与党内では二階俊博自民幹事長や山口那津男公明党代表が当初から首相訪韓賛成論で、二階氏は24日の首相との会談で「(出席は)大変結構だ。日本も(東京で)五輪を開いたら(韓国大統領に)来てもらわないといけない」と首相決断を高く評価した。

こうした経過をみると、「首相は初めから出席する意向で、国内の反対論が高まった段階での英断により、リーダーとしての指導力を国際社会にアピールするつもりだった」(官邸筋)との解説も説得力を増す。首相側近も「総理は初めから行くと決めていた。自民党や国内保守派の反対論が盛り上がれば、かえって国際的にも首相決断の価値を高められると考えていたのでは」と指摘する。

ただ、平昌五輪成功に向けて北朝鮮選手団の参加を実現するため南北対話にのめり込み、「平昌(ピョンチャン)五輪を平壌(ピョンヤン)五輪に変えた」(外務省)と国際社会のみならず国内でも揶揄されている文大統領は、大統領選では慰安婦合意見直しを掲げて当選しただけに、首相との会談で態度を変える可能性は低い。

会談で首脳同士の対立が際立てば「首相訪韓がかえって日韓関係を悪化させる」(自民保守派)という事態も想定される。「首相自らが日韓合意履行を大統領に強く迫れば、韓国世論が反日一色となり、対北朝鮮での日米間連携にも悪影響を及ぼす」(同)との不安が拭えないからだ。

「外交戦略としては正しい」と外交専門家

そもそも、「五輪は平和の祭典で、国際政治を絡めるべきではない」(志位氏)という建前論からみれば、首相の開会式出席は当然でもある。隣国の韓国で開催される五輪に日本の首相が出席するのは「アジア各国にとっても常識」(外務省筋)で、「2020年の東京五輪開催国の首相が出席しなければ、それこそ政治的行動と批判される」(自民幹部)ことは避けられない。対北朝鮮での日米韓連携を重視する米国政府からの後押しもあったとされるだけに、多くの外交専門家も「首相決断は外交戦略としては正しい」と口をそろえる。

しかし、文大統領の「日韓合意見直し」発言後の各メディアの世論調査では「国民の8割以上が韓国の態度に反発している」との結果が出ていた。「国同士の合意を簡単に覆すような韓国は無視すればいい」との民意の表れで、特に国内での首相の支持基盤とされる保守系勢力では「首相訪韓には絶対反対」との声が圧倒的だった。だからこそ、自民党内の保守派の会合でも「韓国に甘い顔をすれば内閣支持率も急落し、首相の政権運営にも支障が出る」などの批判が続出したのだ。

首相が24日午前に記者団に語った詳細は、(1)事情が許せば、平昌五輪開会式に出席したい、(2)同時に(文大統領と)首脳会談を行い、日韓の慰安婦合意について日本の立場をしっかり伝えたい、(3)北朝鮮の脅威に対応していくために、日米間のしっかりした連携と最大限まで高めた圧力を維持する必要性を伝えたい、というものだ。しかも、その内容は産経新聞の前日23日付の首相インタビューとほぼ同じでもある。しかし、その前日の22日午後の施政方針演説では平昌五輪や慰安婦合意にはまったく触れず、通り一遍のごく短い対韓外交方針の表明にとどめている。

首相は東欧歴訪中の1月15日、訪問先のブルガリアで行った同行記者団との内政懇談で「国会の最中なら1日も早い予算成立こそが最大の経済対策」と述べ、それを受けて菅義偉官房長官も「国会日程が最重要」と五輪開会式出席に慎重姿勢を示した。ただ、国会日程をみると、開会式が行われる2月9日(金曜日)には首相出席が必要な衆院予算委の基本的質疑とかち合う可能性は低い。しかも、政府与党はかねて「国会審議より首相の外交日程を優先すべきだ」と主張し、昨年の衆院選後の特別国会もトランプ米大統領訪日を含む首相の外交日程を最優先して審議日程を組んでいた。

「欠席」から「出席」へ揺れた決断

今回、野党側から開会式出席のための首相訪韓への反対意見がなかったことも考え合わせれば、「国会日程を掲げての態度留保は、出席を断るための布石だった」(民進党幹部)との見方も否定できない。自民党内にも「首相の勇断というが、どちらにするか迷いに迷った挙句、渋々決めたのでは」(自民長老)と指摘する向きもある。

首相が23日の産経新聞のインタビューで開会式出席の決意を語ったのは党内保守派への配慮とみられているが、保守派議員からは「単独インタビューで訪韓が決定事項のように報じられるのは異常だ」との反発も出ている。文大統領発言から首相の訪韓決断表明までの2週間の関係者の動きや発言を検証すると、「方針が初めから決まっていたのではなく、紆余曲折の末に首相の勇断として演出しただけ」(首相経験者)との見方が出るのも当然だ。

6年目に入った首相の政権運営について、内外ともいちばん評価が高いのは首脳外交だ。トランプ米大統領と築いた親密な関係も含め、国際社会でも「安倍外交」への評価は定着している。そうした「世界の安倍」という立場からみれば、今回の訪韓問題では初めから韓国大統領の動きなどとは一線を画して「平和の祭典だから開会式に出席する」という対応も可能だった。そうすれば「子供じみた韓国外交とは違う『大人の外交』として国際社会にアピールすることで、文大統領への圧力も倍加した」(外務省OB)との声も出ている。