日本でなじみのない「クリスマスキャラ」がたくさんいるのも本場の特徴。「クリスキント」はそのひとつで、女性の天使のようなキャラクター。ニュルンベルクで若い女性から選ばれる(写真:筆者撮影)

日本で「クリスマスは恋人と過ごす日」になったのは、バブル前の1980年代ぐらいからだろうか。欧米の企業と付き合いのあるビジネスマンは、クリスマスになると先方と連絡がつきにくかったり、休暇を取る人がいたりと困った経験をした人もいるだろう。

そもそも西洋のクリスマスは「家族で過ごすもの」という認識が強く、日本社会にはなじみのない文化や習慣がたくさんある。「クリスマスマーケット」もそのひとつだろう。

日本でいうと、新年の神社の雰囲気

クリスマスマーケットとは、11月末から広場などに食べ物やクリスマスの飾りなどを売る屋台が並ぶイベントだ。ニュルンベルクなどは規模も大きく観光スポットとしてよく知られている。行ったことのない人にはわかりにくいが、新年の神社を想像していただきたい。「参道などで飲食や玩具などを売る屋台が並ぶ」だけだが、着物を着た人がたくさんいて、家族連れ、友達、カップルがおしゃべりをしながら歩き、飲食を楽しむ。神社には凛とした正月独特の雰囲気がある。これと同様で、クリスマス市場もドイツの人々の生活の中にあり、独特の雰囲気がある。

ドイツの市街地は歴史的な建物がよく保存されており、中世のたたずまいが残る広場通りにクリスマスマーケットはよくマッチしている。そこらじゅうにクリスマスツリーや電飾がかざられ、メリーゴーラウンドなどの遊具が設置されるところもある。屋台ではオーナメントやデザインの凝ったキャンドル、チョコレートや菓子などが販売される。ワインに香辛料などを加えて温めた「グリューワイン」はクリスマス市場をイメージする代表格だ。


レトロなデザインのカルーセルが却って暖かい雰囲気を作る(写真:筆者撮影)

クリスマスマーケットはドイツが発祥とされ、14世紀あたりから始まったようだ。冒頭に挙げたニュルンベルクも16世紀に始まった。ほかにもシュツットガルトやドレスデンもよく知られる。そして有名どころ以外の多くの街でも開かれており、その数はドイツ全土で2200程度あるといわれる。

近年、日本でもクリスマスマーケットがちらほら広まりつつあるようだが、この20年ほど本場ドイツでも人気がさらに高まっている。祭りなどで屋台や移動遊園地を運営する業界団体によれば、2000年に比べ2012年は訪問者数が70%も増加した。ドイツの催事業界にとって、クリスマスマーケットの貢献度は甚大だ。2014年の現地報道によると、期間中に30億〜50億ユーロを売り上げ、年間収入の3分の1から半分ぐらいをクリスマスマーケットが占めているという。

筆者個人の目から見ても、スケートリンクを併設するなど、年々豪華になっている印象がある。ただ、昨年ベルリンのマーケットにトラックが突っ込むテロがあったことから、今年はマーケット周辺に大型のコンクリートブロックなどが並ぶ風景も見られた。

さらに、インバウンドの観点からも影響は大きい。2016年、ニュルンベルクのクリスマスマーケット期間中の宿泊数は約30万泊だったが、約3分の1が海外客だ。米国、イタリア、英国、オーストリア、スイス、オランダ、スペインといった国々からの来訪者が上位につく。訪日外国人の増加をもくろむ日本にとっては、気になるところだろう。

「経済効果」以外のクリスマスマーケットの意味

クリスマス市場は「つねに混んでいる」といったマイナスイメージもあるが、同時に「なくてはならないもの」でもある。この時期は「グリューワインを飲みに行こう」「クリスマス市場で会わないか?」と誰ともなしに友人たちと誘い合って出掛ける。


グリューワイン片手に話が弾む(写真:筆者撮影)

ほかにもデートのカップルもいれば、家族連れで散歩がてらやってくる。小さな子どもはカルーセルなどの遊具に乗ってご機嫌だ。それを一生懸命撮影する親がそばにいるのはご愛嬌。市場でクリスマスのプレゼントを買う人もいる。

また、休日のみならず平日もにぎわう。年末は一般に仕事も忙しい人も多く、そのへんの年間のリズム感は日本ともよく似ているが、職住が比較的近い点が異なる。そのせいか仕事のあとに立ち寄る「フラリーマン」スタイルより、いったん帰宅してから友人や家族と出掛けるケースのほうが多いようだ。市場はほっとできる束の間の時間という感じがあるのだろう。

ところで、生活の中に自然とクリスマスマーケットが入ってくるのは、ちょっとした街でも小さいなりに開催されているからだが、開催場所はたいていその街の中心地だ。ドイツの街は歴史的景観が維持されているのみならず、小売店、飲食店、銀行、庁舎、文化施設などたいていのものが中心部に集まっていて、「コンパクトシティ」がはやるずっと前から実践されてきた。そのため、普段から街に自然と人が集まり、クリスマスマーケットもその延長線上にある。

たとえば筆者が住むエアランゲン市を見てみよう。同市はニュルンベルクに隣接する人口約10万人の街で、観光地ではない。そのため、かえって地域の生活になじんだクリスマスマーケットの様子が浮き彫りになる。同市の市街中心地には歩行者ゾーンになっているメインストリートがあるが、ここに隣接するかたちで徒歩10分圏内に3つの市場が作られている。それぞれコンセプトは異なるが、どれもローカルらしいこぢんまりした魅力がある。


ノスタルジックな雰囲気が魅力のエアランゲン市のクリスマスマーケット(写真:筆者撮影)

まずは「歴史マーケット」。ここは中世がコンセプトだ。屋台のデザインも木材を使った中世風。屋台に立つ人たちも中世風の衣装で販売している。立ち飲みができる簡易テーブルも中世を思わせるデザインで、たき火が用意されている場所もある。マジックショーなどのストリートパフォーマンスなども行われている。ドイツでいう「中世」は、日本でいうと「江戸時代風」にようにノスタルジーを感じさせるコンセプトだ。

ドイツらしく、「持続可能性」がテーマのマーケットも

2つ目は、旧市街のマーケットだ。同市の発祥の地でもあり、2016年から市場が行われるようになった。地元の飲食店などの事業者らの発意で、議会の一部も支持し実現した。こちらも飲食や物販の屋台もあるが、ボランティア、地域主義、持続可能性といったことがテーマ。そのため姉妹都市や地元のスポーツクラブなどのスタンドもたつ。


エアランゲン市の「旧市街市場」。コンサートや演劇も行われる(写真:筆者撮影)

今年は中央に仮設舞台が作られ、音楽ライブや簡単な演劇なども行われている。旧市街地は日本のシャッター商店街に比べるとまだまだ元気だが、それにしても、より努力をしなければ日の目を見ないエリアだ。そうした場所に人々が集うきっかけにもなっている。

また、「歴史的市場」もそうだが、教会の広場で開かれているのが興味深い。マーケットそのものの起源が教会前で始まったことを考えると、クリスマスマーケットがそこで開かれているのにも合点がいく。

3つ目が「森のクリスマスマーケット」だ。3つの中で最も広く、同市によって運営されている。木で作られた彫像が並び、下には木片チップが敷き詰められている。ここでも屋台は並ぶが、子どもがクリスマス用のパンを作れる小部屋が設えられるほか、ボランティア団体のブース、小児がんの子どもたちへの募金コーナーなどが軒を並べる。

簡易舞台では音楽関係のNPOや子どものグループの演奏・合唱などが行われる。ニュルンベルクの市場に比べると小さいが「木片チップが敷き詰められた暖かい雰囲気があって、こぢんまりした感じがいい」という人もいる。

日本でも観光客を呼べる、大規模な祭りのたぐいは確かに楽しい。一方、観光ずれしていない伝統的な祭りにも、それを継続させるだけの魅力があり、努力もある。そして人々の生活の一部になっていることが多いのではないか。ドイツのクリスマスマーケットにも同様のことが言えそうだ。それでも「商業主義が強すぎる」という非難があるが、クリスマス当日になると、人々は家族で集い、街は静かになる。この静寂もまた日本にはないクリスマスの良さである。