【西脇 章太】「金の蔵」は100店舗から1店舗へ、”客足は戻った”のに「白木屋」「魚民」も縮小…居酒屋チェーンを潰した《本当の理由》
駅前の一等地を席巻した格安居酒屋チェーンの看板が、いま次々と姿を消している。全品270円などの低価格路線で一世を風靡し、最盛期には全国で100店舗近くを展開した「金の蔵」も、現在は都内の1店舗を残すのみとなった。
「白木屋」「魚民」「笑笑」などを展開する業界大手でも、店舗網の縮小が続く。
東京商工リサーチの調査によると、2024年の「酒場・ビヤホール」の倒産件数は過去最多を記録した。ニュースでは、原材料費や光熱費、人件費の上昇に加え、若者のアルコール離れなどが主な要因として語られる。もちろん、こうした外部環境の悪化は無視できない。
しかし、居酒屋が相次いで事業継続を断念する背景には、物価高だけでは説明のつかない問題が横たわっている。例えば「金の蔵」のケースでは、のちに本格化するコロナ融資の返済問題よりも前に、コロナ禍における巨額の店舗維持費(固定費)に耐えきれなくなったことが撤退の決定打となった。
そして、その未曾有の局面をなんとか持ちこたえた中堅・個人の店舗であっても、いまコロナ禍を乗り切るために借りた資金の返済が始まる一方、売上が戻っても利益は手元に残らないという別の壁に直面している。
さらに、これまで成長の原動力だった「安さ」と「薄利多売」が、インフレ時代には経営を圧迫する足かせへと転じたのだ。
売上が戻っても、居酒屋が潰れるワケ
居酒屋の倒産が増えていると聞けば、「物価高で客足が遠のいたから」と考える人も少なくない。
事実、電気代やガス代に加え、食材の仕入れ価格も大幅に上昇した。以前と同じ商品を同じ値段で提供し続ければ、利益が削られるのは当然である。
だが、倒産の危機や資金繰りの悪化に直面する経営者を数多く支えてきた高橋健一朗氏は、現在相次いでいる倒産の直接的な引き金は別にあると指摘する。
「いま、多くの居酒屋を経営破綻に追い込んでいる一番大きな要因は、コロナ融資の返済です。現在は、インバウンドや宴会需要の回復によって、売上自体はコロナ前の水準、あるいはそれ以上に戻っている店舗もあります。しかし、物価高で利益率が下がり、返済に回すキャッシュが残らないのです」(高橋氏、以下「」も)
一般的に企業が融資を受ける際は、その資金で事業を拡大し、得られた利益から返済を進めていく。ところが、コロナ融資の性質はそれとは異なる。
売上が急減した店舗が、家賃や人件費を払い、当面の資金繰りをつなぐために借りたものだ。事業を成長させるためではなく、営業を止めないための借金だったのである。
したがって、客足がコロナ前の水準に戻っただけでは、借入金を返せるほどの利益までは確保できない。
「営業が正常な状態に戻っただけでは、元本まで返せる利益は出ません。経営者が貯金を取り崩したり、親族から資金を借りたりしながら延命してきた店も、いよいよ限界を迎えています」
売上が回復しても、仕入れ価格や光熱費、人件費はコロナ前より高い。そこへ融資の返済がのしかかる。帳簿上は黒字でも、返済後に手元資金がほとんど残らないケースは珍しくない。店内がにぎわっていることと、経営が健全であることは別の話だ。
こうして資金が底をついた店舗から、倒産や廃業を迫られていく...。
なぜコンビニは値上げできて、居酒屋はできないのか
倒産ラッシュの背景には、さらに深刻な問題がある。昭和から平成にかけて飲食業界の王道とされた「薄利多売モデル」が、いよいよ限界を迎えたのだ。
原材料費が上昇すれば、その分を販売価格へ転嫁するのがビジネスの基本となる。たとえば、以前は1個100円前後だったコンビニのおにぎりも、いまでは150円を超える商品が珍しくなくなった。
ところが、格安居酒屋にとって値上げは容易ではない。「全品280円」、「ドリンク199円」といった安さそのものを、集客の看板にしてきたためである。
「消費者の頭の中には、『あの店は安い』というイメージが定着しています。少し値上げしただけでも、『それなら別の店でいい』と客離れを招きかねません。かといって、価格を据え置けば利益は出ない。まさに八方塞がりです」
低価格を理由に選ばれてきた店は、値上げした瞬間、客を呼び込む最大の武器を失う恐れがある。料理や接客、空間ではなく、「安いから」という理由で支持を集めてきた店ほど、価格を動かせる余地は乏しい。
しかも、競争相手はほかの居酒屋に限られない。スーパーやコンビニでは酒や惣菜の品ぞろえが充実し、自宅でも手頃な価格で、一定水準以上の食事を楽しめるようになった。
「家で飲んだほうが圧倒的に安く済む時代に、特徴のない格安居酒屋へ足を運ぶ理由は見つかりません。薄利多売は、多くの客が短時間で入れ替わることを前提としたモデルです。人口が減り、大人数の宴会需要も縮小するいま、その仕組み自体が成り立たなくなりつつあります」
客1人から得られる利益が小さければ、多くの来店客を集め、何度も席を回転させる必要がある。だが、客数が減る一方で、人件費や家賃、光熱費まで上昇すれば、従来の方程式はもはや通用しない。
ただ、ここで見落としてはならないのは、衰退しているのはあくまで昭和・平成型の、いわゆる“総合的な格安和風居酒屋”だという点だ。実はその一方で、特定の食材やメニューに特化した「激安専門店」は、むしろ店舗数を増やし、市場を拡大しているケースも少なくない。
単に安いだけでなく、『これを目当てに行く』という明確な強みを持つ専門店は、インフレ時代でも消費者に強く選ばれ続けている。つまり、本当に限界を迎えているのは「低価格」そのものではなく、明確なフックのない「総合型・薄利多売」の仕組みなのだ。
「安さ」という“成功体験”が店を潰す
外部環境が大きく変わったにもかかわらず、コロナ前と同じ経営を続けた店舗は少なくなかった。
コロナ禍では、政府や自治体から協力金や補助金が支給された。しかし、その多くは赤字の補填や家賃、人件費などの固定費に消え、新たな収益源の開発や、値上げしても選ばれる店づくりには十分に生かされなかった。
テイクアウトや通販、予約制への転換など、稼ぎ方を見直す選択肢はあった。それでも、従来の客足が戻るのを待ち続けた店舗は多かったという。
「厳しい言い方になりますが、コロナ前と同じことを続けている店舗から順番に潰れています。『物価高だから苦しい』と嘆くだけで、ビジネスモデルを変えられなかった経営層の責任は重いでしょう」
「料理がおいしく、接客が丁寧である」--それだけで経営が成り立つ時代ではない。原価率はいくらか、客1人からどれだけ利益が残るのか、借入金の返済に回せる現金はいくらあるのか。経営者には、こうした数字を正確に把握する力が求められる。
店を開けて客を待ち、売上が足りなければ値引きやクーポンで補う。そんな経営を続ければ、利益はさらに薄くなっていく。
過去に成功した店ほど、「これまでこのやり方でうまくいった」という経験から抜け出しにくい。だが、客の行動も、物価も、人件費も、すでに大きく変わった。同じやり方を続けることは、現状維持ではなく、緩やかな衰退を意味するのだ。
その一方で、食材原価率が50%を超えても利益を確保し、数週間先まで予約で埋まる高価格帯の飲食店も存在する。
格安居酒屋が数百円の値上げに苦しむなか、なぜ客単価数万円の店に人が集まるのか。両者を分けるのは、料理の値段そのものではない。
後編『「金の蔵」のような激安居酒屋が消えた裏で…「客単価数万円」の店がボロ儲けする《驚きの理由》』では、「高くても選ばれる店」が採用する受注販売型のビジネスモデルを取り上げ、利益を残せる店舗と残せない店舗の決定的な違いに迫る。

