「ハンナ・アーレントのように考える」書評 自分の頭で、人間らしく、複雑に
「ハンナ・アーレントのように考える」 [著]リンジー・ストーンブリッジ 評伝・研究・入門書に新訳と、生誕120年を迎えるアーレントは相変わらず人気である。本書はその中にあって、トランプとプーチンの時代に自由の意味を探るためにアーレントを読み直すという明快な立場を取る。
公共性を重視する近代社会の批判者というイメージが強いアーレントだが、本書で大きな比重を占めるのは、彼女の出世作『全体主義の起源』である。ユダヤ系ドイツ人として、自ら無国籍者としての辛酸をなめたアーレントは、全体主義をどう捉えたのだろうか。
現代の目で再読すると、この著作が冷戦思想の古典という枠に収まらないことが良く分かる。本書が注目するのは、人種差別・宗教差別・民族嫌悪の長い歴史、仏英をはじめとする帝国主義を論じた箇所だ。そこでアーレントは、全体主義の組織化された残虐行為は、帝国主義特有の行政的・人種差別的な人間性の剝奪(はくだつ)がブーメランのようにヨーロッパに戻った結果だ、という見方を提示する。著者が高く評価する視点である。
だが、人種問題は根深い。著者は、アメリカ黒人の差別問題への彼女の取り組みの甘さを見逃さない。黒人の命は、せいぜい、理論のバックミラーにしか映っていない、と手厳しい。
全体主義のプロパガンダについての分析も迫力がある。事実と作り話の区別も、事実と虚偽の区別も存在しなくなった人々こそ、全体主義の絶好の餌食である。偶然を計画のように、陰謀論を現実のようにみせる術を駆使した結果、ほら話とウソで混沌(こんとん)の度合いが深まるばかり。かつての状況は、21世紀に生きる著者が日々目撃する光景だ。
本書は、現代社会の病理を「全体主義的思考」の蔓延(まんえん)と捉えるが、その括(くく)り方はやや大雑把という印象もなくはない。だが、アーレントの最大の教えは、自分の頭で、人間らしく、複雑に考えよ、という点にあるという著者の訴えには、大いに勇気づけられる。
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Lyndsey Stonebridge 英バーミンガム大人文科学・人権学教授。メディアコメンテーターとしても活動。
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角敦子訳
