18年にわたって連載された漫画『宇宙兄弟』が、ついに完結を迎えました。同作の主人公のひとり・ヒビトが日本人として初めて月面に下り立ったのは、2026年3月8日。このエピソードが描かれた当時、再び人類が月を目指すことは、まだ遠い未来の出来事のようにも思えました。

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 しかし、作中に登場する、月を目指す宇宙船「オリオン」はフィクションではありません。NASAが開発した実在の有人宇宙船であり、現在のアルテミス計画でも月へと宇宙飛行士を運ぶ中核を担っています。

 2026年4月には、米国とカナダの4人の宇宙飛行士を乗せたオリオン宇宙船が月を周回飛行し、地球へ帰還。有人宇宙飛行における地球からの最遠到達記録も更新されました。


アルテミスII飛行中に撮影された月 ©︎NASA

 では、日本人宇宙飛行士が月面に立つ日は、いつ訪れるのでしょうか。アルテミス計画の最新状況や、JAXA宇宙飛行士たちの経歴、訓練の内容から、その可能性を見ていきます。

アルテミス計画は今どこまで進んでいるのか

 アルテミス計画は、アポロ計画以来となる有人月面探査計画です。第1次トランプ政権下の2017年、米国は再び月を目指す方針を打ち出し、NASAを中心に民間企業や、日本や欧州、カナダをはじめとする国際パートナーも加わる形で計画が進んでいます。

 2022年のアルテミスIでは、無人のオリオン宇宙船が月の周辺を飛行して帰還。そして2026年4月のアルテミスIIでは、米国とカナダの4人の宇宙飛行士がオリオンに搭乗し、月周回飛行を果たしました。

 当初はアルテミスIIIで月面着陸を目指す計画でしたが、現在は2027年のアルテミスIIIを地球低軌道での試験飛行とし、2028年のアルテミスIVで月面着陸を目指す流れに変わっています。

 アルテミスIIIでは、オリオン宇宙船とSpaceXやBlue Originが開発する月着陸船とのランデブー・ドッキング、生命維持・通信・推進系、月面用宇宙服などを本番前に確認する予定です。このアルテミスIIIには、NASAと欧州宇宙機関の宇宙飛行士が搭乗することが6月に発表されました。

 なお、月を周回する宇宙ステーション「ゲートウェイ」は、日本も開発に参画していましたが、計画の見直しに伴い、開発は一時停止となりました。準備されてきた要素の一部は、月面拠点の整備に活用される方向です。

日本人が月に立つチャンスは少なくとも「2回」

 2024年4月、日本とアメリカの政府間で、アルテミス計画における日本の月面探査協力について合意が交わされました。これにより、NASAは将来のアルテミス計画で、日本人宇宙飛行士による月面着陸の機会を2回提供することが確認されています。

 日本は月面探査に使う与圧ローバの提供を担います。宇宙航空研究開発機構(JAXA)とトヨタ自動車が共同で開発している与圧ローバ、愛称ルナクルーザーは、宇宙飛行士が月面で長距離を移動しながら活動するためのキャンピングカーのような車両です。

 JAXAの山川宏理事長は、「JAXAとしてはできるだけ早く、日本人宇宙飛行士を月面に届けたい」と話していますが、どの日本人宇宙飛行士が月面に向かうのかは現時点では決まっていません。現在JAXAに在籍する現役宇宙飛行士は、星出彰彦さん、油井亀美也さん、大西卓哉さん、金井宣茂さん、そして前回の宇宙飛行士選抜試験を経て選ばれた諏訪理さん、米田あゆさんの6人です。

月へ向かう宇宙飛行士はどう選ばれるのか

 では、月面着陸ミッションに搭乗する日本人宇宙飛行士は、どのように決まるのでしょうか。山川理事長によれば、搭乗者はNASAと日本政府、関係機関との調整を経て決まります。アルテミス計画では、打ち上げごとに求められる能力や実施する作業が変わるため、それに合う宇宙飛行士を国際的な調整の中で選ぶことになります。

最年少で宇宙飛行士に選ばれた“女性外科医”の正体

 日本の新たな宇宙飛行士候補者として、2023年2月に選ばれたのが諏訪理さんと米田あゆさんの2人です。応募者数は過去最多の4127人。日本人宇宙飛行士候補者の選抜は、前回の2008年度以来、およそ13年ぶりでした。2人はその後、宇宙飛行士候補者としての基礎訓練を終え、2024年10月にJAXA宇宙飛行士として認定されました。さらに諏訪さんについては、2027年ごろの国際宇宙ステーション(ISS)長期滞在搭乗員に指名されたことも発表されています。

 諏訪さんは、世界銀行で上級防災専門官として勤務していた人物です。防災や国際協力の分野で経験を積み、世界各地の災害リスクの低減に関わってきました。一方の米田さんは、日本赤十字社医療センターで外科医として勤務していました。選抜時は28歳で、JAXAの宇宙飛行士候補者としては最年少タイ。向井千秋さん、山崎直子さんに続く女性宇宙飛行士でもあります。

異なる“強み”を持った2人の宇宙飛行士

 前回の選抜では、月面探査も意識した試験が行われています。宇宙飛行を含む自らの経験や成果を世界に伝える表現力、発信力も評価され、月面を模擬した施設での試験も行われました。

 諏訪さんは、欧州宇宙機関のCAVES訓練にも参加しています。洞窟という閉鎖・隔離環境で、長期滞在に必要なチーム行動や意思決定、コミュニケーション能力などを磨く訓練です。

 また、東京大学理学部や海外の大学院で地球科学を学んだ諏訪さんは、南極やグリーンランドの氷床コアを分析し、過去の気候を復元する研究に取り組んだ経験があります。過去の取材では、月や火星を知ることは地球を知ることにもつながると話しており、アルテミス計画はそうした科学的関心とも重なります。

 一方、米田さんは、趣味にテニスやヨット、ゴルフ、乗馬などを挙げ、アクティブな一面が伺えます。身近に感じられる宇宙飛行士になりたいとも話していて、SNSでは、訓練の様子や宇宙開発に関する情報をわかりやすく発信しています。

 そんな米田さんの大きな強みは、やはり外科医として現場で判断を重ねてきた経験です。月はISSよりも地球から遠く、緊急時にすぐ帰還できる環境ではありません。米田さん自身も記者会見で、医師としてのキャリアを宇宙で活かせると話していました。

ベテラン勢にも十分な可能性 月へ向かうのは誰なのか

 日本人宇宙飛行士の月面着陸をめぐっては、諏訪さんと米田さんに注目が集まりがちですが、ベテランの日本人宇宙飛行士も含め、全員が等しく搭乗の機会を持っているとの考えをJAXAの山川理事長は示しています。

 星出彰彦さんは、現役のJAXA宇宙飛行士の中で最も飛行経験が多い宇宙飛行士です。宇宙滞在は3回。ISS船長を務め、船外活動も計28時間17分行っています。宇宙飛行士になるまでの道のりも長く、大学生のときに最初の募集がありましたが、当時は応募条件を満たしていませんでした。その後も挑戦を続け、3度目の選抜試験で合格しています。油井亀美也さんは、航空自衛隊出身の元テストパイロット。ISSでのロボットアーム運用などに加え、宇宙での体験を自身の言葉や写真で伝える表現力と発信力もあります。

 大西卓哉さんは、全日本空輸の元パイロットで、ISS船長も経験しています。日米合意に寄せたメッセージでは、「私もアポロを知らない世代の一人として、月面で活動する日本人宇宙飛行士に選ばれるよう、飛行士としてのスキルを磨いていきます!」と述べており、月面活動への意欲をかなり率直に示しています。過去の取材でも、月面探査への関心の高さは随所ににじんでいました。金井宣茂さんは、海上自衛隊で外科医、潜水医官として勤務した経歴を持ちます。地球にすぐ戻れない月面活動では、医療や特殊環境での経験が意味を持つ場面もあるでしょう。

 有人月面探査を見据えた訓練も行われています。大西さんと金井さんは、欧州宇宙機関のPANGAEA訓練に参加しました。PANGAEAは、月や火星などでの有人探査を想定し、地質学の基礎やフィールドワークの方法を学ぶ訓練です。ISSでは求められなかった、月面で地形を見て、観察し、サンプルを選ぶ能力が、これからの有人探査では重要になります。

 誰が月に向かうのかは、能力の優劣だけでは決まりません。ミッションごとに求められる役割、訓練のタイミング、国際調整、年齢、健康状態などが絡みます。全員に強みがあるからこそ、最後は巡り合わせの要素も大きいはずです。

『宇宙兄弟』でヒビトは、月面に降り立った瞬間に「イェーイ」と叫びました。現実の日本人宇宙飛行士は、月でどんな言葉を残すのか。その日を待ちたいと思います。

(井上 榛香)