【W杯】ドーハの悲劇から33年…選手として出場逃した地で、森保一監督が指揮した今大会4試合「今の日本代表の選手たちが世界で戦えるところを示せた」
◆サッカー北中米W杯▽決勝トーナメント1回戦 ブラジル2―1日本(29日、ヒューストン競技場)
FIFAランク18位の日本は同6位のブラジルに後半アディショナルタイムに決勝点を奪われて1―2で敗戦。16強進出を逃した。前半にMF佐野海舟の華麗な右足ミドルで先制したものの、後半にMFカゼミロのヘッドで同点に追いつかれ、1―1のまま延長戦突入と思われた同アディショナルタイムにFWマルチネリに決勝ゴールを献上した。
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逆転負けを喫したブラジル戦後、森保一監督は33年前の「ドーハの悲劇」について言及した。1993年10月28日。翌年の94年W杯へ向けたアジア最終予選で、日本はイラクに2―1の後半アディショナルタイムに追いつかれて、W杯への初切符を逃した。その当時、出場権を逃したW杯の開催地こそ、今回の米国だった。
森保監督は選手としてドーハの悲劇を経験。自身が選手として踏めなかった地に監督として立った。指揮官は「ドーハの世代の選手たちにとって特別な思いがある地。今回も現地にラモス(瑠偉)さんが来て、応援イベントをしてくださったり、私もドーハ世代のチームメートの方々と連絡をとり合っている。我々がW杯を戦えなかった地で、負けてはしまいましたが、今の日本代表の選手たちが世界で戦えるところを示せた。選手たちを日本人選手の誇りを感じてほしいとは思っていた」と感慨深げに語った。
ただ、大会中は感傷に浸る余裕はなかったようだ。度重なる練習場の変更、主将の遠藤航の離脱、久保建英の負傷など、常に目まぐるしく時が過ぎたことで「自分の現役時代が頭の中に出てくることは全くなかった」と振り返る。考えたことは、あくまでも監督としてどう日本を勝利へ導くか。「監督として日本代表の最大限の力をどうやって引き出すことができるかということ。今回は1勝2分け1敗となったが、一戦一戦、勝利を目指して戦うということを考えていた中で、あまり自分のことを考える余裕はなかった」と話した。

