「ジョブスが生きていたらイーロン・マスクを嫌悪していただろう」二人の決定的な違いとは
「デジタル革命の最も有名な記録者」によって、テック業界の巨人たちの素顔がすべて明かされる。
「その他大勢のマスク」だった頃からイーロン・マスクとつきあい、1990年にGoogleのセルゲイ・ブリンとラリー・ペイジをとことん取材し、犬猿の仲のジョブズとゲイツの奇跡の対談を成功させ、ジェフ・ベゾスを「野生のマングース」と呼び、マーク・ザッカーバーグを「クソ野郎などではない。それ以上にひどかった」と断じ、19歳のサム・アルトマンに「AIの未来」を語らせた凄腕ジャーナリストの見てきた30年とは?
しばしば偶像化される天才起業家たちが、志を忘れて邪悪に走るまでを、愛と怒りを込めて暴く「ニューヨーク・タイムズ」ベストセラー『世界を壊したビッグテックの悪党ども テック業界“ほぼ”全史の取材録』より、一部を抜粋してお届けする。
間違いは素直に認めるジョブズ
ATDカンファレンスの主役二人が立ち上がったとき、会場にいた誰もが、5年以内にジョブズがいなくなるとは思いもしなかった。彼の死は今も昨日のことのように感じられる。私は軽々しい気持ちでこんなことは言わない。彼は万人に愛される人ではなかったし、私生活でも仕事でも、欠点だらけの人だった。会社のことだろうと、自分自身のことだろうと、どんな困難でも実現できると人に思わせるところがあって、私よりも早い時期から、より密着して彼を取材していた人たちは、それを「現実歪曲空間」と呼んでいた。それでも、ジョブズといえば、常にすばらしい製品を生み出し、自社製品がもたらしかねない負の側面を予見し、デザインとテクノロジーに同価値を置き、可能性と課題の両方の視点から、未来を論理的かつ客観的に描く力を兼ね備えた人だった。彼のあとに現れたネット企業の創業者の振る舞いは、取るに足りない金目当てばかりで、ジョブズにはおよばない。それを見ていると、改めてジョブズはすごい人だったと思う。
ジョブズのとりまきジャーナリストではなかった私は、彼と意見を激しく対立させるのも頻繁だった。たとえば、2010年にサンフランシスコで開かれたあるイベントで、ジョブズに声をかけられたときがそうだ。彼はアップルのソーシャルネットワーク「Ping」を発表しおえたところで、舞台上では、「Ping」を「フェイスブックとツイッターがiTunesと合わさったようなものだ」と説明していた。その製品発表は理解に苦しむ内容で、最後にコールドプレイのクリス・マーティンが3曲歌って終わったが、そのうちの1曲は、過去を悔やむ王者を歌った「美しき生命(Viva La Vida)」だった。そのあとに、製品のデモを行うエリアで、ジョブズに「Ping」をどう思うかと尋ねられたのだが、「ひどいですね。失敗するのは目に見えているし、なにより、クリス・マーティンの声が耳障りです」と答えた。マーティンと親しかったジョブズは顔をしかめたものの、意見を交わしているうちに、「君の意見がたぶん正しいだろうね」と納得した。ソーシャルメディアに関しては、アップルは後塵を拝し、主導権を握れていなかったのも嫌だったし、それと同じくらいにフェイスブックやマイスペースが嫌いだとも認めた。
ジョブズのように、権威者でありながらすぐに間違いを受け入れる人は稀である。ちょっとした間違いであってもだ。もっとも、ジョブズの場合は、間違いを認める必要に迫られた経験があまりなかったから素直だったのかもしれない。彼が作ったもので無駄に終わったものはほとんどなく、製品選びには完璧とも言える実績を誇っていた。2003年から2011年に亡くなるまで、ウォルトと私は6回ほどジョブズをインタビューしたが、彼はアップルが開発した製品を常に熱く語っていた。しかも、製品が消費者の手に渡るはるか前からである。「Ping」は例外だった。アップル製品のほとんどは質が高く、緻密にデザインされ、機能もすばらしい。テック企業の創業者には、製品重視タイプと消費者重視タイプがいる。たとえば、ジェフ・ベゾスは消費者感覚を驚くほど重視してアマゾンを起業した。その徹底ぶりは、行き過ぎて問題視されるほどだった。ジョブズは製品を重視し、すばらしい製品づくりを企業文化としてアップルに吹き込んだ。
中には、消費者を喜ばすことにも、良い製品づくりにも関心がないように見える企業もある。魅力に欠ける製品で満足するなど最悪だが、例として浮かぶのはフェイスブックである。フェイスブックのような企業は自分たちを公益企業だとみなしがちだ。私たちはみな電気を必要とする。だから、それを美しく見せる必要がない。電力会社は街のあちこちに醜い電線を張りめぐらせ、景観を台無しにしても、何の咎めも受けない。だが、アップルの製品は違う。コンピューターチップが搭載された生活必需品なのに、信念がこもっている。私がアップル製品を愛用するのも、作る側の信念が感じられるからだ。ジョブズが熱く語ったアイデアの中でも特に重要だったのは、モビリティ(移動性)とワイヤレスだった。
「iPodの形をした携帯電話を作ってよ」
1998年に、私は次に来る技術革命はこれだとひらめいて、急にある行動に出た。そして、その経験を『ウォール・ストリート・ジャーナル』の記事にした。
「つい最近、ある晴れた週日に、私はコンピューターのLANケーブルを引き抜いた。固定電話も解約して連絡路を断ち切った。各部屋のテーブルの上に長らく置かれていた電話はどれもみな、クローゼットにしまい込んであるパン焼き機と同様、無用の長物になった。最後に、ずっとやりたくてもできなかったことに手をつけた。私をつなぎとめていたケーブルを全部外し、自らを解放した。文字通り、自分の運命を天に委ね、ワイヤレスになったのだ。完全にワイヤレス。すべてワイヤレス、いつでも、どこでもワイヤレスだ」
もちろん、言うは易く行うは難しで、モバイル機器をあれこれいじってみたものの、使っていたプログラムやサービスを利用しつづけるには有線にする必要があった。当時のアップルはワイヤレスデバイスでも乗り遅れ、1993年に売り出した個人用携帯情報端末「ニュートン」は短命に終わっていた。この頃、ジョブズは取締役会から不信任を突きつけられてアップルを去っていたが、11年後の1997年に、経営不振のアップルに舞い戻るやいなやニュートンを切り捨てた。
2001年には、iPod で大成功を収め、iPhoneの構想に取り組んだ。当時は、スタイラスペン付きタブレットの開発に取り組む企業が多く、アップルもそこからスタートした。2010年のATDカンファレンスで、ジョブズは、「キーボードをなくしてはどうか、とアイデアが浮かび、開発チームにそれが可能かどうかを訊いた」と当時の内部事情を明かしている。ジョブズの言葉を借りれば、「スタイラスが要ると言ってしまったら、そこで不合格」になる。開発チームは構想を練り直し、新たなタブレットをジョブズに見せた。それが初代 iPadで、ジョブズはすぐさまそれを採用した。インタビューでは、その瞬間を「すごいぞ、ここから電話が作れるぞと思った」と回想していた。
本当に、すごかった。ゲイツとジョブズの合同インタビューから1ヵ月もしないうちに、電話会社のAT&Tと2年契約を結ぶプランで、初代iPhoneが499ドルで発売されたのだから。ジョブズがiPhoneを発表したのは、2007年1月9日、サンフランシスコで開催されたマックワールドの基調講演でだ。「今日、我々は共に歴史をつくるのだ」と言ったが、それは大袈裟でも何でもなかった。プレゼンテーションが始まってから24分後、そのずんぐりした小型デバイスを披露し、「今日を境に、携帯電話を見る世間の目が変わる」とも言った。その言葉は正しかった。もっとも、この日まで、アップルが携帯電話を開発している事実を繰り返し否定してきたのだが。2005年のD3(訳注 第3回のATDカンファレンス)でもそうだった。私が冗談で、「iPodの形をした携帯電話」を作ってほしいと言うと、「それは難しい」と答え、「でも、あなたは賢い人だから」とさらに食い下がると、「上から水が漏れる船なんておかしいじゃないか」と妙な言い方をして明言を避けていた。
ジョブズが否定し続けた携帯電話の開発
アップルが携帯電話の開発に取り組んでいたのは明らかだった。ジョブズはそれを訊かれても、巧妙に言い逃れつづけた。ウォルトにインタビューされたときも、携帯電話を作る計画はゼロだと言い切り、聞いていて愉快になるほど嘘が達者だった。携帯電話を作るにしても、通信会社とパートナーシップを組まなければ難しく、曲芸でもしない限り、それは実現できないとジョブズは説明し、大手電話会社をケツの穴になぞらえ、「穴に手を突っ込みたくなんかないからね」と冗談を飛ばした。そう言いながら、一年後にはケツの穴に手を突っ込み、AT&Tとの大きな取引を成功させていた。
それまでのごまかしを我々が指摘すると、ジョブズは肩をすくめるだけで、私たちも肩をすくめて終わった。重要なのは、彼が手にしていたその電話だけだった。それは完璧なまでに仕上がっていた。サムスン、マイクロソフト、ノキアなど他社でも、決定打の電話を出せたはず――マルチタッチ画面で、縮小版ではない純正のウェブブラウザーを搭載し、いろいろなアプリが使えるスマートフォンへと携帯電話を昇華させられたはずだと主張した人は多かったが、個性にあふれ、センスの良いデザインの電話をどうしても作りたいという純粋な意気込みがあったのはアップルだけだった。だからこそ、アップルはテクノロジーにおいて世界の中心的存在になれたのだ。
2010年には、アップルの時価総額がマイクロソフトを上回ると予想され、その1週間後にATDのステージに戻ってきたジョブズに意見を求めると、こんな返事が返ってきた。
「この業界に長くいる我々にとっては、現実とは思えない話だ。しかし、顧客は時価総額が高いから我々の製品を買うわけではない。我々がしようとしていること、なぜそれをやろうとしているのかを忘れてはいけない。馬を見て、こいつなら前に向かって走ってくれそうだと、それだけの理由で選ぶときもある。我々はすばらしい製品を作る努力をしている。信念を貫く勇気を持たなければだめだ。(中略)こうした選択ができるのも、[顧客が]お金を払ってくれるからだ。良いものを作れば、顧客は買う。良いものが作れなければ、買ってもらえない」
他社とはまったく違う姿勢だった。ほとんどの企業は絶えず方向転換できる能力を重視し、質ではなく、会社の上層部が決めるアイデアに繰り返し手を伸ばしてしまう。しかしジョブズは、「最高のアイデアが勝たなければならない」と何度も私に力説したように、スピード(さっと動く)と破壊(ぶっ壊す)の概念を完全に拒絶し、これだと思えるデザインとテクノロジーを時間をかけて開発すべきだと信じ、それがアップルの不屈の精神になっていた。
ジョブズはプライバシーの問題に真剣に向き合っていた
アップルの元最高デザイン責任者ジョニー・アイブは、2022年に開かれた私が主催する最後のコード・カンファレンスで、ジョブズの仕事ぶりを振り返り、こう述べている。
「大所帯がいくつも集まって仕事をするときの大きな課題の一つは、アイデアを出し合うときに、計測可能なこと、有形なものについて話しがちになる点だ。手っ取り早いからそうなるのだが、そこが問題になる。ジョブズはアイデアが実際のビジョンとどう結びつくのかに人の意識を向けさせておくのがうまかった。創造の過程をとても大切にしていた」
1986年にジョージ・ルーカスからピクサーを買収し、メディアの最前線に立ったジョブズは、新聞、音楽、書籍にも深い関心を持ち、2005年のATDでは聴衆に向かって「ポッドキャストを知っている人は何人いるかな?」と問いかけた。そのとき、手を挙げた人はゼロだった。
「そうか。では、ポッドキャストとは一体何なのかを説明するところからはじめよう。この言葉は、iPodとブロードキャスティングをくっつけたものだ。二つ合わせて、ポッドキャスティングだ」
とはいえ、当時は、ポッドキャストを「ラジオ版『ウェインズ・ワールド』」だと説明するのが精一杯で、誰でも自分の番組を収録してネット上に配信でき、ファンはそれをパソコンを介してiPodにダウンロードするという、「非常に面白くなってきている分野だ」と述べていた。
ジョブズがテクノロジーと新メディアが与える社会への影響をじっくり考えていたのも、シリコンバレーのCEOらしからぬところだった。マスコミ操作に長けた人だったが、少なくとも理屈の上では、ジャーナリズムに強い関心を持ち、こんな発言をしていた。
「いかなる民主主義も自由で健全な報道にかかっている。それは、私の強い信念の一つだ。経済を見ればわかる。ニュースを集めるのも、論説を読むのも重要だ。ブロガーばかりがのさばる国にはしたくない」
イーロン・マスクと比較してみようではないか。マスクは技術革新に専念していれば、ジョブズのように神格化されたかもしれないが、ツイッターを買収し、2023年3月23日には、メディアがツイッター社へ問い合わせても、「うんこ」の絵文字で返すだけだと自ら投稿している(マスクについてはあとで詳しく)。こんなことはジョブズなら絶対やらない。それどころか、忌み嫌うだろう。生きていたら、現在のマスクを嫌悪していたはずだ。
おそらく最も重要なのは、ジョブズがプライバシーの問題に真剣に向き合っていた点だろう。次の引用は、2010年のATDカンファレンスでのジョブズの発言で、短く引用しようとしたが、全文を読む価値があると思ってやめた。
――シリコンバレーは一枚岩ではない。アップルは常にプライバシーに関してシリコンバレーの一部同業者とはまったく異なる考え方をしてきた。たとえば、我々は電話の位置情報に関する問題を真剣に受けとめている。アプリが位置情報を必要とする場合は、まず利用者に使用許可をとることをルールとして自らに課し、「このアプリはあなたの位置情報にアクセスしようとしていますが、許可しますか?」と訊く。データへのアクセスが必要になるたびに訊く。ユーザーにアプリの動作を理解してもらうため、確認は何度も行う。そういう我々を時代遅れだと思う人がシリコンバレーには多い。彼らの言うとおりなのかもしれないが、我々はそうした風潮を懸念している。プライバシーを守るには、ユーザーが何に対して許諾しているのかを平明な英語で繰り返し説明し、ユーザーに知ってもらわなければだめだ。プライバシーとはそういうことなのだ。私は楽観主義者だ。人間は利口だと信じているし、より多くの情報を共有したい人もいるだろう。だから、まずは訊く。個人情報を使ってアプリが何をしようとしているのかを正確にユーザーに伝えればいい。私はそう考えている。
こう考える人だからこそ、ジョブズは現代のテクノロジー時代を代表する影響力のある人になったのだと私は思う。デスクトップコンピューターから始まり、ノート型パソコン、iPod、iPhone、iPadにいたるまで、彼は単にデバイスの形を変えてきただけではない。音楽や映画、コミュニケーション、写真の世界までも変え、必然的な技術革新が起きるなか、まずは未来を描き、直感的に使いやすい製品を次々と生み出してきた。(翻訳:新田享子)

