日本が世界に誇る超超名門一家の御曹司にバラエティー初密着!

京都の烏丸六角で育った、祖先は小野妹子といわれる名門一家のご子息。
小野妹子は、「遣隋使」として中国との外交を担ったお役人ですが、小野妹子がはじめた「ある事」が専宗さん一族の家業。そのお仕事で、あの豊臣秀吉をもてなしたり、専宗さんのおじい様のもとには、上皇后・美智子さまが御運びになるほど由緒ある御一家!さらに、専宗さんが関わる一族の教室は、全国になんと約2000か所あり、日本の伝統文化で自然の美しさを表現します。
・・・というわけで、ご一家の名字は「池坊」
日本の伝統文化・華道を代々受け継ぐ池坊専宗さんに密着!
山や滝など、大自然の風景を花で表現する華道の発祥で、古くは、豊臣秀吉や千利休が愛し、代々、宮中花会の開催を許された唯一の家元。その功績から、おじいさまは華道家として、初の旭日中綬章を受章したまさに名門!美しく咲き、枯れていくことから、「命の尊さ・儚さ」の象徴として僧侶がお供えしていた「花」。室町時代日本の伝統文化が生み出される中で、京都の人々を驚かす花を生けたのが12世池坊専慶。その後、戦国の世を経て安土桃山時代から江戸時代初期にかけて千利休が確立した「茶の湯」などと時を同じくして、初代専好と二代専好がさらに華道を発展させました。ちなみに、ルーツがお寺なので、代々の家元は全員住職。
そのため、専宗さんのお母様が女性初の家元となるため僧侶となる儀式は大きな話題となりました。
実は専宗さん、家元のおじい様や次期家元のお母様から、一度も華道をすすめられたことはありませんでした。
専宗さんの自主性を尊重するスタイルが専宗さんの華道家としての新しい価値観を生んだといいます。
「豪快でカラフルなだけが、生け花ではない。」
これまでの伝統にとらわれなかった専宗さん、さらに、若い世代へ華道を広めるため、写真家としての活動やSNSでの発信を続けている。
