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 サッカー元日本代表柿谷曜一朗氏(36)が22日深夜放送のテレビ朝日「しくじり先生 俺みたいになるな!!」(金曜深夜0・45)にゲスト出演。徳島で運命を変えた人物を明かした。

 少年時代からサッカーの天才児だった柿谷氏。無双していたサッカー少年は、高校1年生の時にセレッソ大阪史上最年少でプロ契約を勝ち取った。同期には1つ年上の香川真司も一緒に入団。自身は出場機会が減る一方で、同期の香川はリーグ得点王を獲得し、「平成生まれ初の日本代表」に選出されるなど大活躍していた。

 そして“香川への嫉妬心”などでやさぐれた柿谷氏は、練習日に寝坊や遅刻を連発するなど素行不良に走っていた。サッカーで誰からも信頼されず、居心地の悪さから“闇落ち”していた。

 そんな中でターニングポイントが訪れた。09年6月に香川、乾貴士が欠場したためスタメン出場する試合があった。その試合でプロ初の2ゴールを決めてチームの勝利に貢献。しかし翌日のミーティング遅刻して、チームスタッフから「お前はもうチームにいるべきではない。出ていってくれ」という離脱通告を告げられた。当時J2で3年連続最下位だった徳島ヴォルティスへの移籍を余儀なくされた。

 徳島で運命の人物と出会う。当時の美濃部直彦監督は腐っていた柿谷氏に対して「香川のゴール見たか?ドイツでゴール決めたぞ!お前とはえらい差だな。悔しかったらゴール決めてみろよ」と刺激を与えた。「練習中にミスをすると、美濃部監督は『天才はそんなもんか?ほんまもんの天才はドイツにおるけどな』と言われたくないことをズバズバ言ってきました。本当にムカつきました。でもおそらく鼻が伸びきった状態だったので、その鼻をへし折ってやろうと思っていたんだと思います」と回想した。

 そして当時徳島のキャプテンだった倉貫一毅からも「お前みたいな“上手いだけ”で潰れていった選手を何人も見てきた。これからどうなるかはお前次第だよ」と助言を与えた。倉貫はキャプテンシーの塊で、選手たちへの気配りも忘れないプロとしてお手本にするべき選手だったという。「“本当のプロ”はピッチの外でも仕事をしている。“プロ”というのはこういう人のことをいうんだ」と感銘を受けた。

 倉貫を見習って練習も遅刻せずに参加。練習の1時間前に自主トレーニングをするようになった。練習後も居残り練習するようになり変化していった。「あの曜一朗がなんで?という驚きの顔が見たかった」と振り返った。

 そして途中からチームメートとなったセレッソ大阪時代の先輩でもある濱田武が遅刻癖も直してくれたと明かした。「面倒見も良くて毎朝起こしてくれた。二度寝して遅刻すると、濱田さんが監督に怒られていたところを見ると申し訳なくなった」と濱田に感謝した。

 さらにプレースタイルも変化した。ディフェンスにも全力参加し、アシストも増えてチームのために90分間走り続けるようになった。「今までディフェンスをせずにスポットが当たるところは任せてくださいだった。でもチームのために勝とうという気持ちになっていた」と振り返った。