【先行公開】脳以上に腸の力に翻弄されてきた人類の歴史『腸の文化史』

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「腸活」という発想もすっかり定着した現在ですが、数世紀以上前から消化器官の不調は人間の自我や世界観を作り出し、その作用は人類の文化形成にも関係してきました。その独特な腸の働きを歴史から読み解く一冊です。5月27日刊行『腸の文化史』から、「第2章 腸に棲む悪魔」(著=エルサ・リチャードソン、訳=実川元子)を掲載いたします。

第2章 腸に棲む悪魔

 18世紀ころからヨーロッパでは「青い悪魔」はうつやノイローゼを表現した。1819年にロマン派の詩人ジョン・キーツ(1795−1821)は、自分は「青い悪魔」と闘っていたと打ち明けている。高名な外科医でウィリアム4世の主治医もつとめたジェームズ・ジョンソン(1777−1845)は著書『胃弱について』(1827)で青い悪魔は腸にある「毒のある分泌物」によって招かれる、と書いている。「腸には無数の神経が張り巡らされており、心の状態に同調するので、失望や不安を覚えると毒素が分泌される」と言った。消化不良が気分の落ち込みと関連して起きることは、人気風刺画家だったジョージ・クルックシャンク(1792−1878)が描いた絵が語っている。暴飲暴食で身体を壊した人のところに青い悪魔が拷問道具を持ってやってくる一方で、ミニチュアの召使たちがなおもぜいたくな食事を運んでくるさまが描かれた絵だ。

「憂鬱な気分」のもともとの原因が胃腸の不調だとしても、消化システムと心の状態が関係しているとは考えられなかった。無理もない。崇高な精神を胃腸という下等な臓器と結びつけるなどありえなかった。

 今日私たちは腸と脳の関係を受け入れている。発酵食品が腸内バクテリアを活性化し、それが精神を安定させることが研究によって確かめられ、発酵食品ブームが起きた。腸から視床下部へとつなぐのは迷走神経だと見出した科学者もいるし、ドーパミンやセロトニンを生成する腸内マイクロバイオームの役割を調べる神経内分泌学の研究者もいる。神経消化器学の専門家は腸脳相関にはマイナス面もあるとし、うつや不安が過敏性腸症候群の症状を悪化させると指摘している。それでも腸と脳の関係は、たとえマイナス面があるとしても、互いをいたわることで身体をよりよい方向に変えていけることがあきらかになりつつある。

 だが歴史を振り返ると、腸と脳の関係はもっと複雑だ。プラトン(BC427−347)やアイスキュロス(BC525−456)のような古代の哲学者たちは、腸は怒り、嫉妬や欲望といった劣等感情を生むところで、より高尚な器官である脳や心臓が腸を監視していると見ていた。ヴェネチア軍の軍医総長だったアレッサンドロ・ベネデッティ(1450−1512)は、腸は「理性の宿る場所から遠く隔たっており」、理性的な精神をまどわさないように「隔膜に覆われている」と言った。15世紀の多くの解剖学者と共通して、ベネデッティは消化器官を身体の老廃物だけでなく、精神の不純物や暴力的な感情が溜まるところだと見なしていた。19世紀に入っても、胃腸は短気や不機嫌を生むところだと見られていた。ヴィクトリア朝期の高名な医師によれば、胃腸は「意思に反して人を堕落させ不快にさせようと執念深く狙っている器官」だった。

 当時、腸と心の関係を人々は決めかねていた。決断するときは脳よりも腸に聞けばいいのか? それとも腸は信用できない器官なのか? 腸には「青い悪魔」が棲みついている? 歴史をたどっていくと、腸をはじめとする消化器官を、人々がときにきわめて有害な魔物が棲みつく、と見ていたことがうかがえる。

 今、本屋には腸活に関する本が数多く並んでいる。ベストセラーになったイヴ・カリニック著『幸せな腸、幸せな心』(2020)、ナオミ・デヴリン著『幸せな腸のための食物』(2017)などでは、消化を助け、マイクロバイオームを再生して善玉菌を増やすレシピが紹介されている。このジャンルのダイエット本は、正しい食物を取ることが精神的幸福に直結するという大胆な主張を繰り広げている。新種の自己啓発のリーダーたちは、全粒粉、ナッツとオーガニックの野菜を組み合わせて取れば精神的に健康になると唱える。なぜなら栄養価の高い食べものは腸内バクテリアを育成し、複雑な神経、ホルモンと組織をまたいで信号を伝えることで気分を向上させるからだ。

 確かにその通りなのだが、幸福の追求以上に食べるものと感情はもっと深く結びついている。食物はポジティヴ/ネガティヴ両方のあらゆる感情を引き起こす。子どものころに食べたものを味わえば温かい郷愁に浸るだろうし、高価なサンドイッチの味が期待外れだったらいらだつ。それに栄養学的に優れた食物を食べれば必ず幸せになるわけでもない。ジャンクフードで気分があがることもあるし、腸活に最高の食事でわびしい気分になることだってある。どの時代でも、腸にいい食べものが必ずしも人を幸せ気分にしてきたわけではない。

 近代に入り消化に関する理解が進み、腸の健康と幸福が関係することがあきらかになったのは、近代人が「分析的」になったからだと科学社会学者のスティーヴン・シェイピン(1943−)はいう。スーパーマーケットで売られている食品のパッケージに栄養分析が書かれるようになってから、私たちは炭水化物、タンパク質、脂質、ミネラルやヴィタミンなどの食品の化学組成を理解するようになっただけでなく、私たちの身体も同じく化学組成なのだと認識するようになった。シェイピンは言う。「あなたの身体には化学成分が詰まっていて、生理システムによって組織されている。正しい化学物質を食べれば健康を享受できる。まちがったものを食べると、病気に苦しみ命を縮める」。この見方に沿えば、腸に正しい食べものを送り込めば健康になるということになる。

 だが歴史を振り返ると、腸を言うことを聞かない悪者だとする見方は古くからあり、腸のトラブルのせいで精神が不調になる、腸が幸せホルモンを出すなどとんでもないと長く考えられていた。今になっても、消化はインプットからアウトプットまでの巧妙なシステムだけではなく、食物の摂取と消化は私たちの感情や無意識的体験に影響を及ぼすと考えられている。

 2005年英国チーズ協会が、就寝前にチーズを食べると夢見が悪いという民間信仰の真偽を調査した。200人のボランティアに体験してもらったところ、チーズによって見る夢が違うようだという結果が出た。スティルトン(英国産ブルーチーズ)を食べると奇怪な夢を見る。レッドレスター(チェダーチーズに似た英国産チーズ)は過去の出来事を、チェダーは有名人が登場する夢を見る。噂の真偽を確かめるための調査だったが、そこでわかったのは消化が夢に影響すると根強く信じられていることだった。

 19世紀初めにフランスの内科医が、夜驚症に悩まされる患者は「上腹部に痛み」があるせいだと断じた。1940年代のウェブスター辞典の定義では、悪夢は「睡眠中に引き起こされ、一般的には消化不良か神経病が原因で非常に不快な、もしくは恐ろしい夢を見ること」とある。最近の『アメリカ消化器内科報』は、悪夢は腸の不調と関係している可能性があるとしている。消化と夢見が長年にわたって関係するとされてきたのは、古くから腸脳相関が認められてきたからでもあるのだが、一方で夢はそれだけではない独特の複雑な現象である。私たちはいつも夢を見ているが、夢を表現するのに使用する言語と、夢に与える意味は時代を経て劇的に変わった。古代にあって、夢は未来を予告し、重要なメッセージを伝えるものと考えられた。初期キリスト教の思想家たちは、夢は信仰者たちが救済の求道のために自己表出を取り除く重要な手段だと考えていた。ヴィクトリア朝期、英国では夢占いの本が大人気で、夢に登場する心惹かれるシンボルを読み解くことに人々は夢中だった。

 中世に夢は神からお告げを直接伝えるものだと考えられていたが、その主張は尋問の対象になった。夢見の専門家は、神からのお告げであれ悪魔の誘惑であれ、非現実的な夢と俗世的な夢を区別する役目を課された。そこで重要だったのが、夢を見るタイミングだ。早朝見る夢は純粋で予言的なものだと考えられた。夕飯の消化がすんで消化機能に邪魔されなければ、眠っている魂はより高い霊感を得やすいと考えられたからだ。

 消化と睡眠の関係はまた、健康について取り上げた初期の文学作品が注目していたと、歴史家のサシャ・ハンドレーはいう。トマス・エリオット(1490−1546)の『健康の城』(1539)とトマス・コーガン(1545?−1607)の『健康天国』(1584)は睡眠時間と消化に必要な時間の関係と、食べ手の消化システムの働き具合について書いている。若くて健康で食べる量が適切な人は、大食らいの老人よりも少ない睡眠時間ですむ。また妊婦は胎児の体重が増すと胃が圧迫されて消化が遅くなる。胃腸のことを考えないで食べると、中途覚醒が繰り返され、夜驚症や夢遊病の原因になる、という。

 夢が医師、生理学者や精神分析医の研究対象になってからも、胃腸が睡眠中の意識に及ぼす影響への関心が薄れることはなかった。スコットランドの医師ロバート・マクニッシュ(1802−1837)は『睡眠の哲学』(1827)で数章を割いて睡眠の決め手は消化であることを細部にわたって考察している。就寝前に重い食事を取ると睡眠が浅くなり、消化不良だとつねに悪夢を見るし、肝臓の不調は「奇妙な夢につながる」。20世紀初めに生理学的に夢を理解するにあたって、当時最新の学問として注目を集めつつあった心理学理論よりも、消化器官が及ぼす影響のほうがまだ重視されていたことがうかがえる。「心の無意識の活動に関する知識を得る王道」を示したジークムント・フロイト(1856−1939)は、精神分析では夢が重要だと考えて念入りに研究を進めた。心の奥深いところにある願望や忘れていた記憶、封印していたトラウマを掘り起こすセラピー治療の一つとして夢分析を用いたフロイトの手法は、一見腸の不調とは何の関係もないように思える。しかしフロイトが友人で協力者のウィルヘルム・フリース(1858−1928)に書き送った手紙からは、そうとも言えないエピソードがつづられている。1897年10月31日、もうすぐ2歳になる娘のアンナが寝言で「イチゴ、ブドウ、スクランブルエッグ、プリン!」と叫んだ。その日アンナは具合が悪く、乳母から1日絶食するよう命じられた。父フロイトは、その寝言はアンナが食べたいのに食べるのを禁じられたものの夢を見て、もっともシンプルに願望を充足させたからだ、と考えた。無意識への王道は、ときに胃腸をまわり道することもあるのだ。

 民俗学者のキャロライン・オーツは、チーズを食べると悪夢を見る、という人たちは、歴史的にアメリカと英国にとりわけ多く、ヨーロッパのほかの地域ではあまり聞かない、という。フランス人はカマンベールを食べても平気だし、イタリア人は深夜にタレッジョというクセの強いウォッシュタイプのチーズを普通に食べて眠っている。ということは、チーズ自体が悪夢の原因というのではなく、社会全体がある種の食べものに対して思い込みがあると見たほうがいい。

 チーズを悪夢と結びつけることは時代も影響している。20世紀の最初の10年は、チーズと悪夢をテーマにした風刺漫画や映画が大人気だった。1904年9月10日、ニューヨークを中心に発行されていたイヴニング・テレグラム紙では、『ウェルシュレアビットの夢』という漫画の連載が始まった。ウェルシュレアビットはチーズに香辛料、牛乳やビールを加えた熱々のソースをトーストなどにかけて食べるウェールズのごちそうだが、漫画ではその料理を食べすぎたせいで見るさまざまな悪夢が描かれた。生き埋めにされたり、風呂に入ろうとしたら巨大なカバがバスタブにいたり、といった悪夢の最後は「ベッドに入る前にチーズを食べるな」という悪霊の警告で締めくくられる。1909年にフロイトがニューヨークで連続講演を行ない、1913年に『夢判断』の英訳本が出版されたことが、この漫画の人気の背景にある。漫画家のウィンザー・マッケイはフロイトを徹底的に研究し、アメリカ人の深層にある不安や秘めた欲望と裏の願望を『ウェルシュレアビットの夢』に反映した。

 この漫画を下敷きにした無声映画も制作された。『グラットンの悪夢』(1906)や『バロン(ほらふき男爵)』(1911)『ヴェジタリアンの夢』(1913)などで、どれも主人公が夕飯に過食し、悪夢に悩まされるという内容だ。なぜアメリカでは消化不良と悪夢を結びつけた内容が人気になるのだろうか? 答えの一つはレアビットというチーズを使った大衆料理が人気だったことがある。英国で18世紀に流行ったレアビットは、20世紀にアメリカで広まった。観劇帰りの人々や、夜遅くまでオフィスで働いた人たちが居酒屋で酒のつまみに安くて腹持ちがいいスナックを食べた。レアビットはめまぐるしい都会生活のストレスを発散させる食べものであり、拡大する都市の享楽と危うさを象徴していた。

 チャールズ・ディケンズ(1812−1870)の小説『クリスマス・キャロル』で主人公のエベネーザ・スクルージは、幽霊が現れると「お前は消化しきれなかった牛肉の一片か、それとも芥子一粒か、チーズのかけらか、生煮えのジャガイモか」と言う。1世紀にわたって超自然現象のすべては幻影を見たか妄想だとされてきたために、スクルージも目の前の幽霊も消化不良が原因の目の錯覚だと思った。歴史家のシェーン・マッコリスティンは18世紀に起こった知的革命が幽霊に対する人々の見方を変えたのだという。「中世には幽霊は何らかの目的があり、居場所もあった」が、18世紀に啓蒙主義は幽霊を「外界に実在し、神学によって作られた世界からやってくるものではなく、個人的な体験を通して人が心のなかで作った主観的な存在にした」とマッコリスティンはいう。18世紀に台頭した政治や公的な場を宗教から分離する世俗主義は、超常体験を病気と判断した。幻影は目の錯覚であり、幽霊が見えるのは精神の不調で、不気味な悪夢は消化不全のせいだとされた。

 超常現象の体験を虚偽だとする意見は16世紀からあった。とくにレジナルド・スコット(1537−1599)による『魔術の発見』(1584)が果たした役割は大きい。イングランドのあちこちの町や村で魔女裁判が行なわれていたときに出版されたこの本は、魔力や魔術への信仰は根本的に不合理だと訴えて論争を巻き起こした。スコットは広く信じられていた悪夢が黒魔術によるものだとするのは噓だと断じた。悪夢は「胃腸に入った生野菜や生ものが濃いガスを出し、それが頭まであがってきて脳を圧迫し、ガスの量が多いほど夢見が悪くなる」からだという。恐ろしい夢や夜驚は邪悪な魂や老婦人の復讐のせいではなく、消化不良のため腸で食べものが発酵したことが原因だ。だから解決策は祈りでも罪のない女性を焼くことでもなく、食べるものに気をつけてよく嚙むことだ、というのがスコットの主張だった。しかし1603年に王位についたジェームズ1世(1566−1625)は魔女狩りの急先鋒に立っていたので、この本を焚書処分にし、超常現象を合理的に理解する流れは断ち切られた。

 神話や民間伝承で伝えられてきた超常現象は、科学で合理的に説明がつけられるようになってもまだ信じられてきた。フロイトのウィーンのアパートの居室にかけられていたヨハン・ハインリヒ・フュースリー(1741−1825)の「夢魔」という絵は、超自然的世界と現実世界の二面性を表している。絵では眠っている女性のうえに悪魔(インキュバス)が座り、白眼の馬が赤いベルベットのカーテンからのぞいている。眠っている女性とセックスする男の悪魔と恐ろしい夢を運ぶ雌馬という、古くから伝えられてきた夢の象徴を描いたこの絵は、無意識の深奥を描いたものと解釈されてきた。しかしこの絵は、民間信仰と超常現象の伝承によって形成された夢を描いたものにほかならない。

 深い眠りはあらゆる邪悪な生き物たちの陰謀の前で人を無力にする。ドイツでは雌馬は、人を魔女を乗せる馬に変えてしまうという言い伝えがある。スコットランドでは悪い妖精が夜の舞踏会で人を誘惑する。イタリアではパンダフェーケという猫に似た生き物が人を麻痺させる。

 消化不良が悪夢の原因となることには、合理的な説明がつけられる。それでも腸に超自然的な力が働いている可能性もあると考えられてきた。たとえば魔女が消化不良を起こさせて悪夢を見させ、「邪眼」が嚥下を妨害する。民俗学者のキャロライン・オーツはヨーロッパの近代初期には「悪夢と消化不良はどちらも激しい心痛を引き起こす。だから胃もたれは腐ったものを食べたことが原因かもしれないが、もしかすると邪悪な力が働いているしるしかもしれない、と解釈された」

 とくに胃腸は悪魔の干渉に素直に従う器官だとされてきた。3世紀シリアの哲学者テュロスのポルピュリオス(234−305ごろ)は、地べたに座って肉を食べると死んだ動物の肉のなかにいる悪霊が人間の身体に入り込んで体内を腐らせる、と著書『禁肉食論』で警告した。5部からなるこの著書は、友人のフィルムス・カストリシウスに菜食を勧めるために書かれており、座って肉を食べるたびに魂は危機にさらされると強調した。「悪霊は肉のなかで大きくなり、ガスや呼気のなかに棲みつき、さまざまな形で人の身体のなかに入ってくると血や肉から力を奪う」と書かれている。「いったん身体に入り込んでしまうと、飢えた悪霊たちは人の消化器官を乗っ取り、有害なガスを生じさせて腹を膨張させ、おならを出させたり胃もたれを起こしたりする。食欲に十分に気を配り、食卓で肉食の誘惑に負けないように自制することだけが悪霊を体内に入れない方法だ」

 のちにヨーロッパ中で魔女裁判が広まるようになった14世紀から、黒魔術で訴えられた人たちの食物摂取と消化が取り調べられ、起訴の理由となった。採集された薬草で呪いをかけたり、安息日に不適切な食事を出したりと、魔女は食物を魔術の道具にしていると考えられていた。歴史家のクリストファー・キッサンは、収穫不良は地元の魔女たちの陰謀とされ、食中毒は自分たちを不当に扱ったことに対する魔女の復讐と考えられていたという。キッサンによれば、ミルクが腐ることがとくに魔女のせいだとされた。「悪魔研究の書物は女性たち(たいてい女性だ)が魔術によってミルクを『盗み』、腐らせ、攪拌できない状態にしたり、動物の乳が出ないようにしたりする」と考えられていたという。いわゆる「ミルク魔術」は食物を準備できる女性の力を恐れたことが原因とされる。台所を管理し、菜園で野菜を育て、家畜の面倒を見るのはたいてい女性たちで、家庭で飲み食いされるものを管理するのは妻や娘たちだった。魔術を使ったと女性たちが告発されるのは、ほとんどが食べものに毒を入れたり腐らせたりしたことからだ。不当に扱われ、復讐心と悪意を抱いた女性たちが、男性たちの胃腸を壊すことで鬱憤を晴らしたいと考えられたせいかもしれない。

 ミルク魔術にはまた母乳も関係している。近代初期には助産婦が魔術を使ったという告発が数多くあった。助産婦が薬草や自然薬の知識を悪用したとか、子どもを異世界の生き物とすり替えたなどと訴えられた。もっとも多かった訴えは、流産や死産を助産婦が魔術を使ったせいだとしたことだ。ドミニコ会士で異端審問官のハインリヒ・クラーマー(1430−1505)は著書『魔女にふるう鉄槌』(1486)で「カトリック教会にとってもっとも有害なのは助産婦だ」と書いた。なぜなら助産婦は新生児を殺したり食べたりしないときには「空中に浮遊させて悪魔に捧げる」からだという。助産婦が告発されたり、不信感が広まったりしたのは、町や村で助産婦が大きな権力を持っていたからでもある。生殖や受胎能力、誕生についての知識を持っていた助産婦たちは生と死をつかさどる力も持っているように思われ、女性を絶対的に支配する家父長制社会で男性たちの力を脅かす存在だと見なされていた。

 1920年代に妊娠検査が導入され、超音波技術が1950年代に広まる以前は妊娠を確かめる術がなかった。胎動初感があるまで妊娠しているのかわからず、どのくらいたってから生まれてくるのかもわからなかった。妊娠は医学的にも概念としても神秘と仕立て上げられ、消化との区別をつけないで説明された。歴史家のナンシー・カシオラ(1963−)は子宮と腸が同一と考えられていたことに注目する。ラテン語のventer(腹部)が子宮と胃腸や消化管を意味したことから考えても、臓器としても機能としても子宮と消化器官は同一視されていた。

 またふくらんだ腹には悪魔がおさまっているとも考えられた。歴史家のボイド・ブローガンは「腹がふくらんだ女性、ときには男性も、しばしば妊娠しているみたいだと言われた。ふくらんだ腹は子どもが入るところに悪魔が棲みついたからだ、とされた」という。だが子宮だけでなく、ときには腸が悪魔のお気に入りの隠れ家と見なされた。16世紀にフランスで魔女狩りをしていたニコラ・レミーは、魔女や悪魔は糞便を好むから「身体の糞便を溜める場所に棲みつく」と言った。心臓や頭脳のようなより高度な機能を有する部位ではなく、汚物と腐ったものが溜まっている腸こそ邪悪な力が潜む部位にふさわしい、というわけだ。

 腸も子宮も身体の内と外の境界に位置する臓器で、自己と非自己が混じり合う部位である。赤ん坊は妊娠しているあなたであってあなたではないし、食べものは外界のあなたではないものが体内であなたのものになる。だから胃腸は邪悪な力が入り込みやすい臓器だと見なされてきた。青い悪魔であれ悪霊であれ、外部から働く力が内臓に影響を及ぼし、悪夢を見させたりうつを招いたりするという考え方は昔も今も変わらないが、以前とは影響を与える方向は逆転して考えられている。精神分析医とともに行為の隠れた動機を探り、行動パターンを見直し、過去のトラウマをよみがえらせることで、自分の身に起きたすべての問題の責任を外部の力に転嫁できる。おそらく今、私たちが腸脳相関の考え方に熱狂するのも、同じような衝動からくるものだ。感情を身体的なものと考え、セロトニンは腸内細菌が作り、迷走神経によって脳に伝えられるという説で、これまでわけがわからず突然に襲われたいらだちや悲しみの説明がつけられる。それどころか食事に気をつけ、腸に多彩な細菌を入れて腸内フローラを育てることで気分をコントロールできるかもしれない。だが歴史を振り返ると、腸が心の健康にとってもっとも信頼のおける臓器とは考えられてこなかった。むしろ腸は感情を混乱させ、自制心を揺るがし、邪悪な力に対して無防備になる内臓と見られることのほうが多かった。

 悪魔の力云々とは関係なく、腸は身体と精神を混乱させるものだと考えられていた。悪魔研究者が腹がふくらむのは魔女のせいにしていたのと同時期に、医師たちは脳の病気は胃腸の不調によるものだとした。身体の一つの部位から毒素が臓器のあちこちに散らばって症状を引き起こす過程は「同調」と表現され、腹部からあがってくる空気や蒸気が気鬱や頭痛を引き起こすと考えられた。たとえばペルシャ語で書かれた医療指南書は、悪夢は悪魔が見させるという説の誤りを正しながらも、著者のアル・アクハワイニ・ボクハリは胃からあがってくる痰の蒸気が脳に影響するからだという説を唱えた。悪魔祓いの代わりに、ボクハリは瀉血と「食事療法で瘦せる」ことを勧めた。

 そこでつぎの章では食事療法を取り上げる。胃腸の不調から起こる心の不調を悪魔や悪霊のせいにしていた時代から、食べるものに気を配ることが心身の健康につながるという考え方にどう変わっていったのかを見ていきたい。

Credit:
著=エルサ・リチャードソン、訳=実川元子