大手のオンラインマーケットプレイスからスーパーマーケット、コンビニエンスストアまで、あらゆる小売企業が参入し世界的な広がりを見せているリテールメディア市場。リテールメディア化を進める企業とそれを支えるソリューション企業の動きはすでに混戦の様相を見せており、独自のデータやネットワーク構築によって、いかに広告価値を最大化できるかが事業成長の鍵となりそうだ。

そのなかにおいて、多層的なデータ取得と活用によって、リテールメディアの新たな可能性を切り開こうとしているのが、台湾のアドネットワーク大手Ad2iction(アディクション)だ。同社は同じく台湾発のテクノロジー企業91APP(ナインワンエーピーピー)社と戦略的パートナーシップを結び、豊富なリテールデータとアドネットワークデータを掛け合わせることで、ブランドに対してより精緻な広告ターゲティングとインサイトを提供する。さらにオンサイトとオフサイト双方の体験にフォーカスすることで、従来型のリテールメディアネットワークを超える価値を生み出していくという。

Ad2ictionはいま、どのようなデータ戦略とビジョンでリテールメディア市場をリードしようとしているのか。Ad2iction共同創業者のリン・ヤン氏と、同社の親会社TNL MediageneのCTOを務めるリチャード・リー氏に話を聞いた。

最先端のフォーマットで台湾のデジタル広告業界をリード



DIGIDAY:まず、Ad2ictionが運営するアドネットワークはどのようなものか?

リン・ヤン氏(以下ヤン):Ad2ictionは、Ad2 Mobile Network(エイディーツー・モバイルネットワーク)というモバイルアドネットワークを運営していて、広告の制作から配信までを一貫して行っている。グループ*傘下の自社メディア以外にも多くのWebメディアと提携し、広告インベントリを管理している。また、台湾ではこの10年間、さまざまな広告フォーマットやクリエイティブソリューションを提供していることで知られており、それがほかのネットワークと異なる強みでもある。

*Ad2ictionは22のメディアブランドなどを持つアジア最大級の総合メディアグループ、TNL Mediageneの傘下

リチャード・リー(以下リー):毎年、新しいテクノロジーを取り入れた広告フォーマットを発表しているが、最近ではChat GPTのAI技術を活用したフォーマットをスタートし、AI分析を使って広告の効果をチェックしている。これまでにも、ポッドキャストやオーディオ広告、そしてソーシャルネットワークを活用したフォーマットも提供してきた。InstagramやFacebookの投稿を広告に変えるフォーマットも人気がある。

リテールAIを取り入れたRMNを構築



DIGIDAY:91APPと提携した経緯について教えてほしい。

リー:以前からリテールメディアネットワークのトレンドに注目していたのだが、アドネットワークの最適な戦略を考えた際、リテールデータとアドネットワークを組み合わせることができないかと考えた。そこで、昨年初頭からパートナーを探し始めたが、幸運なことに、我々は台湾最大のD2Cソリューション企業である91APPと出会うことができた。

91APPは、eコマースサイトを構築できるSaaSプラットフォームを運営している台湾初の上場D2Cソリューション企業だ。中規模から大規模までのブランドやチャネルに特化していて、そこにはファミリーマートや無印良品、スノーピークといった日本の有力ブランドのほか、リーバイスやティンバーランドなどのグローバルブランドも含まれる。

リー:彼らは会員カードサービスも提供しているため多くのリテールデータを保有している。また、加盟店である小売企業のeコマースとD2Cビジネスを支援しており、購買を促すパフォーマンス広告に注力している。一方、我々は小売企業と直接の関わりがないが、我々のクライアントであるブランドはリテーラーのデータやインテリジェンスを活用してより良いオーディエンスを見つけたいと考えている。双方のニーズが完璧に合致していたというわけだ。

そこで、我々のアドネットワークと、91APPが開発した小売業界向けに特化したAI「jooii®(ジョーイ®)」を組み合わせるという独占的パートナーシップを結び、リテールメディアネットワーク(RMN)を構築するという試みをスタートした。

オンサイトとオフサイト双方の体験を強化



DIGIDAY:アドネットワークとリテールデータを統合することでどのようなアドバンテージが生まれるのか。

リー:より多くのタッチポイントからデータを取得し、それらを統合して広告の機会を最大化することができる。これにより、広告ターゲティングの精度が高まり、ユーザーに対してより関連性の高い商品リコメンドを行うことができる。

また、我々のRMNが従来のRMNと異なる点は、多くのRMNがオンサイト(自社サイト)のeコマースでのコンバージョンに焦点を当てていることだ。たとえば、Amazonのキーワード検索広告や商品リコメンドは、おもにオンサイトの体験に焦点を当てていて、オフサイトでの購入はオンサイト体験の延長と見なされることが多い。つまり、オンサイトに顧客を呼び戻し、eコマースでの購買を創出しようとする。

しかし我々のRMNは、車の保険や配達サービスなど通常はeコマースで販売しないような商品にも対応している。リテールデータを活用することで、オンサイト、オフサイト双方の体験にフォーカスすることができる。これが、我々が従来型のRMNの要素を超えている点であり、さまざまなブランドのために既存の広告フォーマットをさらに向上させている理由でもある。

DIGIDAY:現在どのようなクライアントがいるのか。また、台湾のローカル企業とグローバルな企業の比率は?

ヤン:パナソニックや資生堂、明治、花王、サムスンといった大手にも数多く利用いただいている。食品や飲料などの日用品はもちろん、映画やクレジットカード、Google Playのようなデジタルコンテンツ配信サービス、3C(コンピュータ、通信、消費者電子機器)など業界もさまざまだ。

クライアントの多くはエージェンシー経由だが、おそらくローカル企業とグローバル企業で4対6くらいの比率だ。我々のアドネットワークはもともと、ブランディング広告にフォーカスしてきたため、グローバルブランドによる予算はかなり高い傾向にある。

潜在顧客を見つけ広告効果を最大化する



DIGIDAY:リテールデータの活用について、その考え方や方法について教えてほしい。

リー:まずリテールデータを活用する上で重要なのは、それがクライアントにどのような利益をもたらすかということだ。多くのリテールメディアネットワークはトランザクションのデータを持っていて、「誰が何かを購入したか」を知っている。だが、広告主であるブランドが求めているのは、ロイヤルティの高い顧客だけでなく、新たな潜在顧客にもアクセスできるかという点だ。我々のRMNは、ブランドに新しいアイデアを提供し、新しい顧客を見つけるためのインサイトを提供することをゴールに据えている。

ヤン:ファーストパーティデータである自社のメディアデータ、セカンドパーティデータであるリテールデータ、そして、サードパーティデータであるアドネットワークのデータを組み合わせることで、クライアントにより多くのインサイトを提供することができる。その広告がどのようにクライアントに貢献できたか、そして、今後のアクションに向けて何をするべきかといったものだ。

リー:データを組み合わせることで、ターゲットの人物像やパーソナリティを明確にし、潜在的な購入意図を精緻に予測できるようになる。たとえば緑茶のような、いわゆる「クワイエットドリンク」を楽しむような人は、スポーツのような「アクティブな行動」を好むイメージを結びつけにくい。しかし、データを組み合わせることによって、緑茶の広告をクリックした人が、ナイキやニューバランスのスポーツウェアも購入している、といったことが見えてくるかもしれない。また、ヘアドライヤーをプロモーションする際のオーディエンスを考えるとき、女性は若年層であっても気に入ったものに対してはお金をかける傾向があり、エンジニアの中でも高年収の40代男性はヘアケアに関心を持っている可能性がある、といったことを導き出すことができる。こうした潜在的なオーディエンスを提案することで、クライアントは機会損失を防ぎ、新たなアイデアや機会をもたらすことができる。こうした情報は、我々のメディアプランニングにも役立つし、実際にクライアントが求めるものでもある。

ヤン:エージェンシーからは、ユーザーの購買行動から興味のある商品、支払い条件などの情報を含め、データやそのインサイトから得た戦略をクライアントに伝えるための手助けをしてほしいと言われることが多い。たくさんのリテールデータがあるなかで有用なインサイトを見つけるのは本当に難しいが、jooii®はマーケティングのためのデータをあらゆる角度や視点から提供してくれる。

異なる角度での分析は、広告クリエイティブを制作する上でも重要だ。商品についてより多くのストーリーを伝えるため、DCO(Dynamic Creative Optimization)などの動的なクリエイティブモジュールも取り入れ、広告フォーマットの精度も高めている。

DIGIDAY:91APPとのコラボレーションによって、どのような成果をあげているのか。

リー:我々はこのプロダクトを5月にローンチしたが、ビジネス面では、これまで我々のアドネットワークでは取り組みのなかった新規クライアントを多く獲得している。

そして、わずか3カ月でリテールデータとjooii®の導入率が倍増した。5月のスタート時点でリテールデータを使用していたブランドは全体の3分の1だったが、現在ではおよそ3分の2のブランドが使用している。そして、今ではほぼすべての新規ブランドが、リテールデータやリテールインテリジェンスの提供を希望している。

サービス面では、リテールデータから得たインサイトをレポートにまとめ、次のアクションに繋がるような提案を行っているが、その結果、クライアントの満足度が全般的に上がっている。メディアの広告枠を購入するだけでなく、貴重なインサイトも得られるためであり、それがほかのアドネットワークと差別化できている要素だ。

リテールメディア市場をリードしていきたい



DIGIDAY:データを多面的に見ることによってより鮮明な消費者像を導き出し、新しいクライアントを獲得している。91APPとのコラボレーションによってビジネスチャンスが広がっている。今後の展望や戦略についても知りたい。

リー:リテールインテリジェンスを持つアドネットワークであることを強みに、この市場をリードし続けたい。クリエイティブのパーソナライズ化や、CTV広告、アウトストリーム広告を含むさまざまなメディアフォーマットへの対応を模索していく。そして、クライアントに新たな価値を届けるだけでなく、我々自身も強みや弱みを共有し、進化し続けるつもりだ。いま、リテールメディアの最前線に立つチャンスを手にしたことに喜びを感じている。


リン・ヤン(Lynn Yang)
Ad2iction 共同創業者兼COO
マーケティングとビジネス戦略に関する深い知識を持つリン氏は、デジタル広告の最前線で数々の成功を収めている。2013年にカエル・リン氏、エドワード・スー氏とともにAd2ictionを共同設立。広告制作から配信までを一貫して手がけるモバイルアドネットワークを運営する。現在、TNLMediageneの台湾CROも務める。



リチャード・リー(Richard Lee)
TNL Mediagene CTO
テクノロジーとメディアへの情熱を持つ経験豊かな起業家。TNL入社以前は、INSIDEとiCookという2つのメディア企業を設立・売却し、最高技術責任者として製品開発を指揮した。その功績が認められ、2017年にForbes 30 Under 30 Asia in Media, Marketing & Advertisingに選出され、2020年よりGoogle Developer Expertに認定。


インタビュー/遠藤祐子
文/戸田美子