その視線の先に総裁の椅子は…

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 自民党総裁選が告示され、各候補による政策論争が盛んに行われている。日本の舵取りを担う政治家は誰になるのか――。その動向を探る上でもっとも参考になるのが「世論調査」だ。しかし、今回の総裁選ではその調査の数字に異変が起きている。仔細に数字を分析すると浮き上がってくるのは自民党員の内に秘めた感情なのだ。【米重克洋/JX通信社代表取締役】

【写真】こんな姿まで!候補者たちの意外すぎる素顔

総裁選が始まる前に完成していた「3強」の構図

 今年の自民党総裁選は、従来よりも「党員票」への注目度が高い。

 自民党総裁選は、国会議員が1票ずつ投じる「議員票」と、全国100万人超の党員が投票権を持つ「党員票」が1対1の重みを持つ仕組みだ。今回は、国会議員が367人いるので、党員票も367票に換算されて、計734票で争われる。

その視線の先に総裁の椅子は…

 史上最多の9人の候補者が、それぞれ20名の議員を推薦人に揃えて立候補する仕組み上、どの候補も議員票で極端に突出した支持を得るのは難しい。それゆえ、議員票よりも差がつきそうな党員票の動向に注目が集まっているのだ。

 その党員票の動向をデータで探るためには、主に2つの方法がある。

 ひとつは、党員の支持動向を調査することだ。2018年、2021年の総裁選では、日本テレビ、読売新聞、共同通信の3社が党員調査を行い、結果を報道してきた(このうち、我々JX通信社は日本テレビの党員調査に協力している)。

 もうひとつは、一般的な世論調査で支持政党として自民党を挙げた、いわゆる「自民党支持層」の動向を見ることだ。こちらは定例の世論調査の中身を見ることで充足できるので、ほぼ全ての報道機関が「次の自民党総裁に相応しい人は誰か」といった質問をして、自民党支持層に絞り込んだ結果を報じている。

 後者の方法で行われた、8月下旬から9月上旬にかけての各社世論調査の報道を概観すると「次の自民党総裁」として挙げられる顔ぶれのトップ3は石破茂氏、小泉進次郎氏、高市早苗氏で共通している。総裁選が始まる前から「3強」の構図が既に完成していることが分かる。

総裁選への「関心度」の違い

 回答者を自民党支持層に絞って見ると、小泉氏への支持が増える一方、石破氏は大きく変わらない傾向になっていた。例えば、9月6日から8日にかけてNHKが行った世論調査では、全体で石破茂氏への支持が28%、小泉進次郎氏への支持が23%、高市早苗氏への支持が9%だったのに対して、自民党支持層に絞って見ると、石破氏への支持は29%、小泉氏への支持は27%、高市氏への支持は13%となった。小泉氏への自民党支持層の支持は全体よりも4ポイント高い。近い時期に行われた、朝日新聞(8月24・25日)、JNN(9月7・8日)、読売新聞(8月23・24・25日)などの調査でも同様の傾向があった。この時期、各社世論調査では自民党支持層において小泉氏への支持がジャンプアップする傾向が大きかったことが見てとれる。

 だが、自民党員への調査結果を見ると、やや様相が異なる。日本テレビが自民党員・党友に対して行った調査を見ると、9月3・4日、9月12日のいずれの調査でも石破氏が小泉氏を一定程度上回る支持を得ていた。

 この間、世論調査で自民党支持層に絞り込んだ結果が盛んに報道されたのは、総裁選に投票権を持つ自民党員の支持動向と、自民党支持層のそれが近いものと考えられていたからだ。だが、今回については、必ずしもその「定説」が当てはまらないようだ。

 そのズレを見極めるうえで、ヒントとなりそうなポイントのひとつが、回答者の総裁選への「関心度」の違いである。

 朝日新聞が8月24・25日に実施した世論調査によれば、総裁選に「関心がある」とした人は石破氏25%、小泉氏20%と石破氏が多かった。一方で「関心はない」とした人で見ると、小泉氏23%、石破氏14%の順に逆転している。つまり、総裁選に関心がある人の中では石破氏への支持が多く、関心がない人の中では小泉氏への支持が多かったのだ。

自民党員の実像とは

 こうしたことから、筆者は以下の2つの仮説を導き出した。

(1)世論調査で全体から「自民党支持層」のみに絞り込んだ時に小泉氏の支持が増えるのは、石破氏を支持する傾向が強い野党支持層の回答が排除される一方で、ライトな自民党支持層が小泉氏を支持する傾向が強く浮かび上がっているからだ

(2)一方で、自民党支持層の中でも、実際に総裁選の選挙権を持ち、関心の高い党員に絞ると石破氏を支持する傾向が強い。このため、小泉氏の党員支持は常に石破氏に劣後してきた

 これらの仮説を裏付けるかのような解説をしたのが、元自民党本部事務局長で、長年選挙に関わってきた久米晃氏だ。

 9月12日に、BS-TBSの「報道1930」にインタビュー出演した久米氏は、自民党員について「中高年の男性が多い」「60%が地域党員、40%が職域党員で占められる」「政治的関心は普通の国民有権者より高い、保守的な無党派層のよう」などとその特徴を述べた。ちなみに、職域党員とは主に業界団体などに由来する党員である。地域党員とは、各議員が地元で集めた支援者らが党員になったケースだ。

 本稿では党員向け調査の仔細な点に触れることはできないが、これらの指摘には頷けるところが多く、党員の実像を正確に捉えていると感じる。

 世論調査や選挙の情勢調査をつぶさに見ていると、イデオロギーの違いを問わず、男性の方が女性よりも「支持政党」や「投票先」をはっきりと決めている傾向が強い。また、年齢が上がるほど支持・投票態度が明確な人の割合が高まる。とりわけ年齢層別の政治意識の違いは、世論調査だけでなく、実際の各級選挙での年齢層別の投票率の違いからも明らかだ。

石破氏への根強い支持

 こうした傾向を党員に当てはめて考えると、一般の世論調査の結果で見えるほど小泉氏が党員支持を集められておらず、石破氏に根強い支持がある背景が見えてくる。

 石破氏は長年の政治キャリアの中で「与党内野党」としての認知度が高く、地方巡りの実績も多い。そのようなポジションゆえ、安倍政権下で育まれた「保守」を自認する党支持層からの反発もある。だが、日本テレビが9月3・4日に実施した党員調査では、「政治とカネ」の問題への不信感はむしろ党員「こそ」強く、自民党に「”政治とカネ”の法律厳守」や、いわゆる裏金関与議員への「非公認」といった厳格な対処を求める意見が強いことも明らかになった。こうした「怒れる自民党員」からの支持が、従来からの「転換」「刷新」の象徴である石破氏に向かっているようだ。

 かたや、小泉氏が掲げたライドシェア解禁などの「聖域なき規制改革」や「選択的夫婦別姓の導入」といった政策は、ライトな自民党支持層との親和性はあっても、中高年の男性中心で業界団体由来の加入も多い党員には受け入れにくい主張になっているのではないか。そのことを小泉氏や陣営も認識したのか、9月14日の公開討論会で、小泉氏は「政治改革」を主眼に訴えた。それ以降の演説会でも、解雇規制をめぐる問題や選択的夫婦別姓制度の導入に割く時間は減っているように見える。

 最新の9月14日・15日の朝日新聞の調査では自民支持層の支持率は石破氏で32%、小泉氏で24%だった。全体調査と比較すると小泉氏よりも石破氏の方がジャンプアップしており、小泉氏の勢いに陰りが見えていることが分かる。

 そんな小泉氏を党員支持で追い抜き、2位に浮上しているのが高市氏だ。

高市氏は選挙の顔になるのか

 9月3・4日に実施した日本テレビの党員調査で、高市氏を支持するとした人が挙げた「支持する理由」のトップは「政策に期待できる」(41%)だった。

 高市氏が「保守」的な政策を打ち出していることから「保守派」の政治家の象徴として支持されていることが数字にも表れている。その淵源は前回、2021年の総裁選で安倍晋三元首相の支持を受けて「保守派」を代表する総裁候補として戦い、善戦したことだろう。その意味では、高市氏の支持基盤はまさに安倍氏の「政治的遺産」かもしれない。

 しかし、高市氏のネックは果たして「選挙の顔」になり得るのか、未知数であることだ。各社世論調査では「次の自民党総裁」としての高市氏への支持は、石破氏や小泉氏に劣後することが多い。その原因は、高市氏が他候補より党派色やイデオロギーの強い人物と見なされており、野党支持層や無党派層からの支持調達があまりできていないからだ。

 新総裁・首相の選出後は、早々に衆院解散・総選挙の実施が見込まれるほか、来年夏には参院選や都議選も行われる。仮に自民党が「高市首相」のもとで選挙を戦うならば、高市氏には無党派層を惹きつけ、野党支持層を切り崩す立ち回りが求められるが、それはどこまで現実的なのだろうか。

 報道各社は自民党総裁選で議員票の動向を取材している。それらの報道を総合すれば、9月中旬の今なお、議員票のうちおよそ50〜100人近くの動向が不明だという。議員は人間関係だけでなく「選挙の顔」となるのは誰か意識して投票するとも言われるが、上位を争うトップ3の各氏にはそれぞれの“アキレス腱”が見え隠れする。

JX通信社代表 米重克洋(よねしげ・かつひろ)
1988年生まれ。大学在学中の2008年に報道ベンチャーのJX通信社を創業。世論調査の自動化技術やデータサイエンスを生かした選挙予測・分析に加え、テレビ局や新聞社、政府・自治体に対してAIを活用した事件・災害速報を配信する『FASTALERT』、600万DL超のニュース速報アプリ『NewsDigest』も手がける。著書に『シン・情報戦略 誰にも「脳」を支配されない 情報爆発時代のサバイブ術』(KADOKAWA)がある。

デイリー新潮編集部