フェンシングの本場で頂点へと登りつめた加納選手

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まさに“アスリート”という印象

 フェンシング男子エペ代表の加納虹輝選手が現地時間の7月28日、日本人選手としては初となるフェンシングの個人種目で金メダルを獲得し、競技の新たな歴史を刻んだ。【白鳥純一/ライター】

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 8月2日には前回の東京五輪で金メダルを獲得し、『エペジーーン』が流行語に選ばれた団体戦も控えており連覇に期待が懸かるが……。

「自分の目標や本人が信じるものに向けて淡々とやり続ける。まさに“アスリート”という印象でした」

フェンシングの本場で頂点へと登りつめた加納選手

 3年前に行われた東京五輪・エペ団体のチームメイトで、共に金メダルを獲得した宇山賢さんは加納選手の印象を次のように語る。

「加納選手はポーカーフェイスで、何を考えているのかが読み取れないような瞬間があるんです。それを時折、冗談ぽく本人に伝えることはありましたけど、アスリートとして見るとそれが彼の特徴であり、強さを引き出している理由なのかなと思います」。

 3年前の東京五輪は、コロナ禍の影響により当初の予定から1年間延期され、一時は開催自体が危ぶまれたこともあった。五輪やアスリートへの風当たりも少なからずある中で、黙々と練習に励む加納選手の姿を目にして、宇山さんはその“凄さ”を感じ取ったという。

加藤選手と、元フェンシング日本代表の宇山賢さん(写真提供・宇山賢さん)

「僕らはコロナ禍に直面してからも、五輪でのメダル獲得に向けて気持ちを切らさないように、目の前のできることに取り組んでいました。でも当時は、東京五輪の開催自体が不透明な状況で、その不安を感じた僕は、時に周囲に弱音を吐いてしまったこともありました。でも、一緒に練習している加納選手はそのことを全く気にかけていない様子で、淡々とやるべきことを続ける彼の姿を見た時にメンタリティの違いを思い知らされました」

“完全アウェイ”でも動じないプレー

「“不安や緊張とは無縁なのかな?”と思うこともありました」と宇山さんが語る加納選手の強靭なメンタリティは、パリ五輪でも勝利を手繰り寄せる要因となった。

 持ち味とする巧みな剣のコントロールと、矢のように前に飛び出して攻撃する「フレッシュ」を武器に、順調にトーナメントを勝ち進んだ加納選手は、決勝では開催国フランスのヤニック・ボレル選手と対戦した。フェンシング発祥の地・フランスで開催されている今回の五輪は、日本人選手にとって“完全アウェイ”と言ってもよい環境だが……。加納選手は全く動じないプレーを見せて五輪を制し、試合後の会場にはスタンディングオベーションで大拍手が送られた。

「最近はSNSを積極的に使いこなすアスリートも増えてきていますが、加納選手はそうした流行とは無縁で、あまり自分の感情を見せないところがあるんです。でも、そんな彼の個性が強みとなったことで、決勝戦での観客を黙らせるプレーに繋がったのかな、と。金メダリストとして歩む今後はさまざまな変化が訪れると思いますが、これからも自分の長所を大切にして競技に励んでほしいなと思います」

「スマブラが上手な人のプレーを一生懸命に真似してました」

 宇山さんが「どんな状況でもブレずに目標を追求できる人」と話す加納選手は、練習以外の時間でもストイックな姿を見せることがあったという。

「僕らが東京五輪に向けてトレーニングを積んでいた2019年頃に『大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL』(2018年12月発売・任天堂)が流行していて、オフの時間はみんなで一緒にプレーしていたんです。実は、加納選手はメンバーの中で一番研究熱心で、YouTubeにアップされている上手い人のプレー動画を見て、それを必死に真似しながら練習しているんです。しかも、Nintendo Switchのコントローラーに飽き足らず、上手な人が『プレーにより適している』ということで使っていた、ゲームキューブのコントローラーまで買ってきまして。“壊れてしまうのでは……?”と思うくらいにガチャガチャ弄っていた姿が印象に残っています」

 加納選手の勝負に対する執念は、ピスト内だけにとどまらないようだ。

“連覇”を目指すエペ団体にも追い風に

「どんな勝負に対しても真剣で研究熱心だ」という加納選手は、金メダルを獲得した個人戦に続き、2日には男子エペ団体で再び登場する。本番には、東京五輪に出場した加納選手、山田優選手、見延和靖選手の3名に、今回初出場の古俣聖選手を加えた4名で臨む。3年前は『エペジーーン』の一員として共に戦った宇山賢さんは「個人戦でのメダル獲得は、団体戦で対戦する他国のライバル選手にとっても大きな重圧になると思う。周囲からの視線もこれまで以上に注がれることになると思いますが、それをうまく利用しながら、自分の強みを活かして戦ってほしい」と連覇に期待を寄せる。

「団体戦では加納選手か山田選手のどちらかがエースを務め、キャプテンの見延選手がチームをまとめていくような戦いになると思いますが、個人戦からしっかりと気持ちを切り替えて頑張ってほしい」

 3年前の金メダリストは、かつてのチームメイトにエールを送った。

白鳥純一(しらとり・じゅんいち)
1983年東京都生まれ。スポーツとエンタメのジャンルを中心にインタビューやコラム記事の執筆を続けている。

デイリー新潮編集部