小学校の準備

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宿題に使わない教科書を学校に置いて帰る「置き勉」。2018年に文科省は正式に「置き勉」を認めたが、いまだに禁止している学校が多い。ジャーナリストの島沢優子氏は「生活指導の一環として禁止する学校が多い。だが、授業の増加で、荷物は一層増えている。生徒の負担を考えるべきだ」という--。
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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kazuma seki

■なぜか広まらない「置き勉」

首都圏に住む40代のEさんは、登校前の玄関で小学2年生の長男にいつもこう尋ねる。

「替えのマスク、持った?」

コロナの流行が始まる前は「忘れ物はない?」だったが、マスクの確認に変わった。3学期が始まるやいなや都内では連日感染者が2000人越え。親子とも気が休まらない。

「子どもも毎日一生懸命(学校に)通っているって感じ。教科書が増えているようで、ランドセルは相変わらずパンパンです。ストレスはあるだろうなと思います」

Eさんはそう言って息子の身を案じる。持って行く教科書が増えたのは、コロナ休校分の補完で授業数が増えているからだ。宿題に使わない教科書を学校に置いて帰る「置き勉」はできないのだろうか。

2018年9月、文部科学省は各地の教育委員会などに「児童生徒の携行品に係る配慮について」という事務連絡を出した。いわゆる「置き勉」を認める画期的なもので、大きなニュースになった。このなかでは、「日常的な教材や学習用具等について」という項目で、「宿題で使用する教材等を明示することにより、家庭学習で使用する予定のない教材等について、児童生徒の机の中などに置いて帰ることを認めている」と明記されている。

ところが文科省が正式に「置き勉」を認めているにもかかわらず、保護者からは「置き勉が認められていない」という声が聞こえてくる。この首都圏に住むEさんも「息子の学校では置き勉は禁止されている」という。なぜ学校は置き勉を禁止するのだろうか。

■「忘れ物をなくす習慣をつけさせたい」というベテラン教員の意見

関東地方の公立小学校に勤務する30代の男性教諭Aさんは「学校内でも教師の意見は二つに分かれますね」と指摘する。宿題に関わるものといえば、ドリル類と国語の教科書くらい。あとは学校に置いて帰っても全く構わないため、Aさんは児童が置き勉してもとやかく言わないそう。

写真=iStock.com/mmac72
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「かなりゆるくやっていて冬休み前もかなり置かせていったし、普段も宿題以外はけっこう置かせている」(Aさん)

だが、反対派の教師たちは「次の日の学習を用意する習慣がつく」と言って置き勉を取り締まるそうだ。

「学校という場所は、物をきちんと揃えることに美徳があり、忘れ物は悪だということがとても強い。だから忘れ物をしないトレーニングとして持って帰らせたい。それは大人になっても必要なことですので完全に悪だとは思わないんですが、じゃあそのために何キロもあるランドセルを持たせるのか? という思いがあります。でも、各校にいる古株の人が置き勉はいけないということを曲げない。若手教員たちも古株の人たちに抗ってまで置き勉推進をしようとも思わない、というのが現場の現状です」

都内の公立小学校で教鞭をとるBさんも同意見だ。

「子どもが置き勉する理由は、荷物が重くてしんどいこと以外に、置いて行けば忘れ物をしないからという理由があります。少なくとも、僕ら教師はそう思っています。したがって、忘れ物を無くすよう指導したい教師にとっては、置き勉は根本的な解決になりません。だから置き勉させたくないんでしょう」

他にも「机が重くなるから持って帰ってほしい」という教師側の希望もあるという。掃除の時に運ぶので、それで子どもがけがをした場合に教師の責任になるからだ。教科書とまぎれて、保護者宛ての手紙を持って帰らない懸念もあるという。

■荒れた学校では生徒指導の一環として禁止されている

では、中学校はどうなのか。

昨年度まで首都圏の公立中学校に勤めていた40代のCさんは「いま思えば、自分たちの経験則で判断していたと思います。慣習ではありませんが、置き勉イコール“悪(ワル)”なイメージだった」と話す。自分たちも小中学時代は「荷物は持って帰れ」と言われ続けてきた。

そのような経緯もあり、中学の教師になったら生徒にこう言い続けた。

「置き勉なんてありえないぞ。自分の商売道具なんだから大切にしろ」

中学校になると、地域性でも対応が違ってくるようだ。

「若干荒れた学校だと、髪型や服装、靴や靴下の色などの規則が厳しいわけです。そうすると、学校の空気が生徒を取り締まる雰囲気になってきます。そこに、置き勉禁止も存在するわけです。教科書を全部持ち帰らせるのは、望ましいと思われる生活習慣の徹底のひとつだと言えます」

荒れた学校から、文教地区の落ち着いたエリアにある中学校に転勤したら、厳しい校則はなく、置き勉禁止などのルールもほぼなかったという。

「今までの子どもたちとのやりとりはいったいなんだったのか?」と思ったそうだ。

■「置き勉する生徒は不良」というイメージ

西日本の公立小学校で教壇に立ち、中学生の子どもを持つDさんも、小中学校の置き勉チェックを「生徒指導の一部」としてとらえている。

写真=iStock.com/kyonntra
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「私の時代は、もちろん置き勉なんてダメでしたが、それでも置き勉をする子は、いわゆる不良と呼ばれている子たちでいた。置き勉する子どもは勉強しない子、勉強を放棄した子の象徴みたいなところがありました。そういう時代を生きていた私たちがいま教員として働いているわけです。もしかして、そういう個人の経験からくる昔の良くないイメージが影響しているのかもしれません」

勤務する小学校及び他校でも、置き勉をOKにしているが「わざわざ勧めることまではしていないのが現状」だとDさんは話す。

「学校ってただ単に、教科書を教えているところだなと感じます。教科書がいちばん立派で、正しくて、全てであるというイメージです。他にもさまざまな学びの材料はあるのに、教科書一辺倒になりがちです。そんな教育システムも、置き勉問題に影響しているように思います」

Dさんは母親の立場からも、通学荷物の重さがわが子に与える負担を懸念する。

「中学生は教科書の一冊一冊がとても分厚い。それに加えて、大きな水筒と弁当、部活動の荷物があるわけです。そうなると、リュックは、小学校低学年の子をひとり背負っているぐらいの重さになります。体への負担はかなりのものではないでしょうか。生徒指導の一環として、置き勉を禁止にするなんて時代遅れだと感じます。何を優先すべきか、現場の先生たちで話し合ってほしい」

以上、置き勉問題の背景にある主な要素をまとめると、中学校では「生徒指導」の一環、小学校では「忘れ物をしないトレーニング」という流れがみられた。ともに、学校側が児童生徒を試すような動機づけがありそうだ。

■置き勉を禁止する必要はない

話を聞いた教師たちはいずれも置き勉を許可していたが、彼らが勤務するいくつかの学校や周りの学校の多くが原則的に置き勉を禁止にしていた。そして、現場の教師からは「文科省から『置き勉』を認める通知が出ていることは知らなかった」という声が多かった。

冒頭の小学校教諭Aさんは、子どもたちに与える体への負担のみならず、心理的な負荷も訴える。

「大量の教科書が与えているのは、身体的な苦痛だと皆さんおっしゃいますが、僕は学びの重苦しさもあると思う。我慢とか、重いものって、ポジティブなメッセージになりませんよね。例えば、いきなり赤ちゃんに辞書を読ませないように、学ぶものを小出しにしていく必要があるのですが、あれだけ重さも厚さもある教科書は、学びにネガティブな印象を抱かせてしまう」

教科書、地図帳、辞書、上履き、体操服、絵の具、習字道具。子どもたちはたくさんの荷物を持って通学する。「忘れ物をしないトレーニング」として置き勉をさせたくない教員の気持ちもわかるが、わざわざすべての教科書を持ち帰らせる必要はないだろう。

教科書のデジタル化を待つのではなく、「昔から学校では当たり前のルール」をぜひ見直してほしい。

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島沢 優子(しまざわ・ゆうこ)
ジャーナリスト
筑波大学卒業後、英国留学等を経て日刊スポーツ新聞社東京本社勤務。1998年よりフリー。著書に『世界を獲るノート アスリートのインテリジェンス』(カンゼン)、『部活があぶない』(講談社現代新書)、『左手一本のシュート 夢あればこそ!脳出血、右半身麻痺からの復活』(小学館)など多数。2021年2月刊行の『教えないスキル ビジャレアルに学ぶ7つの人材育成術』(佐伯夕利子著)の企画構成を担当。「東洋経済オンラインアワード2020」MVP受賞。
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(ジャーナリスト 島沢 優子)