三井不動産の資産はこの5年で急速に膨らんでいる(記者撮影)

東京ドームの買収に向け、三井不動産がコマを1つ進めた。12月8日、同社は東京ドームに対して実施しているTOB(株式公開買い付け)について、筆頭株主であるオアシス・マネジメントが賛同する意向を示したと発表した。

オアシスはかねてから東京ドームに経営改革を求めており、三井不によるTOBに賛同するかが注目されていた。物言う株主を味方に付けたことで、一時1400円を超えた東京ドーム株は買い付け価格である1300円前後で張り付いている。敵対的買収を期待する動きはしぼんだ。

ドーム建て替えなどすでに買収後の青写真を描く三井不だが、気がかりなのは同社の財務状況だ。赤字の東京ドームを抱え込むことで、三井不の財務規律には黄信号が点灯する。

総資産8兆円、有利子負債4兆円

「2年前くらいから、ちょっと多いなと申し上げていた」。東京ドーム買収を表明するおよそ2週間前の11月9日。決算説明会の席上、三井不の菰田正信社長が言及したのは膨らみ続ける資産についてだ。2020年度末時点で、同社が保有する収益物件は1兆1896億円(開発中含む)。5年前と比較して約1.9倍に膨らんだ。「1兆円くらいに収めることが、バランスシート全体としてはよい」(同)。

三井不は財務規律として「総資産8兆円、有利子負債4兆円」を掲げる。東京ミッドタウン日比谷(東京都千代田区)など大型開発の相次ぐ竣工を受け、2020年9月末時点での総資産は7.6兆円を超え、有利子負債も約3.8兆円計上する。菰田社長の発言からは、物件売却を進めて資産膨張に歯止めをかけたいという危機感がにじむ。

同社は10月に旗艦ビルである新宿三井ビルディング(東京都新宿区)など計2170億円もの大型売却を発表したばかり。売却経緯について三井不は、TOBに向けたキャッシュの捻出ではなくあくまで資産入れ替えが目的だとする。

買収によって加わる東京ドームの資産は、放出した旗艦ビルよりも重い。詳細な資産査定はこれからだが、今年10月末時点での東京ドームの総資産は3140億円。これにのれんが加われば、三井不の総資産はいよいよ8兆円の大台に迫る。

東京ドームの買収はハイリスク・ハイリターンな投資だ。東京ドームの時価総額を東京ドームシティの敷地面積13.5万平方メートル(借地含む)で割ると、ざっと坪当たり約300万円で都心の一等地が手に入る計算だ。ドームの建て替えが実現し収益力が一層高まれば、大化けするポテンシャルを秘めている。

だが、大きなリターンには相応のリスクもつきまとう。短期的にはイベント開催や物販、ホテル稼働の落ち込みが避けられず、東京ドームは2021年1月期に180億円の純損失を見込む。来年もV字回復の望みは薄いどころか、コロナ対策としてドームの改修工事に約100億円を投じる。


軟調な本業に加えて、2020年で築32年を迎えるドームを筆頭に老朽化の進む東京ドームシティの維持費ものしかかる。同社は2020年1月期に設備投資として約67億円を支出したが、うち約58億円は東京ドームシティに充てられた。設備「投資」とは裏腹に内訳は維持管理や修繕が大半であり、収益につながる投資とは言いがたい。

他社はリスクを見通せず

この点を嫌ったのが、三井不以外に東京ドームへの出資を検討していた同業他社だ。ある不動産会社幹部は、「都心の不動産が割安に取得できるのは非常に魅力的。だが、イベントや物販が今後どこまで戻るかが見通せないうえ、東京ドームのCAPEX(資本的支出。維持、回収などの支出)も負担だ」と打ち明ける。

三井不としては早く開発に着手したいところだが、ドームの特殊性がそれを阻む。東京ドームシティ一帯は「都市計画公園」に指定されており、厳しい建築規制が課せられている。唯一そびえたつ東京ドームホテルも「特許事業」という特例措置を用いた経緯があり、高層化によって収益床を増やせても開発規制からは逃れられない。

「都市計画公園」指定の改廃には文京区や東京都との協議が必要で、建て替えには時間を要する。言い換えれば、収益性の低い不動産が長期間バランスシート上に滞留することになる。

財務規律を意識する限り、三井不は今以上に利益を伸ばすか、物件を売却して資産を軽くするかの二択を迫られる。だがホテルや商業施設の傷が癒えない中では、三井不自身の業績もV字回復は難しい。

物件売却を急ぐにしても、同社の保有物件の多くを占めると見られるオフィスビルについては、先行き懸念が頭をもたげる。前述の新宿三井ビルの売却先である日本ビルファンドは10月9日にビルの取得および公募増資を発表したが、その後投資口価格(株価)は右肩下がりが続き、今年3月の暴落時に付けた55万5000円をも割った。


1700億円で売却される新宿三井ビル(写真左、記者撮影)

新宿三井ビルに関しては、売却後もテナントの空室や賃料下落リスクは三井不が負うという「売り手と買い手のどちらかにメリットが偏らないよう、努力した跡が見受けられる」(UBS証券の竹内一史シニアアナリスト)取引だったが、オフィスビルの先行きに対する投資家の懸念が勝った形だ。

12月10日にオフィス仲介の三鬼商事が発表したオフィス空室率によれば、空室が取り沙汰されていた渋谷区だけでなく港区も節目となる5%を超えた。「渋谷区はオフィス面積が少ないため、少し空室が出ただけで数字が跳ねる」というオフィス業界のこれまでの説明は、3倍の貸室面積を有する港区には通用しない。機関投資家の中には、オフィスの稼働率や賃料水準をこれまでより厳しく見る向きもある。

「再建」へのロードマップ、どう描く

三井不の収益が伸び悩めば、株主の矛先が今度は三井不自身へと向く。同社は都心の複合開発における投資基準を「実質利回りで5%」と据えており、利回りの劣る物件を売却しては、新たな開発に資金を振り向けている。この点、東京ドームの足元でのキャッシュフローは赤字。建て替えにも時間を要し、買収にかけた資金回収ははるか先。三井不の物差しで図れば決して投資効率は良くない。

東京ドームは新しい中期経営計画を策定中で、内容には三井不も関与する意向を示している。「東京ドームなんぞ手放して、ほかの不動産を開発しろ」と主張する物言う株主を二度と出現させないためには、東京ドームの経営とドーム立て替えという2つの「再建」へのロードマップをどう描くかがカギを握る。