■「18カ月後に需要が戻る」という前提

物凄い勢いでキャンセルが出始めたのは2020年3月の末。小池百合子都知事が「感染爆発の重大局面」と言って、国に緊急事態宣言を出してほしいと話したあたりからでした。事態は想像していた以上に深刻で、20年4〜5月の売り上げは前年比8〜9割減。ここまで急激に減ったのは記憶にないくらいです。

ただ、20年4〜5月の予約減少は想定していました。キャンセル急増を受けて、私たちは緊急事態宣言前に18カ月計画を立てました。緊急事態宣言下で需要が大きく減るのは仕方がありません。解除後はそれなりに需要が戻り、さらに感染の第2波、第3波で減ったり戻ったりを繰り返しながら、ワクチンと治療薬が期待できる18カ月後には元に近づいていくでしょう(図参照)。

この前提に立つと、最初の2カ月に役割ができます。それは感染を止めること。それがうまくいくほど、後の16カ月で需要が戻ってくる可能性が高まるので、観光業界で最高水準の新型コロナ対策をやろうと話しました。いま何をすべきかわかったので、社員も無意味な心配はしていないと思います。

■大浴場の混雑状況がスマホでわかる

この期間に準備をしたおかげで、対策は進みました。チェックインやチェックアウトの手続きはフロントではなく客室(星のや、界)。ビュッフェはやめ、施設によっては朝食をテークアウトして自然の中で楽しむブレックファスト ピクニックという形式もスタートしました。さらに3密回避策として、IoTを活用して大浴場の混雑状況がスマホでわかるWebサービスを開発。予約システム等々の開発の棚上げをいち早く決断して、社内のエンジニアをこちらに割り当てることができたので、20年6月1日にはリリースできました。

PIXTA=写真

もちろん、これで終わりではありません。私たちは1994年から顧客満足度調査を行っていますが、20年4月からコロナ対策についての項目も追加しました。顧客からのフィードバックを踏まえて、必要なところにさらに手を打っていくつもりです。

マーケティングも従来から変えていく必要があるでしょう。今回のコロナで、インバウンドはゼロになりました。ただ、日本の観光市場約28兆円のうち、インバウンドは約4.8兆円しかありません。これが止まる一方で、日本人の海外旅行約3兆円分が国内に戻ってくる見込みなので、そうなれば実質的には差し引き約2兆円を失うだけにとどまる可能性があります。

重要なのは、圧倒的多数を占める日本人による国内旅行です。ここが止まったままだと観光産業は壊滅する。国内旅行の需要をいかに戻すかが、生き残りの鍵になります。

では、国内旅行はどこから戻り始めるのか。それはマイクロツーリズム、つまり地元観光からです。3密回避は宿の中だけでなく移動中にも求められます。となると、移動手段は飛行機や新幹線より自家用車が好まれて、自家用車1〜2時間圏内が選ばれる。

じつは60〜70年代の国内旅行は、大半がマイクロツーリズム。当時は新幹線や高速道路が充実していなかったし、温泉旅館で贅沢な食事を上げ膳据え膳で食べたいという人が多かった。交通や自炊続きの状況はいまととてもよく似ていますから、ニーズはあります。

観光業界は、18カ月までの需要を下支えするために、もう1度マイクロツーリズム市場をターゲットにしていくべきです。まずは地元向けのプランをつくってプロモーションしていくことが大事。それからタウン誌や地域FMですね。昔はよく一緒に仕事をしていましたが、私たちも顧客が首都圏、関西圏、ニューヨーク、中国と広がって少し疎遠になっていた。地方の媒体の方々とはもう1度、連携が必要です。

■コロナ前より強い観光力を発揮できる

マイクロツーリズムに力を入れることは、18カ月後にも活きてきます。日本のインバウンド対応の弱点は、観光産業の人たちだけが地域の魅力を発信していること。じつは地域の方々は案外、魅力に気づいていません。しかし、世界中から集まる観光客は、観光産業の人だけと会うわけではない。地元のみなさんが「自分たちの町の魅力はここ」と意識しないと、本当の意味で強い観光地にならないのです。その意味で、マイクロツーリズムは魅力を知ってもらういいきっかけになるでしょう。

星野リゾート代表 星野佳路氏

一方、リゾート側も、地域らしさを反映できていないところがたくさんあります。たとえば同じ地域に木工家がいるのにイタリアの家具を置いてみたり、地域のおいしい食材があるのにそれに気づいていなかったり。マイクロツーリズムを通して、これまで地域の産業をつくってきた方々とネットワークができれば、私たちも地域らしさをさらに発信できるはずです。

地域の方々、リゾート側の双方がマイクロツーリズムを通して地域の良さを知れば、コロナが終息してインバウンドが戻り始めたとき、コロナ前より強い観光力を発揮できるでしょう。マイクロツーリズムは、需要を下支えすることだけが目的ではなく、アフターコロナへの布石でもあるのです。

リサ・パートナーズとの「ホテル旅館ファンド」組成も、先を見据えてのことです。20年4〜5月、売却を検討しているホテルや旅館からいくつかご相談を受けましたが、私たちは不動産の投資や所有はしないため、解決策がなかなか見つかりませんでした。そんなときにパートナーとなり、運営会社として関わることになりました。ファンドの具体的な案件については今後決まっていく予定ですが、運営拠点が増えることは私たちにとってもプラスです。

過去の経験から言うと、コロナでなんとか生き残れたとしても、バランスシートは相当に傷んでいるでしょう。アフターコロナは、借金を返していくために、コロナ前以上に収益率を高めなくてはいけません。運営拠点が増えればスケールメリットを活かして生産性を高めることができますから、運営拠点はやはり多いほうがいい。

振り返ると、バブル崩壊後に星野リゾートは運営の力を発揮して成長しました。また、リーマンショックは投資家が減ってリートをつくるきっかけになりました。コロナもただ耐えしのぐのではなく、さらなる成長につながるように工夫をしていきたいです。

----------
星野 佳路(ほしの・よしはる)
星野リゾート代表
1960年、長野県生まれ。83年慶應義塾大学経済学部卒業、米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。91年より現職。いち早くリゾート運営サービスの提供に特化し、「星のや」「界」「リゾナーレ」等のブランドでホテル・リゾート施設を展開している。
----------

星野リゾート代表 星野 佳路 構成=村上 敬)