仕立てのよいスーツと、絶やさぬ笑顔――。ぱっと見、国際会議にでも出席する、どこかの国の外相のような佇(たたず)まい。だがこの男こそ、今年9月にWBC世界スーパーフライ級王者となり、4階級制覇を達成したニカラグアの英雄、「パウンド・フォー・パウンド」(全階級を通じて最強)と称されるローマン・ゴンサレス。来日した「ロマゴン」にファン待望の井上尚弥(大橋ジム)、そして井岡一翔(井岡ジム)との対戦の可能性について聞いた。

 ニカラグアの至宝が、用意された2本のスティックシュガーをコーヒーに流し込む。ひと口飲むと、さらに2本のシュガーを追加した。

 まずはジャブをと細々したことを尋ねると、敬虔なクリスチャンだからか、それとも「パウンド・フォー・パウンド」と称される自身の強さへの絶対的自信からか、どんな質問にも淀(よど)みなく、笑みを絶やさず答えてくれる。

 だが、多忙なスーパースターは時間がない。インタビュー開始直後、ロマゴン関係者が「あとどのくらいかかる?」と尋ねる。

 ならば、単刀直入に聞こう。ボクシングファンがロマゴンに聞きたい質問は、きっとひとつだけだ。

   ◆   ◆   ◆

―― 来年、井上尚弥選手との対戦が実現すると囁(ささや)かれていますが、期待していいですか?

ローマン・ゴンサレス(以下:ロマゴン):実現すればいいと私も思っています。私の要求するファイトマネーが支払われるのであれば、いつでも、何回でも戦います。どこででも、です。もし、『井上選手の自宅でやれ』と言うのならやりましょう(笑)。それが私の仕事ですから。

―― 9月のカルロス・クアドラス(メキシコ)戦を観戦した井上選手が試合後、あなたの控え室を訪ねています。対戦について何か話したのでは?

ロマゴン:あのときは、挨拶を交わしただけです。ただ私は、誰とでも戦いますし、もし井上選手と試合が組まれることになれば、グレートな試合になるでしょう。

―― グレートな試合、勝つのはどちらですか?

ロマゴン:コンディションがうまくいった選手が勝ちます。

―― つまり、あなたが負ける可能性もある?

ロマゴン:お互い、試合に向けてよいコンディションを作る選手だと認識しています。ですから、試合当日になってみないと、どんな試合になるかわかりません。ただし、私が負ける可能性があるとは認めません。もちろん、いいライバルだとは思います。それでも、これまでの彼の対戦相手と、私が戦ってきた対戦相手では違います。

―― 井上選手の印象は?

ロマゴン:スピードは最高。パワフルなハードパンチャーという印象です。同じく私もハードパンチャー。どちらが打たれ強いかは、今はわからない。彼に足りないものはないですが、私が時間の経過とともにボクシングを学んでいったように、彼もこれからボクシングを学んでいくのではないでしょうか。

―― では、井岡一翔選手と対戦する可能性は? ライトフライ級時代、WBAから対戦を言い渡されながら実現しなかった過去があります。

ロマゴン:彼からオファーはありませんでした。私を怖がったのではないでしょうか(笑)。

―― 井岡選手のことは、どれくらい知っていますか?

ロマゴン:試合は何回も見ています。今年の7月、私のスパーリングパートナーを務めた(キービン・)ララとの試合も見ました。しかし、井岡選手がそれほどいい選手だとは思いませんでした。

※キービン・ララ=ニカラグア出身の22歳。2016年7月20日に井岡選手とWBA世界フライ級タイトルマッチで対戦し、11RにKO負けを喫す。21戦18勝(6KO)2敗1分。

―― もし、対戦オファーがあったら?

ロマゴン:たくさん(お金を)払ってくれるなら(笑)。しかし、これまでもオファーはないですし、きっとこれからもないのではないでしょうか。

―― では、今後の目標を教えてください。5階級制覇も視野に入っていますか?

ロマゴン:今は5階級制覇は考えていません。階級を上げることなく、115ポンド(スーパーフライ級)でずっといきます。

―― これ以上、多階級制覇に興味がないのであれば、そもそもフライ級からスーパーフライ級に階級を上げた理由は、なんだったのでしょう?

ロマゴン:112ポンド(フライ級)では戦う相手が出てこなかった。だから115ポンドに上げました。ライバルを募(つの)るために。より経済的に豊かになりたいと思ったからです。

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 すべての質問に真摯に答えるロマゴン。同時に、ふた言目には「金」というフレーズが飛び出す。彼のファイトマネーの相場はおよそ30万ドル(約3350万円)。守銭奴なのか、それとも......。

―― 頻繁に「ファイトマネー」と口にしますが、その使い道は?

ロマゴン:ファイトマネーは使いません。私はトランクスに名前を載せるスポンサーからの収入で、十分に生活ができていますから。ファイトマネーは銀行に直行です。

―― 引退後の蓄えですか?

ロマゴン:子どもたちのために使います。私の子ども、あとは貧しい子ども、病院にいる子どものために。ガンを患(わずら)う女性などのサポートもしていきたいと考えています。

―― では、「パウンド・フォー・パウンド」と称されることについては、どう考えていますか?

ロマゴン:自分がナンバーワンだとは思っていません。すべてのライバルがすばらしい。もちろん、リングに上がれば否応なく勝者が決まりますが。

―― もし、あなたが「パウンド・フォー・パウンド」を選ぶなら?

ロマゴン:(ゲンナディ・)ゴロフキン、カネロ(サウル・アルバレス)。今のところ、このふたりが最強だと思います。

※ゲンナディ・ゴロフキン=カザフスタン出身の34歳。WBA世界ミドル級スーパー王者。第36代WBC世界ミドル級王者。第16代IBF世界ミドル級王者。36戦36勝(33KO)無敗。

※カネロ・サウル・アルバレス=メキシコ出身の26歳。第12代WBO世界スーパーウェルター級王者。元WBA・WBC世界スーパーウェルター級スーパー王者。第35代WBC世界ミドル級王者。50戦48勝(34KO)1敗1分。

―― 日本のボクシングファンは、圧倒的な強さで何人もの日本人ボクサーを退けたあなたに対し、愛憎入り混じる感情を抱いています。なにかメッセージを。

ロマゴン:私は日本を第二の故郷だと思っています。ボクシングはスポーツですから、試合後に選手を恨んだりしてはいけません。ただ、私を憎らしく思う気持ちもわかります。私が日本のファンに伝えたいのは、これからもプロボクシングを支えてください。若者の未来を支えていきましょう、ということです。そして、行儀よく、身体を大事に、悪の道から離れるように、ということもです。

―― 最後に、あなたのキャリアの最終目標を教えてください。

ロマゴン:神様が許してくれる場所まで到達することです。

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 インタビュー後、携帯を操作するロマゴン。待ち受け画面は、幼い子どもの写真だった。「息子ですか?」と聞けば、「はい。彼もボクサーです」と、この日一番の笑顔を見せた。

 強く、清く、優しい男、ローマン・ゴンサレス――。アマチュアで87戦全勝、プロで46戦全勝。このレコードに初めて黒星を刻むボクサーは現れるのか? それが井上尚弥の可能性は? 少なくとも後者の問いの答えは、おそらく来年のうちに出ることになりそうだ。

【profile】
ローマン・ゴンサレス
1987年6月17日生まれ、ニカラグア出身。帝拳ジム所属。2005年7月にプロデビューを果たし、2008年9月に新井田豊(横浜光ジム)を下してWBA世界ミニマム級王者となる。2010年10月にWBA世界ライトフライ級暫定王者となり、翌年1月には正規王者に認定された。2014年9月、八重樫東(大橋ジム)を破ってWBC世界フライ級王座を奪取。2016年9月にWBC世界スーパーフライ級王座を獲得し、4階級制覇を成し遂げた。愛称は「チョコラティート」。159.5cm、右ボクサーファイター。46戦46勝(38KO)0敗。

水野光博●取材・文 text by Mizuno Mitsuhiro