意外と言うべきか。それとも、やはりと言うべきか。正真正銘の格闘サラブレッド・山本アーセンが、12月31日の「RIZIN」でMMAデビューを果たす。母・美憂はレスリング世界選手権を3度、叔母の聖子は4度制し、祖父の郁榮はミュンヘン五輪(1972年)日本代表だった。さらに、叔父の徳郁(KID)は現役UFCファイター。まさに日本を代表する格闘ファミリーの一員なのだ。

 4歳からレスリングを始めたアーセンは弱冠13歳のとき、日本レスリング協会の福田富昭会長の紹介で単身ハンガリーへ。通じない言葉や孤独と闘いながら、現地で本場のグレコローマンスタイル習得に力を注いだ。努力の甲斐あって、2013年には世界カデット選手権グレコ69kg級で優勝を果たす。

 今秋から活動の拠点を日本へ移したが、その矢先のMMA挑戦だった。ハンガリーから引き上げる際、現地の国際大会でもらったトロフィーやメダルは全て処分したという。なぜか?

「トロフィーを飾って見るって、過去を振り返ることじゃないですか。おじいちゃんのためにはとっておいたほうがよかったかもしれないけど、なんかイヤだったんですよ」

 19歳の覚悟。ただ、今回RIZINからオファーを受けるまでは、自分がMMAをやるなどとは思ってもいなかった。

「UFCを見てふつうに興奮していたくらい。俺は見る派だと勝手に決めていた」

 対戦相手──クロン・グレイシーの名前を聞いても、躊躇はなかった。

「1週間くらいで返事は出しました。たぶん4日くらいで答えは決まっていたんじゃないですかね」

 クロンは、あのヒクソン・グレイシーの次男である。伯父にはUFC黎明期に活躍したホイス・グレイシーがいる。山本ファミリーのベースがレスリングなら、グレイシー一族のそれはグレイシー柔術だ。アーセンvsクロンは、山本ファミリーvsグレイシー一族という格闘大河ロマンにもつながっている。

「大会主催者がそれ狙いでこの一戦を組んだことはわかっていたけど、俺らはエンターテイナー。試合は殺し合いだけど、(プロという部分では)お客さんあってのスポーツじゃないですか。みんなが興奮してくれることが一番だと思っているので、それぞれ見たいように見てくれたらいい」

 27歳のクロンは昨年12月、満を持してMMAデビューを果たし、韓国人ファイターから腕ひしぎ十字固めで一本勝ちしたが、それ以前はグラップリング(組み技競技)に打ち込んでいた。2013年6月に青木真也から見事な一本勝ちを収め、同年10月には「寝技世界一決定戦」と言われるADCC(アブダビ・コンバット)で優勝。

 11月9日に行なわれた記者会見をクロンは欠席したが、代わりに出席した父ヒクソンは「頭で勝負する」ことを強調した。それを聞いたアーセンは「心で勝負する」と言い返した。世界最高峰の寝技の技術を持つクロンに対して、どんな勝負を挑むつもりなのか。「考えに考えた結果」と前置きしたうえで、アーセンは言葉を続けた。

「周囲とも話をしたんですけど、やっぱり今の俺の動きをそのままやったら相手は一番やりづらいんじゃないか、という結論に至ったんですよ。確かに自分なりに立てた対策もあるけど、対策を練りすぎて相手に合わせたら疲れるだけです」

 相手云々より、自分のパフォーマンスを優先するという。しかし、気になる点がある。クロンの身長は174cm。アーセンは167cmだから、7cmの身長差があるわけだが、それ以上に気をつけたいのはリーチの差。データがないので何cmの差があるかはわからないが、写真で判断する限りクロンの腕はかなり長い。それでも、アーセンは強気のコメントを連発する。

「クロンは打撃(が得意な)タイプではない。横からスパーンと瞬発力で近づいて、確実に距離さえ潰せばどうにかなるんじゃないかと思います」

── 距離は潰せる?

「ハイ、確実に潰せると思います」

── それはグレコローマンスタイルで培った差し合いを駆使して?

「いや、動きとパンチだけで」

── 組みの方は?

「(今回は)組まないと思います」

── 打撃戦を挑むつもり?

「そこは臨機応変に(微笑)。でも、どんな状況になっても大丈夫なように練習はしています。別に組まれてヤバいとか、寝技にもっていかれたらヤバいとかじゃなくて、どちらに転んでもいいように練習しています」

── スタンドとグラウンドだったら、スタンドのほうが勝負しやすそう?

「向こうは柔術の世界チャンピオンですからね。危ないかもしれないし、相手の世界(グラウンド)には付き合いたくない」

 クロンとの一戦が決まるや、アーセンはタイへ。のべ1ヵ月半にわたり、バンコク郊外にあるムエタイの名門ジムでトレーニングキャンプを張った。

「ノリさん(KID)も一緒でした。タイ人や俺らだけではなく、ほかの国から練習に来ていた人たちもいたので、全部で14名くらいいたんじゃないですか。朝と夕方に一回ずつ練習をやって午後9時にはご飯を食べて寝る。そんな生活を続けていました」

 ロードワーク、サンドバッグ、ミット打ち。そして首相撲......このジムでムエタイの技術を中心に学ぶほか、週に1度はバンコク市内のジムまで足を運び、MMAのスパーリングで自分の成長を確認していった。練習の合間にはKIDが「ちょっと足の重心が後ろにかかっているよ」などと、丁寧にアドバイスやゲキを送ってくれた。

「今ではレスリングとMMAの重心のかけ方の違いもわかってきた気がします。僕はノリさんに教わっているので、構えや重心のかけ方なんかはノリさんと全く一緒。向こうでノリさんを知っている人とスパーをしたら、お前、ノリみたいな動きをしているなと指摘されたこともありました。今回は別に家族の思いとかではなく、俺はノリさんの思いを背負って闘います。ノリさんが期待してくれていることは十分にわかっているので。ノリさんがここまで(人を)教えることに集中しているのは、初めてなんじゃないですか」

 KIDにとって、アーセンはかわいい甥っ子。子供のときから何かと目をかけてくれていたという。

「もともと僕に格闘技をやってほしかったみたいで、小学生の頃から打撃の大会に出てみたら? とふつうに言われていましたよ。そのときは出なかったけど、今回は(KIDの)夢が叶うことになった。ノリさんは『ちょっとおせ〜よ』って(笑)。それを聞いたとき、待っていてくれたんだなと思いましたね」

 大晦日の決戦当日、KIDは横浜で開催される別の大会で魔裟斗と11年ぶりに対戦する。

「家族揃って勝ちたいですね」と語るアーセン。規格外の19歳は、格闘大河ドラマの主役に躍り出ることができるか――。

『RIZIN FIGHTING WORLD GRAND-PRIX 2015 さいたま3DAYS』
12月29日(火)、31日(木)/さいたまスーパーアリーナ
29日は桜庭和志vs青木真也のほか、高坂剛vsジェームス・トンプソン、石井慧も出場するヘビー級トーナメント1回戦などが、31日にはエメリヤーエンコ・ヒョードルvsシング・心・ジャディブ、曙vsボブ・サップ、バルト(元大関・把瑠都)vsジェロム・レ・バンナ、山本アーセンvsクロン・グレイシー、ヘビー級トーナメント準決勝・決勝などが行なわれる。

布施鋼治●文 text by Fuse Koji