なぜ政治塾が流行るのか(東京大学教授 宇野重規)
質問 「政治塾がたくさんできているのはなぜでしょうか?」
たしかにこのところ、政治塾の話をよく聞きますね。橋下徹大阪市長による「維新政治塾」や、嘉田由紀子滋賀県知事による「未来政治塾」が最近話題になりました。にわかに多くの政治家が政治塾設立に乗り出していますが、これらのほとんどは新たな政治家養成をその目的に掲げています。実際、受講希望者も多いようですし、こんなに政治家志望の人がいたのかと、少し驚くほどです。
■変化する政治家の「供給ルート」
このことには構造的な背景があります。戦後政治を振り返れば、その初期には官僚から政治家へと転身する人が多数いました。自身も官僚出身であり、政界基盤の弱かった吉田茂元首相は、池田勇人や佐藤栄作をはじめ、多くの人材を官界からリクルートしました。これらの人々からなるグループは「吉田学校」と呼ばれ、そこから多くの有力政治家が育つことになります。
しかしながら、次第に社会が安定するにつれ、この政治家供給ルートは先細りになってしまいます。ネックになったのは年齢でした。官界でのキャリアを積んでから政界入りするとなると、どうしても、年齢が上になってしまいます。対して、政界では次第に当選回数がものをいうようになります。そうなるとどうしても、官僚出身者は不利になってしまったのです。
官僚につづいて目立つようになったのは、地方議員出身の政治家です。竹下登元首相や宇野宗佑元首相などの生家が造り酒屋であったように、地域の名望家に生まれた人が地方議員をへて国政へと進むパターンです。戦後初期の首相の多くが官僚出身者であったのに代わって、次第にこのようなタイプの政治家が目立つようになります。
とはいえ、この政治家供給源もやがて衰えてしまったようです。1つには、日本の社会構造の変容、とくに都市化の進展にともない、「造り酒屋」に象徴されるような地域の有力者がいなくなったことがあるでしょう。と同時に、これらの政治家が安定して当選を重ねた背景にあった仕組みが衰えたことも影響しているはずです。公共事業をはじめとする国からの利権誘導は先細りする一方です。財政難の結果、もはや「国とのパイプ」を売りにすることは難しくなりました。
■世襲政治家が増える理由
結果として、政界に目立つようになったのは、2世政治家、3世政治家です。思えば小泉純一郎元首相は3世、鳩山由紀夫元首相に至っては4世の政治家でした。「政治家の世襲」として厳しく批判された彼ら、彼女らですが、逆にいえば、他に政治家のなり手がいなくなったということです。官僚や地方議員といった政治家のリクルート先が衰えるにつれて、どうしても「政治が家業」という人の比率が高まってしまいました。
実際、ふつうのサラリーマンにとって、選挙に出るというのは高いハードルです。職を投げ打って選挙に出たとしても、落選すれば「ただの人」どころか失業者です。その上、借金は残り、家族関係がぎくしゃくすることさえあります。そうだとすれば、政党組織が丸抱えしてくれる人か、さもなければ弁護士のような独立専門職の人でないと、なかなか選挙には出られません。
