生成AIが医師を超える時代? 「DX推進」×「予防中心」で日本が目指す新たな“医療のカタチ”
医療の世界で生成AI活用が急速に進んでいます。2024年には、病気の診断精度において生成AIが人間の医師を上回る可能性が報告されました。一方で、「予防医療」については「意識の高い人」だけに普及しており、社会全体の健康意識の底上げには至っていないのが現状です。本稿では、AI医療機器企業の経営者/臨床医の両軸から活動する加藤浩晃先生が、日本の医療DXと予防医療の現状および課題について解説します。また、加藤先生と予防医療普及協会理事 堀江貴文氏の対談を通じて、2030年の実現を目標に計画されている新たな医療のあり方と、病気予防の習慣を社会的に拡大する方法も議論しました。
先生プロフィール:
加藤 浩晃(医師/東京科学大学医学部 臨床教授)
医師・日本眼科学会眼科専門医。浜松医科大学医学部卒業後、京都府立医科大学で眼科医として臨床・手術に従事し、厚生労働省に医系技官として入省。医療政策、医療機器開発、治験制度、医療AIなどの制度設計に携わる。AI医療機器の開発を行うアイリス株式会社を共同創業し、取締役副社長CSOとしてAI医療機器の実用化・保険適用に携わるなど、医療とテクノロジーの融合分野で活躍。一橋大学大学院でMBA(ファイナンス)を取得後、現在は同大学院博士課程でイノベーション・経営学を研究。一般社団法人 日本ヘルスケアイノベーション学会 理事長、デジタルハリウッド大学大学院 特任教授、東京科学大学医学部 臨床教授、東京大学 応用資本市場研究センター フェローを務め、医療AI、デジタルヘルス、遠隔医療、医療政策、医療スタートアップ支援など、医療イノベーション分野において教育・研究・事業開発に幅広く取り組んでいる。
堀江 貴文(実業家/一般社団法人予防医療普及協会 理事)
福岡県出身。実業家、著作家、投資家、タレント。東京大学在学中にライブドアの前身となるオン・ザ・エッヂを設立し、IT企業として急成長させる。プロ野球球団買収やニッポン放送への敵対的買収など、その型破りな手法で世間の注目を集めた。現在は予防医療普及協会理事を務め、医療業界にも携わるほか、ロケット開発を行うインターステラテクノロジズのファウンダー、会員制オンラインサロン「堀江貴文イノベーション大学校(HIU)」の主宰、SNS media&consulting株式会社のファウンダーなど、宇宙事業、飲食業、メディア事業など多岐にわたる分野で活動している。
生成AIは医師を超える? 診断精度のみならず共感性も劇的改善へ
編集部
医療の世界でも生成AIの活用が急速に広がっています。現在どのような段階にあるのでしょうか?
加藤先生
医療・ヘルスケアの世界は今、大きな転換点を迎えています。4年ほど前にChatGPT(GPT-4)がリリースされた当時、すでに日米両国の医師国家試験合格レベルの精度があると報告されていました。2024年4月にはGoogleがMed-Geminiを発表し、米国医師国家試験に相当するデータセットで91.1%という過去最高の正解率を記録しました。設問内の誤記や曖昧さ(7.4%)を除けば99.2%に迫る水準です。さらに実際の診療に近い試験として、New England Journal of Medicine(NEJM)のケースシリーズ(症例提示)を用いた検証では、上位10疾患への病名列挙において、検索なしで74.8%という結果が出ました。この結果は、人間医師の24.5%を大きく上回っています。
編集部
診断精度は高いのですね。患者さんへの対応面はいかがでしょうか?
加藤先生
2025年4月には、Googleが対話型診断AI「AMIE」に関する論文をNatureに発表しました。この論文では、AMIEが症状の問診や診断候補の提示にとどまらず、患者さんの納得感や共感性といった、これまでAIが苦手とされてきた「人間らしい指標」でも人間医師を上回ったという結果が示されています。さらに衝撃的だったのは、「人間医師+AI」の組み合わせに比べて「AIのみ」で診断精度が高かったというデータです。
このほか内視鏡領域でも同様の論文が出ており、一部のケースでは人間医師の介入がむしろ正解率を下げる可能性も示唆されています。
とはいえ当然、患者さんの表情やリアルタイムの反応を読み取る点では、人間医師の役割は依然として重要です。
誰でも使える医療AI「OpenEvidence」の登場が変える次世代の診療スタイル
編集部
一般の人が実際に使える医療AIはあるのでしょうか?
加藤先生
あります。2025年7月にリリースされた「OpenEvidence」というメイヨー・クリニック、NEJM、JAMA(Journal of the American Medical Association)などの知見をもとに開発された一般公開のウェブサービスです。日本語で症状を入力すると、エビデンス(科学的根拠)に基づいた疾患候補や追加で確認すべき事項を提示してくれます。引用文献も信頼性が高い医学論文などに限られています。OpenEvidenceの登場は、私にとっては昨年最大の衝撃でした。すでに海外の医師たちは診察中にOpenEvidenceを開きながら診療するスタイルに変わりつつあると聞いています。
日本が進める医療DXの“2本柱”とは? ―医療情報が「つながる」時代へ
編集部
日本の医療DX*は、今どのような段階にあるのでしょうか?
*デジタル・トランスフォーメーション:デジタル技術を活用した変革
加藤先生
2022年6月の骨太の方針で設置が決まり、同年10月に総理大臣を本部長とする医療に特化したDX推進体制「医療DX推進本部」が設置されました。このような体制を国として設けたのは初のことです。
日本の医療DXには大きく二つの柱があります。一つ目は「全国医療情報プラットフォーム」の構築です。これは、今まで病院ごとにバラバラだった診療情報を統合し、退院サマリー、検査値、薬のアレルギー情報、病名などについて、全医療機関と個人がスマートフォンで共有できる基盤を作るという計画です。将来的にはマイナポータルと連携し、自分の採血データや診察記録をいつでも確認できる「PHR(パーソナル・ヘルス・レコード:個人が自分の医療情報を管理する仕組み)」の普及を目指しています。
二つ目は電子カルテの普及率向上です。現在の開業医の電子カルテ導入率は50~60%程度にとどまっているため、国が「標準電子カルテ」を開発し普及するという計画です。2026年度中の本格稼働、および2030年に電子カルテ普及率100%の達成を目指しています。
“無人化”する医療? 「治療中心」からAIありきの「予防中心」へ
編集部
データの基盤が整うことで、医療はどう変わるのでしょうか?
加藤先生
「医療の無人化」が少しずつ進んでいくと考えています。スマートフォンに蓄積された個人の医療データをAIが解析し、「この症状であれば〇〇が疑われます。ただし直近の採血データが古いので、近くの病院で採血してもらうといいですよ」といったアドバイスをくれる――。そのような時代が到来するでしょう。弁護士業界に例えるなら、訴えられてから町の法律事務所に駆け込む(町弁)時代から、企業が顧問弁護士を常駐させる時代に変わったようなものです。医療も「病気になってから病院で受診する」形から「未病時からAIが常にモニタリングし、医師が伴走する」形へとシフトしていくでしょう。医療機関は、精密検査を受けるための場所へ変わっていくと考えています。
編集部
大きく変わりそうですね。予防医療については、どのようにお考えですか?
加藤先生
予防医療には1次/2次/3次予防があります。病気の発生そのものを防ぐ工夫が1次予防、人間ドックや検診のような「早期発見・早期治療」は2次予防にあたります。私が真の予防医療だと考えているのは1次予防で、病気にならないのが一番というシンプルな考え方に基づいています。昨今ではウェアラブルデバイスや健康アプリが普及し、食事、睡眠、運動のデータをリアルタイムで把握できるようになってきました。これらのデータをAIが解析することで、発症前に異変を検知し、個別化された予防医療を提供できる時代が近づいています。医療のあり方は、「病気を治す技術」から「人生を生き抜くための戦略」へと変わりつつあります。
予防医療が広まらないワケ―社会に意識改革をもたらすためには?
堀江氏
当協会がこれまで予防医療の普及に取り組んできた中で感じるのは、「意識の高い人へのアプローチはある程度できてきている」ということです。問題は「そもそも健康のことをあまり考えたことがない人たちにどうやって届けるか」であり、最も大事なポイントだと思っています。いかがですか?
加藤先生
おっしゃる通りです。企業を経由した職域アプローチは一定の効果が見込める一方、そこからこぼれ落ちている人たちへの対応が課題となります。
堀江氏
企業の健康診断からこぼれ落ちる層、例えば個人事業主や主婦、引退後の人などへのアプローチは非常に重要です。実際に、健康診断を長年受けていなかった人が脳梗塞を発症し、後遺症が残ったケースもありました。社会全体の医療費という観点から見ても、先述した層への働きかけは急務だと思います。そのために、私はまず幼少期からの「教育」が重要だと考えています。義務教育はほぼ全ての日本人が通る道だからです。
加藤先生
AIの進化によって暗記中心の学習時間が減るのであれば、そのぶんを予防医療の知識教育に振り向けることができますね。保健体育をより実践的に充実させる方向性には非常に共感します。
堀江氏
北九州市で予防医療の祭典「YOBO万博」を開催した際にも、女性特有の疾患について学ぶデジタル教材を学校に導入しようという動きが生まれました。教師がすべて教えなくても、動画や教材の整備により学べる環境は作れます。月経や女性医療の知識不足による社会的な損失は大きく、こうした領域に対する正しい教育も、もっと早い段階から普及させるべきだと思います。
加藤先生
子宮頸がんワクチン(HPVワクチン)の積極的勧奨再開に向けた活動でも、政治家や行政への継続的な働きかけが政策を動かすことを予防医療普及協会が示してきましたね。
堀江氏
予防医療の普及には、教育だけでなく政策的な後押しも欠かせません。また、予防医療を先行して実践しているのは歯科だと思っています。むし歯予防の考え方は社会にかなり浸透しましたし、今は歯周病予防や定期的なスケーリングが定着しています。こうした予防的な考え方は、医科にも広げられるはずです。
加藤先生
医科歯科連携はまだ十分とはいえませんが、歯科から糖尿病内科へ患者さんを紹介するような動きも少しずつ出てきています。そうした連携を広げながら、予防医療への意識が低い層にも届くゲーミフィケーション*やマーケティングと、初等教育での知識の底上げを両輪で進めていく必要がありますね。
*ゲームの設計要素や心理的アプローチを医療や教育などの非ゲーム分野に応用する手法
予防医療で運動は最重要! 継続のコツは「楽しい気持ち」「人とのつながり」
堀江氏
1次予防で最も大事なのは適度な運動だと思っています。多くの人が運動を習慣化できないのは、学校教育の中で「運動はつらいもの」という印象が刷り込まれているからではないでしょうか。
加藤先生
確かにそうですね。体育の授業は、運動が得意な子どもにとっては楽しい一方で、そうでない子どもにとっては苦手意識の原因にもなりやすいと思います。実際には、少し動くだけでも健康面で大きな意味があります。「激しい運動でなければ意味がない」という思い込みも問題です。
堀江氏
学校を卒業すると、多くの人が運動しなくなります。だからこそ、体育のあり方そのものを見直す必要があると思っています。また、習慣化のためには自分に合った運動や、楽しいと思える活動を見つけることが大切です。私はよく犬の散歩やゴルフを具体例に挙げます。どちらも運動になるだけでなく、自然に人とのつながりが生まれるきっかけになります。孤独は健康リスクにもつながりますから、“社会との接点”は非常に重要です。
加藤先生
おっしゃるとおり、運動は健康に良いだけでなく、人とのつながりが生まれることにも大きな価値を生みますね。
堀江氏
さらに高齢者においては、世代を超えた交流の場をどう作るかも重要です。高齢者同士だけの閉じたコミュニティではなく、若い世代とも自然に関われる環境を構築することが、予防医療の観点でも大きな意味を持つと思います。
加藤先生
私自身も、自分の親が私の子どもと接するようになってから元気になったと感じています。実際に、若い世代との接触が高齢世代に良い影響を与える可能性が示されている研究もあります。若い人と高齢者が自然に関われる場を、社会や政策の中でどう設計していくかが重要ですね。
堀江氏
そういう場が、まだ少ないと思います。
加藤先生
医療DXの面でも、ウェアラブルデバイスやAIを用いた健康状態の可視化は進んでいます。しかし、それだけでは不十分です。世代間交流のような社会設計とデータ活用が組み合わさってこそ、本当の「予防中心の医療」が2030年に向けて実現していくのだと感じます。
編集後記
生成AIの進化により、一人ひとりがスマートフォンで自らの医療データを管理できる時代は目前に迫っています。しかし、テクノロジーだけでは予防医療は社会に広がりません。意識の低い人へのアプローチ、義務教育での健康知識の底上げ、犬の散歩やゴルフといった「楽しい運動」による予防、そして社会的な仕組みづくりがデータ基盤と組み合わさることで、医療は「発症後の治療中心」から「発症前の予防中心」へと転換していくのかもしれません。本稿が読者の皆様にとって、予防医療について考えるきっかけとなりましたら幸いです。

