プーチンがヒステリー化するという脅威が近づいている…ウクライナのAIドローン攻撃で一気に劣勢に追い込まれたロシアの命運
人口1300万人の大都市モスクワは、モスクワ川の流れる大平原にほぼ円状に広がる。その外周約110キロを4車線以上もの「大環状道路」がぐるりと囲む。その南西を通ると、外縁に巨大な発電所(地域の給湯を兼ねる)、内縁に製油所の煙突がそびえるのが見える。カポートニャと呼ばれる地区で、付近の住民は油の臭いに閉口している。
6月17日、この製油所がウクライナのドローン攻撃を受けた。600以上のドローンによるswarm(群れ)攻撃だったと報じられている。SNSでは製油所が燃え上がり、石油タンクの大きな丸いふたが悪夢のように空中高く舞い上がる様子がアップされた。ロシアの首都、モスクワの防御体制には大穴が開いていたことになる。
ロシアは広い。これまではクレムリンに向かうドローンなどを撃墜してきたが、おそらく軍事施設等、重要な「点」の守りしかできないのだろう。ウクライナ国境から700キロもある広い国土を、レーダーでくまなく照射することはできない。人工衛星から見ればいいのかもしれないが、ロシアの人工衛星は半導体の不足などによって、十分な数は打ち上げられていない。
ウクライナのドローンはいつでもどこでも
これまでも東ウクライナのドネツク州での戦場ではドローンが多用されていた。これは短距離の偵察・攻撃用のもので、ロシア側は中国製、ウクライナ側は国産(と言っても、部品の多くはEU等から輸入)を投入した。ウクライナ領深くへの攻撃には、ロシアはミサイルを使用したのである。
ウクライナは当初、ロシア領内への攻撃を米国に止められていた。「ロシアを刺激すると停戦がやりにくくなる」からである。それはバイデンの時代からで、ウクライナは長距離砲を米欧から取得することで、戦線のロシア軍の後方を叩くだけだった。
しかし2025年には、ウクライナのドローンはロシア領内深くの空軍基地を攻撃するようになる。一部はトラックに積み込み、基地近くに乗り付けて発射するという奇手も使っている(これは25年6月1日のイルクーツク近辺のベーラヤ基地襲撃等)。
そして25年後半からは、ロシアの製油所、そして石油・石油製品の積み出し港が頻繁に攻撃されるようになった。それはサンクト・ペテルブルクの石油積み出し施設、黒海沿岸のトゥアプセの製油所と積み出し施設、モスクワから東へ1200キロ弱もの内陸のペルミにある製油所、同1700キロのチュメニ州にある製油所にまで及ぶ。こんな長距離をよく飛べるものだと思うが、ラジコン飛行機と同じでそれほど燃料を食わないので(一部はドイツ製のロータリー・エンジンも使用)ガソリン・エンジンで十分飛べるそうだ。
こうしてショイグ前国防相が言ったように、「今やロシアのどの地域も、ウクライナの攻撃を免れない」時代になった。皮肉なことに、これまでウクライナによるロシア領内攻撃を止めていたトランプが、一向に進まない停戦交渉に業を煮やしてウクライナ戦争から手を引いたので、ウクライナは今やロシア領内での作戦を恣に強化している。
6月3日、サンクト・ペテルブルクで開かれた年恒例の「世界経済フォーラム」では、飛来するドローンで空港が何度も閉鎖されたし、会場の海を隔てた対岸の石油積み出し基地からは攻撃を受けての黒煙が空を覆った。皮肉なことに会場では、地元のレニングラード州知事ドロズデンコが、「わが州はドローンの生産中心地でありまして」と宣伝をする一幕もあった。
これまで戦争に動員されることなく、戦争景気をただエンジョイしてきたモスクワやサンクト・ペテルブルク等大都市の住民は今や、戦争を身近に感ずることとなった。太平洋戦争で、米軍機の爆撃が始まって初めて、日本人が戦争を身近に感じたのとよく似ている。
トランプは支援しなくても、米議会・企業は助ける
米国政府はこれまで、大規模なウクライナ支援を続けてきた。それはウクライナの財政赤字の30〜40%を埋めるものだったし、緒戦でロシアの戦車の大半を破壊した「携帯ミサイル」ジャベリンを大量に提供したのも米国である。これを、トランプは止めたと称する。
しかし実態は、無償供与を止めただけで、財政支援のための融資は続けられる。米国下院は6月末、80億ドルの融資をウクライナに行う法案を可決している。また上院は、2027年の国防予算にウクライナへの諜報・情報面での支援継続を盛り込んでいる。これは、人工衛星によって収集したロシア側の情報をウクライナに提供することなどを意味する。
加えて、米国の民間企業が自分の宣伝、あるいは実際の利益を求めてウクライナに協力している。イーロン・マスクのSpaceXは戦争の当初から、自社の衛星通信システムのスターリンクをウクライナ軍に無料で提供している。ロシア軍もアンテナをヤミ市場で手に入れてこれを盗用するようになったが、この2月、SpaceX はロシア軍は使えないように案配してしまい、戦場のロシア軍は狼狽している。
プーチンはRassvetという衛星通信システムをロシアは開発していると豪語しているが、23日、クレムリンに呼んで対話した軍人たちには相手にされていない。こうしたシステムを展開するには200程度の衛星を打ち上げるのが必要なのに、まだ15しか打ちあがっておらず、しかもそのうち1つは不良品で、打ち上げて僅か2カ月余で墜落する始末(The Times 、6月24日)。
そしてドローンでも、戦争の当初からPerennial Autonomy社のエリック・シュミット社長がウクライナに出入りして、AIつきドローン、Hornetを提供してきた(The Times、6月24日)。これは50キロの爆薬を抱えて中距離を飛ぶもの。原価は5000ドル。たとえロシア側による電波撹乱で本部との交信を妨げられても、搭載したAIで敵の標的までたどり着く。
同社はさらに、Meropsという迎撃ドローンを開発し、ウクライナで数千発のロシアからのドローン(イラン製シャヘドのライセンス生産である)を破壊した。同社はこの成果をひっさげて、このほど米国防省から5億ドルの調達契約を得ている(The Times 、6月24日)。
世界のブランド、ウクライナのドローン
そしてウクライナのドローンは世界市場にも登場することとなる。イラン戦争が始まって、イランからミサイル・ドローン攻撃を受けたサウジ・アラビア、アラブ首長国連邦、カタールといった国々は、米国から供与されていた迎撃ミサイルを短期間に費消してしまう。補充をしようにも、米国での生産体制がそれに全く追い付かない。
そこで湾岸のサウジ・アラビア、アラブ首長国連邦は3月下旬、ゼレンスキー大統領を招致して協力協定を締結。ウクライナ製ドローンを購入し、操作・保持要員の派遣も受けることとなった。ウクライナのドローン企業は、日本での入札にも参加して、1億円強の受注を勝ち取っている(Seizo Trend他、5月9日)。
ウクライナのドローン、AIで別次元へ
ドローンはそれぞれに操縦手がつく。運べる爆薬は長距離の場合、5キロ程度がせいぜいだ。これに爆撃並みの威力を与えようと思ったら、束(swarm 群れ)にしないといけない。数百(5キロの爆薬が200集まると1トン爆弾になる)のドローンが、至近距離で猛烈なスピードで泳ぎながら絶対にぶつからない魚群のようなシステムを作るのだ。米国国防省にDARPA(国防高等研究計画局)という、通常とは外れた奇抜なアイデアによる兵器を開発する部署があるが、ここは早くからドローンのSwarm技術を確立することを目標としていた。これが今、実用に供されつつある。
2022年2月の北京では、無数のドローンが北京の夜空に現れて、自由自在に空中無人マスゲームを繰り広げたのを覚えている人も多いだろう。あれがドローンのSwarm技術で、中国もこれを開発したのだ。
ドローンをシステムにすることでは、米国のパランティア・テクノロジー社が知られている。これは2003年、アレックス・カープなどがCIA系のベンチャー・ファンドIn-Q-Telの資金で立ち上げた企業。衛星や地表での情報収集で敵の標的所在地を調べ上げ、敵のレーダー網の有効地域と組み合わせて、最適の攻撃ルートを算出し、Mavenと呼ぶシステムに統合する。今回イラン戦争では、このMavenが活躍して、イランの標的多数を瞬時に無力化した。
アレックス・カープはウクライナ戦争当初の2022年6月にはキーウを訪問してゼレンスキーと会談しており、この時からロシア側の情報を収集し始めたのだろう。2024年4月5日付のワシントン・ポストは、「パランティア社は、ロシアの撹乱電波の分布を把握したので、これをくぐって目標に至ることのできるルートを瞬時に示すことができるシステムを構築した」と報じている。つまりウクライナは、クリック1回で、ドローンの群れがロシアのどの標的にでも、最適の、安全なルートを通って飛行。標的付近で群れを形成して一つの矢のように標的につっこむ。そういうことができるようになったのだ。
ロシアはドローンで後れている。そもそも今回の戦争では中国やイランのドローンを輸入、ライセンス生産して使っている。そしてウクライナ領内を叩くには、ミサイルがあるから長距離ドローンは不要、と思っていたのだろう。問題は、ロシアにウクライナのドローンを探知して撃墜する手段が十分にはないということなのだ。
しかし、ドローンだけでものごとは決まらない
ドローンだけでは戦争は終わらない。ロシアが攻勢に出ている分野もある。東ウクライナでロシアはドネツク州全域の支配を目指して、コンスタンチノフカ(戦争前は人口6万の工業都市)への攻勢を強化している。これまで何回も繰り返された「✖✖の制圧が決定的。✖✖を征圧すればドネツク州全域制圧まで一瀉千里」という局面の繰り返しだ。✖✖の名前は毎年変わるが、結局ドネツク州全域はまだロシアの手に落ちていない。
コンスタンチノフカでは、市南部に押し寄せたロシア軍が数名の単位で北端に潜り込んで「市内のウクライナ軍を包囲した」と称しているに過ぎない。隣の建物まで時には匍匐前進でたどりつき、1日で百米しか進めない時もある(BBC、6月21日)。
他方、クリミアではウクライナ側が優勢になっている。ドローンでロシアの補給路(2ルートしかない)を叩いているから、クリミアは干上がっている。特にガソリンが不足していて、21日、一般向けのガソリン販売は停止されたし、26日には非常事態がクリミア全土に発布されている。
つまりロシア軍はクリミアを防御しきれずにいるのだが、ウクライナにこれ以上できることは少ないだろう。陸上軍を派遣して現地の権力構造を一掃しないと、クリミアを奪還したとは言えない。そしてロシア系の多いクリミアは、簡単に武力制圧できない。兵力の足りないウクライナは、クリミア制圧に大軍を差し向けることはしないだろう。
クリミアは、近い将来停戦交渉が行われる場合、ウクライナ南部・東部のロシア軍を撤退させるための交渉の具となるだけだろう。
こうしてウクライナ戦争は、ドネツク州の戦線を軸に、クリミア、ロシア本土へのドローン攻撃の三つ巴の中で進んでいる。
迫る総選挙、そしてプーチンの「砂の器」
これに、ロシアやウクライナの国内事情が変数として更に加わる。プーチンは、国内では停戦の圧力を受けている。9月には総選挙があるのだが、ドローン攻撃で浮足立った世論は、ウクライナへの復讐で燃えるより、60%強が早期停戦を求めている(5月26日、ワシントン・ポスト)。そして最大野党の共産党は、停戦を選挙の主要なスローガンとして掲げ始めた。4月22日議会で、ジュガーノフ党首は、「このまま戦争経済を続けますと、ロシアは1917年の革命のようなことをまた招いてしまうでしょう」と演説している。
これまでの何度もの難局を強情に突っ張って切り抜けてきたプーチンは、今回も強面で正面突破しようとするだろうか? 例えば新型ミサイルの「オレシニク」(超音速なので、落ちる衝撃だけで隕石のような甚大な被害を与える)でウクライナの重要施設を叩くとか、オデーサ港(今のウクライナにとって唯一の海への出口。穀物・鉄鉱石の重要な積み出し口だ)の施設を小型原爆で一網打尽にして、ウクライナの輸出能力を激減させるとか。
こわいのはプーチンがヒステリー気味にキレることで、側近もそれを心配しているという報道がある。実はプーチンは幼少時にかなりのトラウマを負っていて、周囲が自分に敵対していると思うとキレる可能性があるのである。
2023年5月31日のEconomist誌は巷間のうわさをまとめる形で、次の趣旨を報じた。
<――プーチンの母親は学生時代の一夜の恋で、プーチンを出産。ジョージア人男性と結婚してジョージアに移住。その男性がプーチンを嫌ったため、母親は彼をロシアの両親のもとに送る。しかし両親は自分たちが病弱であることを理由に、プーチンを軍の寄宿学校に入れてしまい、その後母親との音信も切れた――>
これは松本清張の「砂の器」(思い出したくない惨めな過去を持つ男が音楽家として名をはせるが、その過去をあばこうとする者が現れ、彼を殺害するというストーリー)を思わせる話しで、プーチンも実は同情に値する幼少時を送ったのかもしれない。だからと言って、大軍を他国に送って何名もの人間を死に追いやったことは許せるものではないのだが。
トランプが表向き手を引いたことで、ウクライナ戦争、あるいはロシア自身、世界の中での重みを失ってきた。好調に見えたロシア経済も、2026年第一四半期はマイナス成長に沈み、財政赤字は予測を超えるテンポで膨らんでいる。軍事費の増大で、他分野、そして地方への予算が圧迫されている。
筆者が何度も書いているように、プーチンが早期停戦を実現して大統領職を任期前に退き、国家評議会議長として黒幕支配に転ずる等の奇手を取るのが一番無難なのだろうが、9月の総選挙まではもう時間がない。おそらく、何をどうしていいか、上層部で意見がまとまらないうちに時間ばかりが無益に進んでいるという、最悪のパターンなのかもしれない。
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