「これから心置きなく熱出せる」娘の言葉が響いた西川かの子。離婚、不登校経て過ごす濃密な今「突然巣立っても、もう十分」
「じゃあ、これから心置きなく熱出せるね」。経営していたカフェを閉じたときに娘さんに言われた言葉が胸に響いたという西川かの子さん。娘の病気・不登校などを母娘の困難な時期を経てシングルマザーとして育てた娘さんは今、18歳になったそうです。母としての向き合い方、そして西川家から学んだ「お金の教育」についてお話を伺いました。
【写真】取材時も母に同行した18歳の娘さん。肩寄せ合う母娘の貴重なショット(3枚目/全5枚)
両親からの教えは「お金の使い方だった」
── 芸能一家で育った西川さんですが、ご両親からお金について、印象的な教育を受けてこられたそうですね。
西川さん:私の祖父が人にお金を貸して家族で大変な思いをしてきたので、「お金の貸し借りをしたり、誰かの保証人になってはいけないよ」と強く言われてきました。あと、「ケチったらあかん」「恥ずかしい使い方したらあかん」っていうのも両親からよく言われてましたね。
── 恥ずかしい使い方とは?
西川さん:「人様にちゃんと使いなさい」っていうことだと思うんですけど。お金をただの紙切れとして扱わないように。食事もプレゼントも、お金に気持ちをのせて、人様にちゃんと使いなさいって言われました。
あと、「借りを作ってはいけない」というのも言われました。だから、結構な大人になっても、誰かと食事に行ったとき、奢られることに慣れなかったです。
── たとえば男性と食事に行って、相手がご馳走してくれることもありそうですが。
西川さん:50代になった今は「ごちそうさまです」って素直に言えるようになりましたが、若い頃は「自分が払ったほうがいいのかな、せめて割り勘にしたほうがいいのかな」って複雑でした。
明らかに自分より年上で、「自分が払ったら失礼だな」と思う相手はいいんです。払っていただく代わりにあらかじめプレゼントを用意したりもできるので。でも、そうじゃない相手だと難しいですね。
今は自分より年下の人とご飯に行くことが増えたので、自分がご馳走することが多くなりました。同世代だったら先に相手が払ってくれたら2軒目は絶対に私が払うとか、割り勘にするとか。借りを作らないことは、今でもすごく意識してますね。
── 子どもの頃に言われた言葉は大人になっても残りますね。家庭環境でいえば、西川さんは今も子どもの頃と変わらず大家族で生活しているそうですね。
西川さん:そうなんです。子どもの頃は祖父母に両親、私たち兄弟が3人いましたが、今は両親、兄や姉の家族に私と娘の10人かな。私は結婚して家を出た時期もありますが、離婚して娘とのふたり暮らしを経て実家に戻りました。私が結婚して家を出た後に、兄夫婦がわが家で暮らすことになりましたが、兄嫁とは私が3歳からの幼馴染なんですね。兄嫁と言っても友達が親戚になったので、離婚したときも実家には非常に戻りやすかったですね。
娘は小学5、6生の頃から不登校になった
── なかなかないパターンですよね。では現在の令和版、大家族の生活はいかがですか?
西川さん:子どもの頃と全然変わらないですよ。ご飯を食べるときはその日によって人数が違うので、伸縮性のあるテーブルを用意しています。10人揃った日は賑やかで…みんな声が大きいんですよ。人の話を遮ってしゃべらないと自分の話は聞いてもらえないので、もう会話の取り合いです。
家にはお風呂は3つ、トイレは5つ、洗濯機と乾燥機は2台ずつだったかな。でも、人数は多いけど意外とケンカにはならないですね。おばあちゃんがいるときはおばあちゃんが絶対だったし、縦社会がすごいので。今は父が言うことが絶対かな。
── そんな大家族のなかでは、娘さんはおとなしいほうだそうですね。
西川さん:もともとワーッて喋るタイプではないですね。離婚して実家に戻る前に、娘とふたりで暮らした時期があって、その時に起立生調節障害を患ったんです。小学5年生でした。自律神経が乱れて朝起きられない。激しいめまいや頭痛があったりと、人によって症状はそれぞれだと思うんですけど、心身に不調をきたして学校も休みがちになりました。小学6年生の頃はほぼ学校に行ってなかったです。
中学生に差し掛かった時期にはコロナ禍に入ったので、学校全体で自宅学習が増えました。その影響か、夏頃にはいったん普通に登校できるようになったんです。ただ、そのタイミングで新しい環境に入るのはやっぱりキツくて。結局、中学はほとんど登校してないし、高校も進学はしませんでした。
今は18歳になりましたが、私の仕事についてきて、手伝えることがあったら手伝う感じですね。
娘と過ごす濃密時間「突然巣立っても、もう十分」
── そうだったんですね。
西川さん:はい。以前ふたりで過ごす時間が減ってしまった時期があるんです。離婚して娘が小学生くらいのころ、カフェの経営をしていたんですよね。芸能界の仕事がいつまで続くかわからないし、「お母さん何の仕事しているの?」と聞かれたときに職業がはっきりわかるものがいいなって思って。でも、カフェの仕事が忙しくなったら、子どもとの時間がだいぶ減ってしまって。
結局コロナ禍のタイミングでカフェは閉じました。ちょうど娘の体調が悪くなり始めた時期で。「今日からお店行かないよ」というと、「じゃあ、これから心置きなく熱出せるね」って言われたんですよね。
今まで風邪をひいても家で心細い思いをさせてしまったんだな、と思ったら申し訳なくなって。今はそのぶんじゃないですけど、かなり濃密に一緒にいますね。
── その後は今の大家族の家で暮らすことに。
西川さん:賑やかにやってます。ただもう娘は18歳。今はふたりで一緒にいますが、ある日、突然「パッ」といなくなるんだろうな、とは思っています。でも、それで十分。それまでは一緒に楽しめたらいいなと思ってます。
取材・文:松永怜 写真:西川かの子

