記事のポイント JTIは信頼性と透明性を高める国際的認証制度で、報道の信頼回復に寄与している。政治的課題やソーシャルメディアの台頭がメディアの信頼低下を助長している。JTI基準は、読者と広告主から信頼を得るための重要なツールとして活用されている。
Journalism Trust Initiative(以下、JTI)は、報道の自由と言論の自由を擁護する国際非営利機関「国境なき記者団(Reporters without Borders/以下、RSF)」が主導する、倫理的で健全なジャーナリズムの実践を評価する機関だ。メディア機関は、JTIが定める基準を満たすことで、信頼性と透明性の高さをステークホルダーに示すことができる。フェイクニュースや偏向報道、情報源や編集方針の不透明性により、メディアへの不信感が高まるなか、信頼できる情報基盤を構築することは、読者やオーディエンスを確保するだけでなく、メディア組織内部の改善や広告主・投資家からの指示を得るうえでも重要な役割を果たす。JTIのアジア太平洋代表であるミッチ・セント・ヒレア氏、台湾ABCの董事でありIFABC(The International Federation of Audit Bureaux of Certification)のアジア太平洋地域のエグゼクティブチームメンバーも務めるジェイソン・チャン氏、そしてJTI認証に参加したBusiness Insider Japan編集長の高阪のぞみ氏の3人が、メディアが直面する課題とJTIの意義について議論した。

メディアが直面する自由の制約と倫理的課題

JTIはISO規格として設計され、RSFのもと、欧州標準化委員会(CEN)などの協力を得て2018年に策定された。評価基準の策定には130人以上の国際的な専門家が携わっている。現在、JTIは100を超える国々で1700以上のメディア機関に採用されている。アジアではラジオ台湾国際放送、マレーシア・キニ、フィリピンのメディア機関をはじめとする多くのメディアがJTIに参加しており、インドネシアにおいては45のメディアが参加し、うちすでに20件が透明性報告書を公開している。日本では、Business Insider Japanが初めてJTIの透明性報告書を完了させた。参加の意図について、高阪氏は「報道への信頼性が揺らぐなか、読者、企業、社会から信頼を得るための一つの手段として有効と考えた」と述べる。各国のメディア市場にはそれぞれ固有の課題があるものの、JTI認証を進めるうえで共通して見られる問題点は、おもに3つだ。1つめは、政治的な分極化がメディアの分極化を助長し、さらには報道の自由を制限している点だ。たとえば現在政治的な危機に直面している韓国では、メディアの断層化や異なる視点の対立が大きく影響している、とセント・ヒレア氏は話す。また、日本と台湾における報道の自由の状況を比較し、政治とメディアの複雑な関係を指摘する。
「日本では、ジャーナリストに対する不信感があり、その結果、記者会見やほかの政治的な場へのアクセスを得るために、自己検閲や好意的な報道が行われることがあります。一方、台湾はメディアのエコシステムがかなり二極化していますが、それでもメディアの自由や批判的な報道の余地が多く、視聴者にとってより充実した情報環境を提供しています」(セント・ヒレア氏)。
2つめは、ソーシャルメディアの台頭により、一般ユーザーが、ニュースやコンテンツを発信し、大規模なオーディエンスに届ける能力を高めていることだ。
「台湾ではFacebookやLINEがその好例であり、アメリカやインドネシアではInstagramやTikTokがニュースコンテンツに活用されています。確かに、ニュースやストーリーの捉え方や伝え方が多様になったのはいいことですが、ユーザーがジャーナリズムについて学んでいなかったり、倫理的視点の重要性を理解していなかったりした場合、大きな課題となります」(セント・ヒレア氏)。
また、かつて印刷が主流だったメディアは、デジタルファーストへの移行に伴いビジネスモデルが大きく変化し、多くの課題が浮上しているという。特に広告分野では、広告主がデジタル広告を選択するケースが増え、伝統的な新聞広告の影響力が低下している。さらに、各国では「ソーシャルメディアがニュース組織から広告収入を奪っている」との見解に基づき、ソーシャルメディアプラットフォームが一定の収益を上げている場合に伝統的なニュースメディアを支援する法律が導入される動きも見られるという。
「こうしたメディアのビジネスモデルの変化は、ニュースメディアに予算削減を余儀なくさせ、ジャーナリストの雇用減少や報道活動の縮小を招きます。その結果、収益を優先するあまり、リアルな報道よりもクリックを誘う内容が優先される傾向が強まっていきます」(セント・ヒレア氏)。

ミッチ・セント・ヒレア/JTIアジア太平洋代表。報道の自由と透明性を追求する国際的イニシアチブ「Journalism Trust Initiative(JTI)」のアジア太平洋地域代表を務める。JTI基準の普及を通じて、各国メディアが抱える政治的分極化や報道の自由への制約、デジタル時代の課題に向き合うリーダーシップを発揮。特に、透明性報告書を通じた信頼の構築に取り組んでいる。

倫理的で透明性があるジャーナリズム

こうした課題に対し、ジャーナリズムが高品質で倫理的、責任感を伴い、透明性があり、信頼されるものとなるよう、JTIを重要なマイルストーンとして国際的に発展させたとセント・ヒレア氏は語る。Business Insider Japanの透明性報告書の公開は、特に日本のほかのメディアの先例になったという。JTIの認証までのプロセスにおいてポイントとなるのは、自メディアの状況を把握し整理することだ。これについて高阪氏はこのように説明する。
「メディアのパーパスや、記事の制作体制、ファクトチェックなどの体制、記者編集者に独立性があるか、読者からの声を受ける体制があるかどうか、収益内訳、さらには運営会社(TNLメディアジーン)の株主構成などを含めた、100ほどの必須項目に正確に回答します。項目に対し、答えられない場合や対応できてない場合は認められません。そのため、その項目に関する必要な情報を整理し認識していきます」(高阪氏)。
セント・ヒレア氏は、人口規模や各国・各地域が抱える政治的問題、業界の課題は大きく異なる。そうしたなかで、JTIの目的は国内の基準や現実に対して補完的な役割を果たすものであり、必ずしも透明性報告書を公開することではないといい、こう続ける。
「国際的な基準、世界中の専門家による包括的なワークショップに基づいたベストプラクティスを手段として活用することが、非常に重要です」(セント・ヒレア氏)。
JTIではまた、品質向上を目指すメディアに対し、助言や実例、サンプルの編集ガイドラインを提供している。たとえば、アカウンタビリティや透明性、ソースとの協力、訂正方法などが不足している場合には、具体的なサンプルを提供することによって、メディアはそれを簡単に活用し、必要に応じて自分たちの状況に合わせて調整できる。このサンプルには、編集ガイドラインや訂正手続きの具体例などが含まれており、各メディアが実践しやすい形で提供されているという。JTIへの参加は、読者へ品質の高いコンテンツを届けるだけでなく、メディアの組織としてのあり方やコンテンツの改善、編集能力の向上といった内部環境の改善にもつながるのだ。
「私たちのような新興のウェブメディアはオールドメディアと比べて軽く見られることもあります。しかし、もともと厳しい編集体制のなか記事を制作してきました。それを保証するものとして国際的な認証機関に参加することが一助になると考えました。JTI認証への参加にあたって、新たに組織や制度を変えたのではなく、すでにあったものを明文化できたことが大きなメリットとなりました」(高阪氏)。

高阪のぞみ/Business Insider Japan共同編集長、ブランドディレクター。プライスウォーターハウスクーパース コンサルタント(現・日本IBM)にてコンサルタントとして従事の後、編集者に。経済誌「PRESIDENT」や「dancyu」などの編集に携わる。

広告主が安心できるメディア基準

JTIは、広告代理店、マーケティング担当者、メディアオーナーに対し、透明で比較可能なメディアデータを提供し、公正な取引を促進する第三者機関である国際認証監査機関連盟(The Audit Bureau of Certification/IFABC)と連携している。JTI認証とABCが協力することにより、広告主は安全で信頼できるメディアを選択できるようになっている。台湾のABCを支援するチャン氏は、収益源や所有権、コンテンツ制作に関する内部ポリシーを示すことが、広告主にとって信頼できる媒体を選ぶために重要だと述べる。「ABCは、広告主のお金が適切な場所に使われ、質の高い配置やトラフィックに反映されるよう守る役割を果たしています」。

ジェイソン・チャン/台湾ABC(The Audit Bureau of Certification)董事(取締役)。IFABCアジア太平洋地域エグゼクティブチームメンバー。広告主とメディアの橋渡し役として、信頼性の高いメディア環境の構築に尽力。特に、収益源や所有権、コンテンツ制作に関する透明性基準の普及を支援。JTIと広告主の連携強化を進める一方、フェイクニュースや人工的コンテンツの増加による広告主への影響を防ぐ取り組みを推進している。

また、現在、多くのAI生成ツールが存在し、人工的に作成されたウェブサイトが増えている点も深刻な問題である。特に誤情報やフェイクニュースの拡散に対しては、ヨーロッパの研究によると、台湾は世界でもっとも多くの誤情報が流れている国の1位または2位にランクインしているという。
「人工的なコンテンツやフェイクニュースばかりのメディアは、信頼を失う原因となります。『このメディアは信用できない』と思われ、最終的には広告主へも影響します。こうした状況から、ABCの役割、及びJTI認証との連携は不可欠です。私たちの主な目標は、広告主、広告代理店、出版者が協力し、こうした事態を排除することです」(チャン氏)。

より多くのメディアがJTIに参加するために

JTIを推進していくには、メディアの資金面、人員不足、言語、政治的な問題などがある。イニシアチブに参加することには非常に興味を持っているが、実際のところは、リソース不足で時間が取れない、といった場合だ。セント・ヒレア氏はまた、東南アジアでは都市部と地方、または地域メディアと首都圏メディアの間には大きな隔たりがあると話す。
「たとえば、マレーシアやタイ、インドネシアでは、バンコクやジャカルタで扱うメディアの多くは英語が得意で、スタッフも多く、透明性レポートを正確に作成できる担当者がいます。しかし、たとえばタイの北東部やインドネシアの東部の地域メディアにおいては、英語で書かれたレポートを記入することが難しい場合もある。一定の英語力はあるが、特に技術的な質問に関しては自信を持っていないことが多い。これは懸念事項の一つです。しかし、私たちはメディアのリソースの問題を深く理解しています。特に小規模なメディアやスタートアップにとって負担が多くならないよう、簡単に採用できるような基準を設けたり、また、透明性レポートの作成において費用や手数料費用がかからないようにしています」(セント・ヒレア氏)。
また、特定の国のメディアにおいては、国際的なNGOや国際機関と関わることを避けるような冷ややかな対応をする場合もある。
「市場内で基準がコントロールされていることもあります。たとえば、出版社協会のような組織が、JTIの基準を採用したり、評価を行うことを望まない場合もあります。しかし、このJTIはメディアや市場の基準に取って代わるものではなく、あくまで補完的なものであるということを改めて強調したいです」(セント・ヒレア氏)。

社会的利益へとつなげる

JTIは現在、Microsoftとパートナーシップを組み、透明性レポートを完了し公開したメディアを、Microsoftのプラットフォーム(BingやLinkedInなど)で検索上位に表示する仕組みを導入している。
「今後は検索やソーシャルメディアのほかのプラットフォームでも展開していきたいと考えています。理想的には、JTI基準に準拠しているメディアは、アルゴリズムでより高くランク付けされるべきだと考えています」(セント・ヒレア氏)。
また、JTIは、ニュースに限らず、情報全般に対する認証や自己評価の枠組みとして位置づけられるべきだとチャン氏は言う。そして、メディアだけでなくあらゆるビジネスや個人の自己評価、さらに社会的利益にもつながると強調する。
「私たちはジャーナリズムの透明性だけでなく、持続可能な社会についても伝えています。ジャーナリズムに関わることや編集ガイドラインを確認することよりも、全員がこれを実践することで、より良い社会を作り出すことができるのです」(チャン氏)。
聞き手:遠藤祐子撮影:中山実華文:杉本結美編集:戸田美子