コンパクトなサイズは日常での使い勝手がいい

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日本でもっとも売れてきた輸入車SUV「T-CROSS」がマイナーチェンジを受けた(写真:フォルクスワーゲン グループ ジャパン)

さまざまなニュースの渦中にあるフォルクスワーゲンの日本法人は、これからどこを目指すのか。

2024年9月下旬に「T-CROSS(ティークロス)」のマイナーチェンジモデルが発売されたのを機に、国内市場の戦略を聞いた。

T-CROSSは2018年に発表された、全長4mをほんの少し超えるだけのコンパクトなSUV。日本にも翌2019年に導入され、3年連続で輸入SUVのトップセラーという実績を残している。

今回のマイナーチェンジは、エンジンを含めた大規模なもので、エクステリア、インテリア、それに運転支援システムやインフォテイメントシステムなど、改良箇所は多岐にわたっている。


内装は素材も改められ質感が大きく向上した(写真:フォルクスワーゲン グループ ジャパン)

プレスリリースでは、「初めてのマイナーチェンジを経た新型は、好評をいただいているボディサイズはそのままに、安全性を向上させ、カラフルな新色を含む全色のラインナップを設定するなどエクステリアをブラッシュアップし、内装も質感を大幅に向上しました」とうたわれる。

多様なニーズに合わせた商品戦略

フォルクスワーゲンは(ご存じのとおり)これまで「ポロ」「ゴルフ」、それに「パサート」が重要な柱だった。それがいま、販売の軸足はSUVに傾いている。それに、もうひとつの柱として、ピュアEVのID.シリーズも登場した。

つまり、ゴルフに代表される従来の路線と、モデルが拡充してきているSUVの2本柱があり、一方でICE(ハイブリッドを含むエンジン車)と、BEV(バッテリー駆動のピュアEV)という別軸の2本柱があるのだ。

BEVシフトの過渡期にあって、広く市場ニーズに対応した、競争力のあるラインナップ展開ができていると見ることができる。

【写真】新しくなった「T-CROSS」質感あがった内外装(59枚)

「製品の面からすると、今年後半から来年にかけては大忙しです」

そう話すのは、フォルクスワーゲングループジャパンでシニアプロダクトマネージャーとして、製品導入のプログラムを担当する山谷浩之氏だ。

「第8世代のゴルフが改良型の“8.5”になりますし、プラグインハイブリッド(PHEV)化した新型パサート、それにデザインや装備が一新されたティグアンが2024年内に導入されます。2025年には、BEVのミニバンとして注目されているID.BUZZ(アイディーバズ)も控えています」


ついに日本発売について言及されたID.BUZZ(写真:フォルクスワーゲン グループ ジャパン)

一部の自動車好きには、「フォルクスワーゲンの製品はマジメでいまひとつ華やかさに欠ける」という印象を持たれている。たとえば、BMWやミニやプジョーは、デザインもインフォテイメントも、いかにも新しい。演出がうまいのだ。

ゴルフは、1974年の第1世代から50年間にわたり、太いリアクォーターピラーを持ったハッチバックスタイルを守り続けている。セダンが市場で飽きられてきたように、伝統的なスタイルからイメージの刷新を求める声があるのも事実だ。

フォルクスワーゲンはちょっと古いのか……、そんなことを考えていたが、マイナーチェンジを受けたT-CROSSに乗ってみて、認識を新たにした。フォルクスワーゲンの“いいところ”がぎゅっと詰まっているようなでき映えだったからだ。

ボディも内装も「質感が高い」

では“いいところ”とは、なんだろうか。まずはボディ。先述のとおり全長は4mをほんの少し超えただけの4140mmで、全幅は1760mm、ホイールベースは2550mmと、昨今のクルマの中ではコンパクトだ。国産車でいえば、トヨタ「ヤリスクロス」より数cm短いだけ。


コンパクトさがよくわかるサイドビュー(写真:フォルクスワーゲン グループ ジャパン)

それでいて、室内は意外なほど空間的な余裕があるから驚きだ。身長175cmの人間が4人乗っていられる。パッケージのうまさは、フォルクスワーゲンのお家芸だ。

次の“いいところ”は、作り。ボディは剛性感があり、ドアの開け閉めもバスンッと頼りがいのある音がする。室内の質感も高くなった。

ドイツのプロダクトは、一般的に黒で質感を表現する傾向がある。クルマも同様で、合成樹脂やファブリックなど異なる素材を使っていても、黒基調で統一する努力をしてきた。

素材感が端的に表れるという黒色で統一感を生み出すことにより、“作りのよさ”をアピールする戦略をとってきたのだ。

でも、T-CROSSはデビュー当初から、そんな黒戦略を捨て、カラフルな素材の組み合わせを採用していて新鮮だった。最近のフォルクスワーゲンが得意とする、きれいな色づかいの内装が選べる。


TSI Style Design Packageに用意されるミストラル内装(写真:フォルクスワーゲン グループ ジャパン)

ただし、ブラックの内装も用意されているので、同色での質感創出はコストがかかるから避ける、ということではないようだ。

ドライブフィールは痛快ともいえる

T-CROSSの“いいところ”には、もちろん走りも含まれる。グレードは3つ設定されているが、エンジンは999cc3気筒ガソリンターボで一本化。

ミラーサイクル化されていて、燃費は17.0km/L(WLTCモード)と良好であるいっぽう、85kW(116ps)の最高出力と200Nmの最大トルクという数値から想像する以上に力があって、痛快ともいえるドライブフィールを味わわせてくれる。

発進から加速していくまでエンジンの力が途切れないよう、ターボチャージャーの設定も巧妙だし、7段デュアルクラッチ変速機(DSG)によるギアチェンジのタイミングもうまい。


瞬発力もあり活発に走る印象を受ける(写真:フォルクスワーゲン グループ ジャパン)

燃費を追求するあまりシフトアップを急ぎ、アクセルペダルを踏み込んだときに“トルク感がスカスカ”という味気ないクルマもあるが、T-CROSSはドライバーとの一体感をしっかり感じさせる。

ステアリングフィールはしっかりとしていて、切り込んだときの車体の反応もいいし、サスペンションは、カーブを曲がるときに車体の傾きをしっかり抑える一方で、高速走行ではフラットで快適な乗り心地を提供してくれる。

さらにもうひとつ、新しくなったT-CROSSには“いいところ”がある。それは価格だ。

もっともベーシックな「TSI Active」で329万9000円。フォルクスワーゲン好きが興味を持つであろう日本の競合車と比較しても、こちらのほうが安いぐらいだ。


TSI Activeは見た目の華やかさは抑え気味となるが、機能性は大きく変わらない(写真:フォルクスワーゲン グループ ジャパン)

「フォルクスワーゲンは、ずっと“技術の民主化”というポリシーを追求してきました」。前出の山谷氏は言う。

「競合ブランドと同等かそれ以上の性能をもつ車両を、はるかに下回る価格で提供する。いいものは、できるだけ多くの人に接してもらいたいから価格を抑える。それが“民主化”なのです。高性能なゴルフGTIやゴルフRを見てもわかるでしょう」

いい製品は日本法人の「戦い」があってこそ

今回のT-CROSSは、まさにそのポリシーに忠実に開発されたと評価できるモデルだった。フォルクスワーゲンファンに、好きになったきっかけを尋ねると、多くのファンは“性能、品質、デザイン、価格のバランスがとれている”ことを挙げる。

「正直に言って、円がいまより強かった時代は、日本でもなんの問題もなく“民主化”政策を推し進めることができました。でも、欧州と日本とで経済成長の差が開きはじめ、円が弱くなると、本来のフォルクスワーゲン車のよさを追求していくのが難しくなってきます。そんな中で、私たちは、手の届きやすいプロダクトを日本のユーザーに届けることが使命だと思っています」


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実際、ゴルフやBEVの「ID.4」は欧州より日本のほうが、価格が低く設定されているそうだ。その努力を山谷氏は「戦い」と、やや冗談めかして表現する。

メーカー相手にその「戦い」をしてくれたから、今回の新型T-CROSSがより輝いているのだと思う。輸入車の日本法人は、右から左に、プロダクトを売るだけが仕事ではないのだと、改めて感じさせるのだ。

【写真】ディテールまで見てほしい新型「T-CROSS」(59枚)

(小川 フミオ : モータージャーナリスト)