●病を子宮頸がんに設定した意味

23日に最終回を迎えるフジテレビ系ドラマ『海のはじまり』(毎週月曜21:00〜)。Snow Manの目黒蓮演じる主人公・夏が、自分と血のつながった娘・海(泉谷星奈)の存在を知って人生が変化していく中で、様々な形の“親と子”のつながりを描き、TVerでの総再生回数はスピンオフ特別編を合わせて6,050万を超えている(9月16日時点)。

制作を手がけるのは、これまで『silent』『いちばんすきな花』でタッグを組んできた脚本・生方美久氏、プロデュース・村瀬健氏らのチームだが、どのような意識でこのテーマに挑んでいるのか。演出面のこだわりや、生方脚本への信頼を、村瀬氏が語ってくれた――。

目黒蓮(左)と泉谷星奈 (C)フジテレビ

○夏ドラマに不安も…想像以上の反響に手応え

これまでこのチームで『silent』『いちばんすきな花』と、ゆっくり落ち着いて見てもらう作品を秋ドラマとして放送してきただけに、今作がパリオリンピック期間とも重なる夏ドラマとなることに不安を抱いていたという村瀬氏。それでも、「予想以上の反響を頂いており、すごくいい手応えを感じています」と語る。

元恋人の死から始まり、認知、中絶、不妊治療といったテーマを描くことで、序盤の放送後は「重くて暗い」とも捉えられた。この反応について、「“堕ろしていたと思っていた子どもが生きていた”というのはやはり希望だと思うんです。事実として命が死んでいなかったところから始まるので、視聴者の皆さんも希望に向かってくれると思っていたんですが、その裏側にあるものをちゃんと想像してくださるから重く捉えられるんだなと思いました」と理解。

それでも、「時間をかけてこの世界観を皆さんに見てもらっていけば、温かい涙の物語なんだというところにたどり着けると思ってやってきたので、6話(8月5日放送)で全登場人物の物語が一つにつながったところで、皆さんに“おお〜”と思ってもらえたんじゃないかなと思っています」と分析した。

大竹しのぶ(左)と古川琴音 (C)フジテレビ

○「常に胸に手を当てて考えながら作っています」

センシティブなテーマを描くことには、「当然いろんな意見があります。社会問題は何でもそうだと思うんですけど、一面からだけでは描けないし、それぞれ皆さんが意見や考え方に違うものを持っているものなので、やはり厳しい意見も頂いています」と打ち明ける。

その中で、「生方さんにも僕にも、もちろん監督たちも含めて、伝えたいことがあるんです。(古川琴音演じる水季が患った病を)子宮頸がんに設定した意味もちゃんとある。弥生(有村架純)が同僚の彩子(杏花)に“検診に行きなよ”と2度言ってるんですけど、そういうことをみんなで考えていこうという思いがあるんです」と強調。

また、「僕らは“中絶が悪いもの”、“産むことが正しい”なんてことは全く思っていなくて、本当に人それぞれいろいろな考え方があって、やり方があって、抱えているものがあるから、正解はないし、どちらがいい・悪いと言うつもりは全くないです。でも、キャラクターによって発言が違ったりするので、そこを端的に捉えて、“中絶が悪いと言われてるようでつらいです”というご意見を頂くこともありました。だけど、全編を通して見ていただいたら、そうではないメッセージの伝え方になるように心がけています」と説明する。

そして、「命というものに向き合うということで、すごくナイーブなことを題材にして描いているという意識を常に持って、いろんな人の意見に耳を傾けながら、常に胸に手を当てて考えながら作っています」と明かした。

●『silent』で知った「電話は特別なものが生まれる」

今作は、チーフの風間太樹監督に、高野舞監督、ジョン・ウンヒ監督、山岸一行監督の4人が演出を担当。プロデューサーとして、各監督の持ち味が生きることを心がけたという。

ジョン監督の担当した第7話(8月12日放送)では、津野(池松壮亮)が、自分が支えてきた水季の死を、彼女の母・朱音(大竹しのぶ)からの電話で聞き、泣きながら苦しくなった胸をさするシーンが印象的だった。

「訃報の電話って何か予感がするじゃないですか。もう水季の残された時間が少ないと分かっている中で、津野くんは電話が鳴った時に何かを感じて、朱音からだと分かった時に確信を持っている。台本上は“はい”で終わりになっていたんです。でも、ジョン監督は池松さんにその先まで芝居をしてもらいました。津野が慟哭(どうこく)する姿があまりにも素晴らしかったので、全部残しました」

ここには、このチームが意識する“電話シーン”のこだわりが反映されている。

「生方さんの脚本の特徴なんですけど、電話のシーンで相手を見せるか見せないか、台本上に書いてあるんです。それを読んだ上で、僕と監督たちが本打ち(脚本打ち合わせ)で作り上げていくときに話し合っています。第7話で、朱音が津野くんを四十九日の法要に呼ぶ電話では、朱音の声は聞こえてるけど映像はなかった。そのパターンもあれば、電話の相手を見せるときもある。そして津野が訃報を聞くシーンは、相手の声も聞こえていません。電話一つとっても、そこの見せ方をすごく考えています」

電話のシーンにこだわるきっかけになったのは、『silent』の第5話で紬(川口春奈)と湊斗(鈴鹿央士)が別れの電話をする場面。セットの2か所に撮影クルーを分けて、実際に2人が通話した状態で撮影するという手法を採ったところ、「僕ら、電話は特別なものが生まれるんだと知っちゃったんです。だから、今回の1話で水季が夏くんに“別れよう”と言う電話も、わざわざあの現場に古川琴音さんに来てもらって、本当に電話をしながら撮影しました」と明かした。

風間太樹監督

脚本の生方美久氏

○いろんなパターンがあって、いろんな人がいる

今作は、最近では珍しい1クール全12話の放送。「生方さんのドラマは毎回長くて描ききれない部分が多く悔しい思いをしてきたので、今回は早い段階で会社と相談して12話やらせてもらうことにしました。そのおかげで7話までかけてだいぶ登場人物たちが描けたと思っていますが、生方さんの本は何話で何をやるという構造がとても計算されているんです。プロットを書かない人なのに本当にすごいです(笑)」と驚きを語る。

そんな彼女との脚本作りにおいて、「いつも話すのは、いろんな考え方を持っている人がドラマを見るから、伝えたいことが伝わらないこともある。なので、全員が分からなくてもいいけど、誤解される言い方はやめようということ。これは、生方さんと僕の作り方にとってすごく大事なことで、人の心をこれだけ丁寧に描いている中で、あるところで違う形で捉えられてしまうとその後のその人物の感情を全部違って捉えられてしまうことになりかねないので、そこはものすごく意識しています」と明かす。

その共有ができているため、「無限にある言葉の中から、類まれな才能を持つ彼女が選んできている言葉を尊重したいと思っています。なんでもない会話も含めて全てが珠玉のセリフなので、僕や監督がこのセリフをこう変えようと言うことは、よほど気になったり、よほどこれは分かってもらえないだろうと思うもの以外では、めったにないです」と信頼を寄せている。

もう一つ、生方氏との仕事で大切にしていることは、『silent』で紬が発したセリフにある「“少ない”って、“いる”っていうことだもんね」という言葉。「これは、『いちばんすきな花』でもテーマに流れていましたが、みんな先入観や知識で何かを決め付けたがるけど、そうじゃない人もいる。いろんなパターンがあって、いろんな人がいるっていうことを、僕はいつも意識するようにしています。その思いで、生方さんの本を受け止め、世に送り出しています」と話した。

●最終回は「“そういうことだったのか”と感じられる」

目黒蓮(左)と有村架純 (C)フジテレビ

夏と弥生が別れた第9話(9月2日放送)は、大きな反響を呼んだが、村瀬氏は「2人が別れることには賛否両論、どころか批判がたくさんあるだろうと分かっていたので、僕はOA後は街に出ないって決めてました(笑)」と、反響を予測していたという。

その上で、「生方さんとはこれで3作目なんですけど、もしかしたら一番好きな本かもしれないです。夏と海が一緒に生きていくにあたって、夏は弥生と3人で生きていこうと思って今動いている。一方で弥生は、水季が夏に会いに来た時に自分が幸せそうに一緒にいるのを見て、会わないで帰ったっていうのを知りましたよね。津野は“あなたのせいというわけじゃない”と言っていたけど、弥生にとっては自分のせいで3人でいる時間を失わせたと思ってしまう。本当は“3人ではなく、2人でいたい”と思っていた弥生の心を描くのも、このドラマの大きなテーマでした」と振り返る。

そして最終回に向けて、「夏と海がこれから一緒に生きていこうとする中で、それぞれの登場人物たちも含めて、どういうゴールに向かっていくのか。さすがは生方美久さん、と思うくらいに見事にラストまでの物語を紡いでくださっています。このドラマが放送前から提示しているテーマの一つである<人は、いつどのように“父”になり、いつどのように“母”になるのか>や、ポスターにある<選べなかった“つながり”は、まだ途切れていない”>という生方さんが書いたコピーが、“そういうことだったのか”と感じられてくると思います。最後まで見届けてほしいと思います」と呼びかけた。

村瀬健プロデューサー