欧州サッカースタジアムガイド2024-2025
第11回 エミレーツ・スタジアム(Emirates Stadium)

 ロンドンのウェンブリー・スタジアム、マンチェスターのオールド・トラッフォード、ミラノのジュゼッペ・メアッツァ、バルセロナのカンプ・ノウ、パリのスタッド・ドゥ・フランス......欧州にはサッカーの名勝負が繰り広げられたスタジアムが数多く存在する。それぞれのスタジアムは単に異なった形状をしているだけでなく、その街の人々が集まり形成された文化が色濃く反映されている。そんなスタジアムの歴史を紐解き、サッカー観戦のネタに、そして海外旅行の際にはぜひ足を運んでもらいたい。連載第11回目はエミレーツ・スタジアム(ロンドン)。


「ガナーズ(Gunners)」ことアーセナルFCの本拠地エミレーツ・スタジアム photo by Saito Kenji

 砲撃手を意味する「ガナーズ(Gunners)」の愛称で世界的に名高いイギリス・ロンドンを代表するクラブのひとつアーセナルFC。リーグ優勝13回、FAカップ優勝14回を誇るイングランド・プレミアシップの強豪だ。
 
 1886年にロンドン南東部のウーリッチで、王立兵器工場(Royal Arsenal)の労働者によって誕生した。アーセナルは英語で兵器工場を意味し、ウーリッチの紋章にも由来する大砲がエンブレムに用いられている。1913年に北ロンドンに移転し、1919年に1部に昇格して以来、ずっとトップのリーグで戦い続けている。
 
 1996年から2018年まではフランス人のアーセン・ヴェンゲル監督が長く指揮をとっていたが、ウナイ・エメリへと22年ぶりに監督が交代し、2019年の12月からは、かつてキャプテンも務めたスペイン人のミケル・アルテタが率いている。就任したシーズンにFA杯を4シーズンぶりに獲得したものの、2003−04シーズン以来リーグ優勝からは遠ざかっている。日本人選手はかつてはMF稲本潤一、FW宮市亮らがプレーし、現在は2021年から日本代表のDF冨安健洋が在籍ーし、2026年まで契約している。
 
 そんな「ガナーズ」ことアーセナルのホームスタジアムが2006年に完成した「エミレーツ・スタジアム」だ。ロンドン北部にありながら6万人を超える収容人数を誇るサッカー専用スタジアムとして、選手やファンの評価はすこぶる高い。
 
 ただアーセナルのホームはもともと1913年に建設された「ハイバリー・スタジアム(後にアーセナル・スタジアム)」だった。ピッチがリーグの規格よりも狭かったことや、収容人数を増やしたかったこともあり、新スタジアムを建設することが決まった。ハイバリーから直線距離で約500m先に2006年に完成した新スタジアムは、15年契約というネーミング・ライツによりUAEの航空会社の名を冠して「エミレーツ・スタジアム」となった。なお、ハイバリーの跡地には低層マンションが建てられたが、旧スタジアムの正面玄関はそのまま使用された。

 新スタジアムは当時プレミアリーグではマンチェスター・ユナイテッドの本拠地オールド・トラッフォードについで2番目、ロンドンではウェンブリー・スタジアム、ラグビーの聖地トゥイッケナム・スタジアムについで3番目に大きいスタジアムとして生まれ変わった。こけら落としは、2006年7月22日、11年間アーセナルでプレーした元オランダ代表のデニス・ベルカンプの引退試合として、彼がかつて所属したアヤックスとの間で行なわれた。
 
 さらにアーセナルを象徴する大砲や、大きなエンブレムが飾られた新スタジアムは、周辺も再開発された。オフィシャルショップやショッピングセンター、レストランなどが整備された。また、スタジアムの内部もエレベーターやエスカレーターだけでなく41のTVカメラスタンド、215メディア席、障害者用の席やトイレ、芝の状態をコンピューターで管理する設備などが導入。もちろん、スタジアムツアーも行なわれており、世界中の「ガナーズ」のファンを喜ばせている。
 
 もちろん旧スタジアム、ハイバリーへの敬意は忘れてはいなかった。新スタジアムにあるクラブオフィスの名は「ハイバリー・ハウス」。また、2009年8月、アーセナルはサポーターからのフィードバックに耳を傾けた後、エミレーツ・スタジアムの「アーセナル化」プログラムを開始した。そのひとつとして、スタジアムの外壁には8つの大きな壁画が描かれ、それぞれ4人のアーセナルのレジェンドたちが腕を組んでいる。
 
 スタジアム東にはドレイトン・パークにつながる2本の橋がかかっており、それぞれハイバリーのゴール裏の名をとって「クロック・エンド」「ノース・バンク」となった。さらに旧スタジアムにあった「アーセナル・クロック」と呼ばれる時計も、新スタジアムの「クロック・エンド・ブリッジ」の外観に取り付けられた。

 また、新スタジアムの敷地内には、クラブの歴史を綴ったアーセナル・ミュージアムも建設された。ウーリッチ時代のスタジアム(主にマナー・グラウンドを使用していた)、ハイバリー、そしてエミレーツ・スタジアムでのアーセナルの素晴らしい歴史にまつわるトロフィー、展示物などが置かれている。選手たちからユニフォーム、靴などを提供してもらい、それも飾られている。
 

 さらに、 スタジアムの周辺にはクラブのレジェンドたち、ティエリ・アンリ、トニー・アダムス、デニス・ベルカンプらの銅像が建っている。当然、ハーバート・チャップマン監督のものもある。「3−2−2−3」の「WMシステム」で1930年代にクラブに初のFA杯のタイトルをもたらした名将として黄金期を築いたチャップマンは、監督の手腕だけでなくアイデアマンとして知られていた。
 
 チャップマン監督がグラウンドで「選手の誰かが赤い袖無しのセーターを白いシャツの上に着ていたの」を見て赤いシャツに白い襟と袖という現在のユニフォームのデザインを考えたとされている。他にも観客が来やすいよう、照明をスタジアムに設置してほしいと訴え続けて(1951年に実現)、遠くからでも選手が識別しやすいように背番号を入れたりすることも考案した。また、スタジアム近くのアーセナルという駅があるが、これは1932年頃、チャップマン監督が国鉄と交渉し、駅名をギレスピー・ロンドンからアーセナルへと名称を変更し、大きな宣伝効果を得たという(ロンドンの中で唯一、クラブ名がついた駅名である)。
 
 アーセナル駅へはロンドンの中心ピカデリーサーカス駅から地下鉄で14分、その駅を下車して3分ほど歩くとスタジアムに到着し、立地も抜群だ。閑静な住宅街だが、ライバルのチェルシーのような高級住宅街とは違ってどことなく下町のような雰囲気を持っている。そのため、数々の映画の舞台になり、映画、テレビ、音楽のスタジオも多くあり、それに関係している人々が多く住んでいるという。
 
 アーセナルはプレミアシップでは、昨シーズンまで2年続けて2位になり、昨シーズンはチャンピオンズリーグでベスト8入りするなど好調を維持している。熱狂的なファンの「グーナー(Gooners)」はエミレーツ・スタジアムで初のリーグ優勝の喜びを味わう日を心待ちにしている。