生成AIの開発競争が過熱していく中、最先端のプロダクトやサービスをフォローするにはどうすればいいのでしょうか(写真:metamorworks/PIXTA)

テクノロジーの新潮流を正確にとらえていなければ、ビジネスの存続が困難になる時代。最先端のプロダクトやサービスをフォローするには、どうすればいいのでしょうか? 世界のテック企業を対象としたベンチャー投資家である山本康正氏による著書『2035年に生き残る企業、消える企業』を一部抜粋・再構成のうえお届けします。

大きな驚きはなかった2024年の「Google I/O」

具体的なビッグテックの開発者会議の例として、2024年5月14日に行われたGoogle I/Oを挙げましょう。

2024年のGoogle I/Oをひと言で要約するならば、「オープンAI・マイクロソフト連合に追い付くべく対抗策を発表した生成AIイベント」といって差し支えないでしょう。

グーグルが開発した生成AI「ジェミニ(Gemini)」をさらに進化させ、Gメール、グーグルドキュメント、グーグルスプレッドシートなどの既存のアプリと統合させることで、パフォーマンスの向上をアピール。

ユニークなところでは、ジェミニを利用する有料プランの「Gemini Advanced」に旅行計画機能が導入予定であることが発表されました。これは、旅行の日程、行き先、人数、属性、フライトやホテルなどの情報を入力することで、生成AIが旅行プランを提案してくれるサービスです。

ただ、既存のアプリとの統合は、当然、予想されていたことですし、すでに発表されていた機能を使えば、旅行の計画ができるようになっても、さほど驚きはありません。

キーワード入力だけでなく、画像や音声などでも検索ができる「マルチモーダル検索」も、オープンAIが2023年にリリースした「GPT-4」ですでに実用化されていたことを考えれば、驚きのあるものではありませんでした。

マルチモーダルAIはすでに業界の主流であり、今後もこの領域が進化していくと予想されます。

2024年のGoogle I/Oには、そこまでの目新しさは感じられず、想像の範囲内だった、というのが個人的な感想です。加速する生成AIの開発競争の中で、ユーザー数がすでに多く、期待値も高いために、少しでもエラーが起こると批判が殺到してしまうというジレンマと苦闘する姿がうかがえました。

また、発表の多くが、あらかじめ用意されていたと思われる映像で行われたのに対して、引っかかりを覚えました。

リアルタイムのデモではなく、映像だと、本当にその映像と同じように動作するのかどうか、わかりません。

歯切れが悪かったアップルの「WWDC24」

アップルの開発者会議であるWWDCは、2024年は6月10〜14日に開催されました。

次期OSへの取り組みは、映画のようなつくりの映像を使って発表され、スティーブ・ジョブズ氏が存命だった頃は発表イベントでライブ感を重視していたものが、映像を鑑賞するというスタイルに切り替わっています。

iPhoneからApple Watchまで、さまざまなOSの取り組みが発表され、Vision Proの日本発売も発表されましたが、中でも注目だったのが、AIへの取り組みです。

Apple Intelligenceという独自に名付けたAIへの取り組みが発表されましたが、他の競合でもできることが多く、アップルは独自では生成AIへの取り組みが難しいのではないか、という感想が出てきます。

これまでのチップも活用して、デバイス上でAIの機能を実現することは素晴らしいのですが、アンドロイド端末と比べての反応速度は十分なのかという疑問や、現在の半導体はこの進化する時代に十分に使えるのかという疑問は残ります。

オープンAIのGPT-4oが年内にOSレベルで組み込まれることも発表されましたが、オープンAIをリードするアルトマン氏が会場に来場するも登壇はせず、距離感を感じさせました。

このアップルとオープンAIとの協業が発表された後、もともとオープンAIの創業メンバーであったテスラCEOのイーロン・マスク氏は、「セキュリティ上の理由で社内でのiPhoneの使用を禁止する」「渡してしまったデータをオープンAIがどう扱うか、アップルはわかっていない」という激しいコメントを出し、対立の様子をうかがわせます。

同時に、マスク氏はオープンAIへの「創業理念からの逸脱」についての2024年2月からの訴訟を取り下げており、アルトマン氏とマスク氏の確執は違う段階へ変化しています。

格段の進歩を見せたオープンAIの「GPT-4o」

Google I/Oが開催された前日に、当てつけるように、オープンAIが新モデル「GPT-4o」を発表しました。こちらは、リアルタイムのデモをライブ配信で発表していました。

GPT-4oの最大の特徴は、音声の反応スピードの速さです。まるで人間同士で会話をしているかのような自然でなめらかな会話が続き、さらに、英語とイタリア語の同時通訳をする様子も披露されて、大いに話題になりました。

従来のタイムラグがなくなったことに加えて、会話の途中で相手(人間)が話し始めたらAIは自分の話をいったんストップする、といったような、いかにも人間らしい対応も見られました。

グーグルとは対照的に驚きの多い発表でしたが、オープンAIにも懸念はあります。GPT-4oを発表した翌日に、同社の共同創業者であり、チーフサイエンティストでもあった、イリヤ・サツキバー氏が退任することが発表されたのです。

サツキバー氏は、ChatGPT開発の重要人物であると同時に、高度化する生成AIの危険性に備えて安全対策をするチームのトップでもあり、さらに、2023年のアルトマンCEOの解任騒動劇の関係者でもありました。

新製品リリースの翌日に安全対策チームのトップが退社するというタイミングを考えると、もしかすると、開発競争の激化に伴い、オープンAIにおいて安全対策が軽視されている状況が反映されているのかもしれないとも考えられます。

サツキバー氏の他にも、生成AIの性能向上ばかりに注力する方針に批判的だった幹部が相次いで退社したことも明らかにされています。

サツキバー氏と共同でAIの制御をリードしていた、グーグルの関連会社であるディープマインド出身のヤン・ライケ氏は、安全確保が後回しとなり「限界に達した」として退社し、同じくオープンAIから独立した、安全性をより重視するAIスタートアップ、アンソロピックに参画すると発表しています。

スタートアップにとって、事業成長を目指すことは宿命です。

各社が矢継ぎ早に新製品や性能アップを発表する激流の中にあって、安全対策に力を割くことは、一面では、成長へのブレーキにもつながりかねません。

しかも、オープンAIには、グーグルの広告事業のような、生成AI以外の収益の柱が十分にありません。

こうした事情が絡み合って、社内にジレンマや困難があることは想像できます。サツキバー氏らの退任を、その象徴ととらえることもできるでしょう。

このように、人の動向に目を凝らすことで見えてくる風景もあります。退社や解任のような大きな動きだけではなく、開発者会議のように、トップが公の場に現れるイベントも同じです。

大々的なイベントの基調講演でCEOが語るのは当然として、それ以外に誰が登壇して語るのか? そんなワンシーンからも見えてくることがあります。

新製品・新機能だけに目を奪われるのではなく、その背後でどのような人材の移動や台頭が起きているのかにも目を配っておきましょう。

PCに焦点を当てるマイクロソフトの戦略

2024年5月に開催されたオープンAIの発表会とGoogle I/Oのわずか1週間後には、マイクロソフトも生成AI向けの新たなPCを開発したことを発表しています。

「Copilot+PC」と名付けられたこの新製品の特徴は、生成AIを、クラウド経由だけでなく、PC端末上でも利用できる点です。つまり、インターネットにつながっていなくても、回線が遅い状態であっても、生成AIを利用できるということです。

スマホのOSとして高いシェアを占めているアンドロイドを持つグーグルに対して、マイクロソフトはPCのOSにおいて、ウインドウズで高いシェアを占めています。だから、マイクロソフトは主戦場をPCにしているのでしょう。

マイクロソフトにとって、PCは仕事のためのツールです。インターネット回線が頼りない状況でも、ストレスなく生成AIを使えるようにして、仕事の生産性を上げる。そんな道具としてのPCを考えた結果、Copilot+PCという形に到達したのだと考えられます。

エヌビディアのGPUだけでなく、クアルコムのNPUも重要性を増す

Copilot+PCの要となっているのは、生成AIの深層学習(ディープラーニング)に使われるニューラルネットワークの処理に特化した、NPU(Neural Processing Unit)と呼ばれる半導体です。Copilot+PCに搭載されるNPUは、アメリカのシリコンバレーではなく、その南にあるサンディエゴを本拠地にするクアルコムが開発したものが採用されています。


クアルコムはスマホ向け半導体の世界最大手です。過去にはアップルと特許の使用料をめぐって法廷闘争を繰り広げたこともありますが、両社は2019年に和解に至りました。

2023年末、アップルは、クアルコムからの半導体調達の契約を3年間延長しています。アップルとしては、おそらく忸怩たる思いがありながらも、背に腹は代えられない状況なのではないでしょうか。

生成AIの開発競争が過熱していく中で、クアルコムのような大手半導体メーカーが自分たちの技術力と存在感を訴求していくのは必然の流れでしょう。

生成AIでは、GPU(Graphics Processing Unit)という、高速での並列計算を得意とする半導体を製造するエヌビディアに注目が集まり、時価総額も急成長して上場企業で世界トップにもなりましたが、今後はエヌビディア一強状態の半導体業界に変化が生じるかもしれません。

マイクロソフトが、Copilot+PCの発表を、あえてオープンAIの発表会と切り分けたことの意味も考察してみましょう。

マイクロソフトはオープンAIに多額の出資をしていますが、もしかすると、状況次第では、自社の生成AIである「コパイロット」のブランディングを確立させた後、オープンAIとの提携を縮小する思惑があるのかもしれません。

競争が激しい分野だけに、人の移動と流出、組織間の関係性は、今後もめまぐるしく移り変わっていくため、常に情報をアップデートし続ける必要があります。

(山本 康正 : ベンチャー投資家、京都大学経営管理大学院客員教授)