海外には例がなく、大きな謎に…なぜ日本のカブトムシのメスは「一生に一匹」しか交尾をしないのか
※本稿は、小島渉『カブトムシの謎をとく』(ちくまプリマー新書)の一部を再編集したものです。
■カブトムシは「短命な昆虫」
カブトムシの成虫は短命です。正確にはまだ分かっていませんが、野外ではほとんどの個体が1〜2週間程度で死んでしまうと言われています。
うまく飼育すると3カ月くらい生きますが、8月中旬頃になるとカブトムシの数が激減することからも分かるように、野外で自分が持つ寿命のポテンシャルを発揮できることはまずありません。そのおもな原因は、飢えと捕食です。特に捕食による影響はかなり大きいと考えられます。
カブトムシはどんなに手をかけて飼育しても、年を越すことはほとんどありません(ただし、15〜20℃程度の低い温度を維持し続ければ半年近く生きることもあります)。一般的に昆虫やほかの動物は、体が大きい種の方が長生きする傾向にありますが、カブトムシは体が大きいにもかかわらず、ほかのコガネムシの仲間に比べてそれほど長寿だとは言えません。
カブトムシは、羽化して地上に出てきた瞬間から活発に飛び回り、間もなく交尾し産卵します。昆虫を、“細く長く生きる種”と“太く短く生きる種”にざっくりと分けるとしたら、カブトムシは間違いなく後者に属します。なぜカブトムシはこのような生き方を選んだのでしょうか?
■「太く短く生きる」性質を持っている
もしかすると、飢えや捕食に由来する高い死亡率と関係しているかもしれません。カブトムシの大きな体は野外でとても目立ちます。また、逃げるのもうまくありません。羽化して地上に出たとたん、彼らは多くの天敵に狙われます。また、樹液の出る餌場を見つけるのは簡単ではなく、運よく見つけたとしてもそこでほかの虫との争いに勝たなければならず、つねに飢餓と隣り合わせです。つまり、彼らには明日の命も保証されていません。
そのような状況では、スローライフを送っている場合ではありません。まだ産卵や交尾を始めていないのに食べられてしまった、というようなことになったら、せっかく成虫になった意味がありません。それよりも、さっさと交尾して、早めにたくさん卵を産むほうが遺伝子を残すうえで有利なはずです。
つまり、カブトムシは、いつ死んでもいいように、太く短く生きるという性質を進化させたのかもしれません。
■カブトムシの幼虫は何を食べているのか
カブトムシの幼虫の餌は、分解の進んだ落ち葉や朽木です。餌の中身をもう少し具体的に見てみましょう。人間と同じように、幼虫が活動したり成長したりするためには、糖などの炭水化物(ごはん)とタンパク質(おかず)が必要です。人は米やパンなどの炭水化物を食べてエネルギーを得ますが、カブトムシの幼虫は植物に含まれる食物繊維から炭水化物を得ています。
植物の細胞壁を構成する成分である食物繊維は、多糖類と呼ばれる物質に分類され、文字通り糖が連なった構造をしています。人は食物繊維を分解できないため、食物繊維を食べてもそこからエネルギーを取り出すことはできません。
一方カブトムシをはじめとする一部の昆虫は、食物繊維を構成する糖を酵素の力でばらばらにし、栄養として吸収することができます。しかも、発酵した腐葉土に含まれる食物繊維は、土の中の微生物のはたらきである程度分解されているため、カブトムシの幼虫にとってすでに分解しやすい状態にあります。カブトムシの幼虫はそのようにあらかた分解された食物繊維をさらに細かく分解することでエネルギーを得ています。
一方、“おかず”であるタンパク質のおもな構成成分である窒素は、落ち葉そのものにはそれほど多く含まれていません。生の葉には窒素が多く含まれていますが、植物は葉を落とす前に、貴重な窒素を逃すまいと、その多くを回収してしまうからです。
しかし、人が堆肥や腐葉土を作る際、発酵を促すために、窒素成分として牛糞や米ぬかなどを落ち葉に混ぜ込みます。また、微生物には空気中の窒素を取り込む能力を持つものがおり、それらのはたらきによっても、堆積した落ち葉の中に窒素が供給されます。このようなプロセスを経て、カブトムシの幼虫の餌として適した、タンパク質に富んだ腐葉土が形成されます。
腐葉土の中には、細菌や菌類などの微生物はもちろん、トビムシやミミズなど、たくさんの無脊椎動物も住みつきます。
カブトムシの幼虫は、分解された落ち葉とともに、口に入るサイズであれば、そのような微生物や小型の無脊椎動物も体内に取り込みます。彼らもカブトムシの幼虫から見れば貴重なタンパク源です。そして、それらの生物の細胞を構成するキチンやクチクラなどを消化管の中で酵素によって消化し、成長などの生命活動に利用します。
■オスに大きな角があるのは餌と関係している
カブトムシにあって他のほとんどの昆虫にない特徴の一つは、言うまでもなく、オスの大きな角です。彼らが角を持つ理由は、彼らの餌と関係があります。カブトムシやクワガタムシなどを採るために私たちが広大な林の中から良い樹液場を探すのは苦労しますが、いくら虫たちが優れた嗅覚を持っているとはいえ、彼らにとっても餌場を見つけ出すのは容易ではありません。
たくさんの木があっても、樹液の出る木はわずかにしか存在しません。樹液場は餌場であるだけでなく、オスとメスの出会いの場でもあります。そのため、樹液場には多くのカブトムシが群がることになります。オスはせっかく見つけた餌場やメスを勝ち取るために、他のオスと戦う必要があります。
■日本のカブトムシが使う“必勝法”
けんかの際は、大きな武器を持つオスほど勝率が高く、結果的に多くのメスと交尾し、多くの子を残すことができます。カブトムシやクワガタムシのみならず、ヤセバエやケシキスイなど、樹液場に来る昆虫の多くが武器を持っているのは偶然ではありません。どの種類も、貴重な餌場を勝ち取るために、ライバルと戦うための武器を進化させてきたのです。
カブトムシのけんかをよく観察してみてください。最初にオスは必ず相手の体の下に角を入れようとします。相手を木の幹からすくい上げ、引きはがすためです。相手も引きはがされないように、頭部を下げて応戦します。しかし、一瞬の隙を突き、相手の体の下に角を挿入するやいなや、勢いよく頭部を後方にひねり、相手を投げ飛ばします。
このように、瞬間的な爆発力で相手を投げ飛ばすようなけんかのスタイルは、ヘラクレスオオカブトなどの外国のカブトムシにはあまり見られません。熊手のような形をした日本のカブトムシのオスの頭部の角は、そのような戦いにもってこいの形をしていることから、けんかの様式と角の形はリンクして進化してきたと考えられます。
■「カブトムシ対クワガタムシ」は自然にはない
ところで、図鑑などには、カブトムシがクワガタムシを投げ飛ばしている写真や絵がよく登場します。私も子どもの頃に、カブトムシをノコギリクワガタなどのクワガタムシと対戦させて遊んだことがあります。しかし、本来カブトムシの角はクワガタムシなどの他の昆虫を投げ飛ばすためのものではありません。あくまでも、同種のオスを打ち負かすために進化してきた武器です。
そもそもカブトムシとクワガタムシの活動のピークのシーズンはずれているため(クワガタムシがカブトムシを避けるためと言われています。Hongo 2014)、両者が野外で出会う機会は、カブトムシのオスどうしが出会う機会に比べれば多くありません。そのため、クワガタムシvsカブトムシのような異種間対決は、最強の昆虫を決めたい子どもにとって夢がありますが、進化という視点に立つと、残念ながらそれほど意味のある実験とは言えません。
それよりも、同種どうしが対決したときの行動を観察する方が、武器の進化について多くの情報が得られるはずです。
■なぜメスのカブトムシには角がないのか
ここで、カブトムシはなぜオスしか角を持たないのか疑問に思う人もいるかもしれません。メスどうしが樹液場で頭部を押し合いけんかするシーンを見かけることがあるので、メスが角を進化させても良さそうに思えます。
しかし、カブトムシだけでなくクワガタムシやシカ、カニなど、他の動物を見ても、より大きな武器を発達させているのはメスではなくオスの方です。これには、武器を作るコストが関わっています。
けんかに勝つためには大きな武器が必要ですが、それを作るためには多くのエネルギーが必要です。メスが大きな武器を作ろうとすると、繁殖に割くエネルギーが目減りし、産卵数が減ることになります。そうなると、自分の遺伝子を残すうえで不利になります。一方、精子は卵よりも“安価”に生産できます。
また、たとえ作れる精子の数が少々減ったとしても、大きい武器を持てば、オスはより多くのメスと交尾できる可能性が高まります。メスは交尾相手の数が増えても産卵数は増えませんが(そもそもカブトムシのメスは一度しか交尾しません)、オスは、交尾相手の数が増えれば増えるほど、残せる子の数が増えてゆきます。
つまり、オスは、大きい角を持つことで、それを作るためのコストを上回る利益が得られます。これこそが、多くの動物で、オスの方がより発達した武器を進化させた理由です。
■カブトムシのメスは生涯に一度しか交尾をしない
カブトムシの形態のほかのユニークな特徴として、オスの方がメスよりも大きな体を持つことが挙げられます。これは昆虫としては例外的であり、他の多くの種では、多くの卵を産むためにメスの方が大きな体を進化させています。
カブトムシの場合、オスの大きな体は、角と同様、他のオスとのけんかを通して進化してきたと考えられています。けんかに勝つためには大きな武器を持つだけでは十分ではなく、それを使いこなすためのパワーが必要になります。そのため、大きな武器と連動して、大きな体が進化してきたと考えられます。
カブトムシの配偶行動はユニークで、謎に満ちています。特に興味深いのは、メスが生涯に一度しか交尾をしないという点です。
ほとんどの昆虫のメスは生涯に複数のオスと交尾をします。しかし、カブトムシのメスは、一度目の交尾を終えるとその直後から、オスがどんなに求愛してきても、かたくなに交尾を拒否し続けます。
オスは交尾の際に、精包とよばれる、米粒ほどの大きさのカプセルを、メスの体内に送り込みます。精包を受け取ったことがきっかけとなり、メスはオスを拒否するようになるようです。しかし、なぜカブトムシがこのような特殊な性質を進化させたのかは分かっていません。
■日本のカブトムシにしかない例外的な特徴
じつは、海外の大型の種を含め、カブトムシの仲間の他の種の多くは、メスが生涯に複数のオスと交尾します。つまり、日本のカブトムシが例外なのです。
カブトムシのオスは、目の前にいるメスが交尾を終えているかが分からないようで、いくら拒否されても、メスの体の上に乗り、求愛を続けます。求愛中のオスは腹部(あるいは後翅)と前翅をこすり合わせて独特の歌を奏でます。その音はかなり大きく、私は夜の森で、この音を頼りにカブトムシを探すこともあるほどです。
しかし、どれほど長い時間オスが求愛歌をメスに聞かせても、メスの気が変わることはめったにありません。そのため、何のためにオスはこのような求愛行動を進化させてきたのかは大きな謎です。私たちの研究室では、この謎を解明すべく、調査を進めています。
今後の研究の進展にご期待ください。
----------
小島 渉(こじま・わたる)
山口大学理学部 講師
1985年生まれ。2013年に東京大学大学院農学生命科学研究科で博士(農学)を取得。その後、日本学術振興会特別研究員を経て、現職。著書に『わたしのカブトムシ研究』(さえら書房)、『不思議だらけ カブトムシ図鑑』(彩図社)、『カブトムシの謎をとく』(ちくまプリマー新書)がある。
----------
(山口大学理学部 講師 小島 渉)