実戦経験がないといわれる自衛隊ですが、海上自衛隊の「掃海隊」は例外に数えられるかもしれません。彼らの任務のひとつが「機雷処理」、ともすれば生命の危険にさらされる、太平洋戦争の後片付けという「実戦」を、長年続けてきました。

日本の息の根を止めた「飢餓作戦」と後片づけ

 海上自衛隊には、おもに機雷戦を遂行する「掃海隊群」という部隊があります。その任務のひとつが「対機雷戦」で、すなわち港湾や海峡などに敷設された敵の機雷の除去、処分などを実施するものです。同部隊のルーツは、終戦直後にさかのぼります。


2019年12月12日に進水したあわじ型掃海艦「えたじま」。2021年3月就役予定。進水直後でマストなどの艤装はこれから(2019年12月12日、月刊PANZER編集部撮影)。

 太平洋戦争末期、日本はB-29の空襲で苦しめられますが、B-29は都市に爆弾を落としただけでなく、海にも機雷をばらまきました。「機雷」とは水中に敷設され、船が接触、あるいは接近すると爆発する兵器で、海軍の活動はもちろん、あらゆる船は移動すらままならなくなります。日本は四方を海に囲まれた島国ですから流通は滞り、物資不足が深刻になりました。これがアメリカ軍の「飢餓作戦」です。

 この機雷散布が、日本降伏の決定打になったともいわれています。アメリカ軍は都市を空襲するよりB-29の損害も少なく、潜水艦戦のように高価な魚雷も使わない、コストパフォーマンスの高い作戦だったと評価しています。

 機雷は安価ですが、軍艦も民間船も関係なく、触雷すれば大型船でも大きな被害を受ける可能性があります。その海域に「あるかもしれない」と思わせるだけで行動を制限できる心理兵器でもあり、厄介者です。

 終戦後、機雷の後片づけが問題になります。日本近海には、日本海軍が防衛のために敷設した機雷5万5347個と、アメリカ軍がB-29および潜水艦で敷設した機雷6546個(海上自衛隊 掃海隊群が公開している資料で、掃海OB等の集い 世話人会 編『航路啓開史』による)が残っていました(戦時中、アメリカ軍が敷設した機雷は1万703個で、これを終戦までに日本海軍が掃海ないし陸上処分したもの、あるいは自爆、誘爆、触雷したものが計4157個、終戦後に残ったのは6546個とされる)。

終戦後も「掃海隊の実戦」は終わらず

 1945(昭和20)年9月18日には、海軍省軍務局に早くも掃海部が置かれます。「掃海隊の実戦」は、終戦後も続いていたのです。

 1948(昭和23)年1月1日より運輸省に移管され、5月から海上保安庁が旧日本海軍艦艇を使って掃海を実施します。旧海軍時代から引き継がれた掃海技術は優秀で、朝鮮戦争が勃発した1950(昭和25)年10月には国連軍の指揮下で、秘密裡に特別掃海隊が編成されて朝鮮半島周辺海域の掃海作業を実施、危険な作業で多くの殉職者を出しています。2019年現在でも毎年5月に、香川県の金毘羅宮で海上自衛隊も参加して、掃海隊殉職者慰霊祭が実施されています。


防衛省が2018年に発表した機雷処理に関する資料。それまでのおよそ半世紀のあいだ、機雷処理のなかった年はわずか2年のみ(画像:防衛省統合幕僚監部)

 1954(昭和29)年7月1日、海上自衛隊が発足し、10月1日付で掃海隊も防衛庁長官直轄部隊として編制されますが、掃海隊は海上自衛隊の中でも独自の歴史を持っています。

 戦後70年以上経過した現在でも機雷は見つかっており、2018年4月20日付で防衛省統合幕僚監部が発表した資料によると、2017度に処理した機雷は12個、処理重量は約1.8tでした。

掃海隊の鉄則 とにかく鉄や磁気はダメ!

 掃海隊は歴史だけでなく、隊内風土も独特です。磁気起爆式機雷が怖いので、掃海艇は鉄や磁気をとにかく気にします。そのため、かつて掃海艇の船体は木造でした。しかし木造の掃海艇は建造、維持コストが高く、メンテナンスも大変です。外板はよく壊れるといい、壊れることが前提で2重構造になっています。経年すると雨漏りもしました。

 やがて木工職人も居なくなり、2012(平成24)年から就役したえのしま型掃海艇以降、船体はFRP(繊維強化プラスチック)製となりました。木造のひらしま型とFRPのえのしま型の基準排水量は同じですが、全長は「えのしま」の方が約6m長くなっています。そもそも木造船は重く、FRPは軽いので同じトン数でも船は大きくなり、船内の広さも違っています。


掃海艇「みやじま」の艦内天井部分、木製梁をボルトとナットで固定している。昔の木造建築物にも見られる構造(2019年12月17日、月刊PANZER編集部撮影)。

 船体だけでなく、乗員が持ち込む物品にも気を使います。缶詰や缶ジュースなども持ち込み禁止です。機雷はダイバーが潜って直接、処理することもありますが、うっかり「ピップエレキバン」のような磁気治療器を体に貼ったままだと、その程度の磁気にすら磁気機雷が反応してしまうこともあるそうです。

一般の艦艇とは運動性とスケール感覚が違う

 掃海艇におけるスケール感は、一般の艦艇とは異なるものです。「スケール感の違い」とは、単に掃海艇が小さいということではなく、掃海作業のためには細かく操舵しなければならないことによるものです。

 ヘリコプターには、空中の一定の位置に留まる「ホバリング」という飛び方がありますが、掃海艇にも作業のため一定の場所に留まるホバリング能力が求められます。

「おもかじいっぱい」の「いっぱい」は、一般艦なら舵角約30度、舵を利かせるには6ノット(約11km/h)程度の速度が必要ですが、掃海艇での「いっぱい」は舵角約70度、1ノット(約1.8km/h)でも有効です。操舵感覚は、一般艦の場合10m単位のところを掃海艇は0.1m単位と、2けた違う感覚だといわれます。

 この運動性の良さが掃海艇の特徴であり、狭い海域にも入っていけるメリットは災害派遣にも生かされているといいます。


木造のすがしま型掃海艇「あいしま」(手前)と「みやじま」(2019年12月18日、月刊PANZER編集部撮影)。

 独特の風土を持つ掃海隊ですが、海上自衛隊の任務増加にともない、掃海隊も海上監視など本務ではない任務をこなさなければならない場面も多く、艦艇不足のなかでこれほど個性的な単能(多用途ではない)艦艇が必要なのかという指摘が出てきています。掃海システムの進歩もあり、掃海任務にも新型護衛艦「FFM」を使おうという案もあります。

 2020年度予算案では、あわじ型掃海艦4番艦の建造費(126億円)が要求に盛り込まれていますが、「掃海艦」という艦種が残っていくかは予断を許しません。

 機雷は「あるかもしれない」と思わせるだけでも「風評被害」が発生します。「機雷はありません」と、安心と安全を保障できる掃海部隊が存在するだけでも意味があります。そして令和の時代にも、太平洋戦争の後片づけである“実戦”がまだ続いていることも事実です。

※一部修正しました(1月31日12時00分)。