又吉直樹原作ドラマ「火花」5話。 言いたいだけの「鬼まんま」

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又吉直樹作、第153回芥川賞受賞作品「火花」。


神谷(波岡一喜)は、師匠としてなのか徳永(林遣都)に毎回独自のお笑い論を語っている。今回もいくつかあったが、気になったのは「自分はこうあるべきやっていう基準があるやつも、結局は自分のモノマネ」というもの。

これは「自分らしさ」というものに捉われ過ぎると、結局自分を見失ってしまうということだろう。しかし、この言葉、神谷からのSOSにも聞こえる。

てきとうにボケるからツッコンでくれ



ライブが始まる直前、神谷は徳永の前で相方の大林(とろサーモン・村田秀亮)にネタを変えると言いだす。「てきとうにボケるからツッコンでくれ」。まるでアドリブで漫才をするかのような口ブリだ。しかし、実際に変えたのかどうかはわからないが、披露したのは前回ライブで見せていたネタだった。アドリブがあったかはさておき、少なくともてきとうにボケたものではなさそうだった。これを後にメールで「舐められたくなくてネタ変えた」と、徳永に明かしている。

神谷は神谷の自分らしさを一番評価してくれる徳永の前で、一番自分らしい破天荒振りを無理に見せつけようとしてしまったのではないだろうか。徳永の期待に応えようと、“自分はこうあるべきだ”という基準にしたがって動いてしまったのだ。

あほんだらの客投票の結果は4位、客にも楽屋の芸人にもウケたものの優勝を逃してしまう。6位だった徳永には勝ったが、神谷はバツが悪かったのか、珍しく飲みに誘うことはなかった。

別日、神谷は銀髪にした徳永に前述したお笑い論を説いた。それに対して徳永はベージュのコーデュロイパンツは、“縦縞でスリムに見せるはずのコーデュロイパンツなのに、膨張色のベージュは成立していない”という説を唱えだす。これは徳永なりに個性ついて考える上で大切な説だった。さらに話は小学生時代に担任の先生が履いていたコーデュロイパンツにまで遡る。みんなはダサいダサいと囃し立てるが、徳永はそうは思わなかった。そして高校時代、世間ではコーデュロイパンツブームが到来。昔、コーデュロイパンツを扱き下ろしていた連中がみんなしてベージュのコーデュロイパンツを履いていたのだ。これがどうしても徳永は腑に落ちない。

しかし、あまりにベージュのコーデュロイパンツ、ベージュのコーデュロイパンツしつこい徳永に、神谷は「ベージュのコーデュロイパンツって言うのが気持ちよくなったやろ!」と、笑いのニュアンスを残しつつも怒り気味で話を遮ってしまう。二人が最初に出会った時、神谷は「なんでも思いついた事を言っていい」と徳永に伝えていた。初めて徳永の言葉に神谷は拒否反応を示した瞬間だった。その後、徳永は神谷の家でベージュのコーデュロイパンツを発見してしまう。

徳永にとって神谷は面白くて、恰好良くて、何でも話せて、全てを受け入れてくれる自分の物差しで測る事のできない男だった。しかし、神谷も普通の人間だったのだ。自分の理想を押し付けてしまっていた事を、ここで徳永は知ったのかもしれない。

なんだかわからない鬼まんま



真樹(門脇麦)と三人で鍋を囲んでいると、シメは何にするかという話題になる。そこで神谷は“鬼まんま”と答えた。この鬼まんまがわからない。調べてもよくわからない。得体の知れない鍋のシメ、鬼まんま。これが意外にも今話を綺麗にシメることになる。

「美味しいよ鬼まんま」「どこで食うてもおなじやけどな、鬼まんま」「美味しいですね、鬼まんま」「うん、うまいな鬼まんま」「私食べちゃおう鬼まんま」「やっぱりうまいな鬼まんま」「うーん美味しい鬼まんま」「鬼まんま鬼まんま鬼まんま鬼まんま鬼まんま…」

おそらく鬼まんまは三人の造語でただの雑炊の事だ。そして三人ははただ鬼まんまと言いたいだけった。ベージュのコーデュロイパンツを言いたいだけの徳永は神谷を傷つけたが、鬼まんまは誰も傷つけなかった。

(沢野奈津夫)