12月29日、31日の両日に開催される総合格闘技イベント「RIZIN」には、新生K-1を背負うふたりのファイターも登場する。現−55kg王者の武尊(たける/24歳)と、かつて「魔裟斗二世」の異名をとったHIROYA(23歳)だ。

 新生K-1は昨年11月に旗揚げされ、軽中量級を中心とした強豪日本人ファイターの活躍で、これまで開催した6大会はすべて超満員を記録している。武尊(31日出場)とHIROYA(29日出場)は、大晦日の大舞台に「K」の文字を刻むことができるか――。

 2014年大晦日、武尊は同い年の親友とともに山梨県の竜ヶ岳に登った。その山頂から富士山と初日の出が重なる神秘的な景色――ダイヤモンド富士を拝むためだ。

「今まで年末年始に登山なんかしたことはなかったけど、2015年を勝負の年にしたかったのでトライしてみました。ちゃんとした山の装備をして行かなかったので凍傷になりかけたけど、本当に登ってよかった」

 それからずっと、自ら撮ったダイヤモンド富士の写真を携帯の待ち受け画面に設定している。眺めているだけで力が湧き出てくる不思議。今年4月19日には K-1−55kg初代王座決定トーナメントで優勝し、11月21日にはフランスの強豪チャールズ・ボンジョバーニを迎え逆転KOで王座初防衛に成功した。

「ダイヤモンド富士を見たおかげで、今年1年勝ち続けることができたような気がする」

 しかし、それだけ活躍してもまだ暴れ足りないというのが本音だった。だからこそRIZINから試合のオファーをもらったとき、武尊は「やっと来たか」と身を乗り出した。参戦の理由はもうひとつある。年末の格闘技イベントには少年時代の夢が詰まっていたのだ。

「ひと言で表すと、大晦日の格闘技イベントはお祭りというかオールスター戦みたいな感じ。1年の集大成というか、それを見ないと年を越せないみたいな感じでした。どの大会も印象に残っているけど、特に白熱したのは(2004年大晦日、大阪ドームで行なわれた)魔裟斗選手とKID選手(山本"KID"徳郁)の一戦ですね。まだ中学生だったので、地元(鳥取県米子市)でのテレビ観戦だったけど興奮しましたね」

 約5万3000名もの大観衆を集め、NHK紅白歌合戦の裏番組としては初めて平均視聴率20%を超えた番組を見ながら、武尊はこの舞台に自分も立つと心に誓った。

「すでに格闘家になることを決めていた自分にとって、その決意は大きなモチベーションのひとつになっていましたね」

 夢を淡い思い出に終わらせないだけのポテンシャルを武尊は持ち合わせていた。2011年9月のデビュー以来、軽量級とは思えぬ強打を武器に連戦連勝をマーク。立ち技格闘技イベント「Krush」の第一線に浮上するのに時間はかからなかった。

 大晦日の試合は立ち技に限定されたK-1ルールで行なわれるが、このRIZINはMMA(総合格闘技)を軸としたイベントである。不安はないのかというこちらの問いかけを武尊は一笑に付した。

「ほかの試合も面白いと思うけど、僕が出たらもっと盛り上げられるという気持ちのほうが強い」

 RIZINには体重233kgの曙を筆頭にスーパーヘビー級のファイターが目白押しながら、現在55kg級を主戦場とする武尊は「体重なんて関係ない」と断言した。

「記者会見で僕の席は曙選手の隣だったんだけど、僕の4倍くらいありましたね(苦笑)。でも、闘いは体の大小に関係なく、気持ちで表現するもの。軽量級の試合は大会場では映えないとか、そのよさが伝わらないという人もいるけど、そんなことは絶対にない」

 常に「壊すか壊されるか」という危険な距離で闘い、実際にKOを量産してきた武尊の言葉は説得力十分だ。KO勝ちしたらコーナーの最上段から魅せるムーンサルトを楽しみにするファンも増えてきた。

「31日のRIZINでK-1は1試合しかないけど、総合格闘技の付属品だとは思っていない。今回の僕には『RIZINを食う』というテーマがある。見てもらえたら、僕とK-1の魅力は絶対に伝わりますよ!」

 今回武尊と対戦するのはヤン・ミン。ここ数年、格闘技ブームに沸く中国で際立った活躍を見せるキックボクサーだ。ミンの試合映像を目の当たりにした武尊も、そのポテンシャルの高さを評価する。

「今までやった選手の中で一番アグレッシブなんじゃないですかね。それだけガツガツ来るイメージがあるけど、僕もそうなので噛み合うんじゃないかと思います。気は抜けないけど、1R以内に終わりますよ」

 未来しか見ていない武尊とは対照的に、29日に出場するHIROYAはオファーを受けた当時、少々複雑な思いを抱いていたという。かつて「K-1甲子園」のヒーローとして世の中を沸かせたHIROYAは、大晦日のイベントにも2007年から3年連続出場した経験を持つ。だが、その話を振ると、HIROYAは複雑な表情を浮かべながら口を開いた。

「あの頃はなんていうんですかね。昔の思い出じゃないけど、自分にとっては高校時代を振り返って、あんなこともあったなというレベルなので、また今とは違いますね」

「魔裟斗二世」と呼ばれた輝かしき時代、HIROYAは紛れもなく次世代のスターとして期待されていた。タイ・バンコクのジムに住み込みながらインターナショナルハイスクールに通い始めると、第二のHIROYAを目指す日本人の少年たちが何人も現地に訪れたほどだ。

 しかし旧K-1が活動を停止すると、HIROYAは行く手を阻まれた。2010年の試合数はわずかひとつ。時代の荒波がスター候補生を呑み込んだ。

「(自分は)いい状態なのに試合ができない。やりたいという思いが募りましたね」

 その後は順風満帆とは言い難い。2011年からKrushを主戦場にし、昨年3月に−65kg王座を奪取するも、初防衛に失敗して現在は丸腰だ。試合内容を評価されることはあっても、大一番で白星に結びつかない。新生K-1では今年4月19日、武尊とともにK-1の顔になりつつある木村"フィリップ"ミノルに1RKOで敗れた。「引退」の二文字が脳裏をかすめた。HIROYAは、それから3、4ヵ月は練習らしい練習をしなかったと打ち明ける。

「それまで試合のない時期だと78kgくらいまで体重が増えていたけど、その時は逆に体重が減ってしまったんですよ。ストレスでそうなってしまったんですかね(苦笑)」

 気を紛らすことができたのは、自ら代表を努める神奈川県相模原市のTry Hard Gymがあったからだろう。

「どうやったら会員さんが増えるのかという方向に気持ちがいっていました。ジムを切り盛りしながら、適当に過ごしていた感じですね」

 ジムで一緒に指導をする実弟でK-1ファイターの大雅(たいが)や、トレーナーのノップことノッパデッソーンの存在も心強かった。

「大雅も強くなっているし、もっと強くなってほしいという思いもある。ノップのことはトレーナーとしてだけではなく、人間としても尊敬しているので、信頼の全てをおいている。だから、ダメになりかけても崩れないでいられたのかなと思いますね」

 12月29日のRIZINで激突する西浦"ウィッキー"聡生(あきよ)は「ROAD TO UFC JAPAN」で活躍したトリッキーなMMAファイターだ。K-1ルールでは5年前の大晦日に前WBCムエタイ世界スーパーライト級王者の大和哲也と引き分けた実績を持つ。HIROYAは、「まさか自分が対戦するとは思っていなかった」と驚きの声を上げる。

「ウィッキー選手は瞬発力があって結構危ないという印象がある。攻略しづらいタイプだとは思うけど、大雅にパートナーになってもらい、すでに対策はできています。穴(弱点)も見つかりました」

 武尊は同じK-1ファイターとしてHIROYAに「チームK-1」の結成を呼びかける。その旨を伝えると、HIROYAは「うれしい話ですね」と笑みを浮かべた。

「武尊選手は今すごい勢いで活躍しているので、僕も負けてはいられない。焦りもあるけど、気持ちを切り換えてRIZINでK-1をアピールしたい」

 やる気を取り戻してからはフィジカルの強化に務め、ボクシングジムにも通い始めた。そのせいだろうか、決戦2週間前、取材時のHIROYAはいつも以上にマッチョに映った。

「新しく生まれ変わった自分をお見せすることができるんじゃないかと思います」

 それぞれの思いを胸に秘めながら、ふたりのK-1ファイターはRIZINを食うことができるのか――。


『RIZIN FIGHTING WORLD GRAND-PRIX 2015 さいたま3DAYS』
12月29日(火)、31日(木)/さいたまスーパーアリーナ
29日は桜庭和志vs青木真也のほか、高坂剛vsジェームス・トンプソン、石井慧も出場するヘビー級トーナメント1回戦などが、31日にはエメリヤーエンコ・ヒョードルvsシング・心・ジャディブ、曙vsボブ・サップ、バルト(元大関・把瑠都)vsジェロム・レ・バンナ、山本アーセンvsクロン・グレイシー、ヘビー級トーナメント準決勝・決勝などが行なわれる。

布施鋼治●文 text by Fuse Koji