NPBをめぐるWBCの問題はひとまず決着がついた。WBCを運営するWBCIも正直なところ、胸をなでおろしているに違いない。何といってもNPBはたくさんスポンサーを集めてくれる上に、選手たちは怪我も顧みず一生懸命戦ってくれるのだ。こんなにありがたいお客さんはいない。

笑えない冗談はさておき、WBCIに出資するMLBはNPBのことをどう思っているのだろうか。

アメリカ国内にはいわゆる4大スポーツがある。MLB、NFL、MBA、NHLの4つだ。一番の老舗はMLBだが、人気面ではNFLの後塵を拝している。4つの団体は試合興行による入場料収入、放映権収入、ライセンス収入からなる、ほぼ同じようなビジネスモデルを持っている。アメリカ国内市場は、こうしたプロスポーツ団体によるシェア争いが続いており、完全なレッドオーシャンとなっている。

MLBが今後も発展するためには、さらなる市場を求めて国際戦略を取らなければならないのだ。

現在のバド・セリグコミッショナーは、1992年の就任以来、エキスパンション、リーグ再編、ポストシーズン枠の拡大などの大胆な施策を次々と打ち出して、ストライキ以降沈滞気味だったMLBを活性化させた。これによって、MLBは空前の経済的繁栄がもたらされた。やり手なのだ。

しかし、飽和したアメリカ国内市場を考えるときに、中長期的には国際戦略は必然的だ。

MLBの国際戦略は大きく二つに分かれている。

まずは「野球未開国」へのアプローチ。

MLBは、ヨーロッパやオーストラリア、(日本、韓国、台湾以外の)アジア圏などに用具を寄付し、グランドを造成し、指導者を派遣して野球を根付かせてきた。すでにこの試みは20年に及んでいる。ようやく、各地に野球が根付いてきた。ヨーロッパにもプロリーグが生まれたし、オーストラリアにもMLB傘下のリーグが動き出した。人気も徐々に高まりつつある。

そして「野球が定着しているが、MLB傘下ではない地域」へのアプローチ
日本、韓国、台湾という国、地域では野球はトップクラスの人気を誇っている。観客動員も多く、ビジネスとしても成熟している。MLBは、こうした国に対しては業務提携を強化するとともに、ゆるやかにMLB傘下に引き込もうとしている。ここ20年、NPBからMLBへの人材流出が続き、結果的に両者の関係は近づいた。韓国や台湾でも同様の人材流出は続いている。

なお、すでにMLBでは、カナダ、ドミニカ、ベネズエラ、メキシコなどの国の選手が活躍しているが、こうした国は独自にトップリーグを持っているわけではなく、すでにMLBの市場に組み込まれており、これ以上の市場拡大は見込めない。今回のWBCの戦略では重要視していないことと思われる。



WBCは、「野球未開国」への種まきが完了し、ある程度の芽生えが確認でき、さらに日本や韓国、台湾との距離が近まったタイミングで始動したものと思われる。

「野球未開国」に対しては華やかな国際舞台を用意することで、各国の人気をさらに盛り上げようとしている。また日本、韓国、台湾には、自分たちの国のリーグよりもさらに高いステージを用意することで、MLBのイメージアップを図り、ステータスを上げようとしている。

こういう表現をすると、MLBはあたかも帝国主義者のように思われるかもしれないが、アメリカにおけるスポーツの多くは、アマチュアリズムではなく、ビジネスマインドで運営されている。スポーツの普及とビジネス的な成功は表裏の関係にあるのだ。

ただし、MLBは、強圧的にNPBや韓国、台湾の野球を支配下に置こうとしているわけではない。業務提携をし、winwinの関係になれるのなら、その方がコストが低いと考えているはずだ。現実問題として、日本市場にMLBが割り込むのはNPBとの連携、提携なくしては不可能に近い。

ビジネスの常として、MLB側はWBC運営に際してかなり強気なオファーをした。そこに根拠がないわけではないが、望みうる最大のリターンを画策したのは事実だ。しかし、交渉相手がそれに不満があるなら、堂々とネゴシエーションをすればよかったのだ。

アメリカのスポーツビジネスの世界では、選手とチーム、チーム同士、チームとスポンサーなどの間でシビアな交渉が行われている。主張に根拠があって納得できるなら、折り合いをつけることは可能だったはずだ。

しかし、NPB側は、まともな交渉相手ではなかった。MLB側が一歩も引かなかったのは、既得権を保持したかったからではあるが、同時にろくなネゴシエーションもしなかった相手には、譲歩する必要を感じなかったからだろう。

NPB側は勝手にMLBに気を使って、選手を説得したり、せせこましい金策をしたりした。物分かりの良い交渉相手ではあるが、MLBの世界戦略のパートナーになるには、あまりにも幼稚だと感じているはずである。

MLBの世界戦略にとっての課題の一つは、各球団のオーナーが今一つ世界戦略に協力的でないことだ。彼らにしてみれば、自分たちの資産である選手を勝手に使われて、怪我のリスクに対してもわずかな補償しかない。非協力的になるのも当然だ。セリグコミッショナーは、近い将来、MLB球団オーナーに、世界には豊かな市場が広がっていることを示さなければならない。ヨーロッパのサッカーのように、リーグ戦と代表戦が等価だという意識を根付かせなければならない。

もう一つの課題は、恐らくは世界戦略を展開するうえで、信頼できるパートナーがいないことだろう。NPBがもっとしっかりしていたなら、極東エリアを一つの市場にまとめて、MLBとともにシェアすることも可能だったのではないかと思う。事実NPBはアジアシリーズを企画した。しかしわずか数年で投げだしてしまったのだ。MLBはWBCをめぐるNPBとの交渉で、NPBが頼りなかったことを、むしろ残念に思っているのではないかと思う。

WBCの開催が決まったことは喜ばしいが、MLBは日本、韓国、台湾よりも、その他の新興国に期待をかけていると思われる。実力も市場もまだ小さいが、そこにスポーツビジネスの華を根付かせようと真剣に考えているはずである。

日本、NPBがビジネスベースでまともな交渉相手にならなければ、単なる金主にすぎなくなる。WBCの回を重ねるうちに、ステータスは下がっていくものと思われる。アメリカとともにリーダーシップを取るためにも、真剣に体質改善に取り組んでほしいと思う。