楽天安樂智大(あんらく・ともひろ)が、昨季、繰り返し述べていた言葉がある。

「今年は何も仕事ができていないんで……」

 2017年は、開幕直前に右太もも裏を故障したことで大幅に出遅れ、登板はわずか10試合。1勝5敗、防御率4.06と成績も伸び悩んだ。安樂の口から、負の感情が漏れてしまうのも無理はなかった。


昨シーズン、わずか1勝に終わった安樂智大

 自分への期待が高かったが故(ゆえ)に、厳しい現実とのギャップを埋め切れずにいた。おそらく、安樂にとって、もどかしさを抱えながら過ごした1年だったはずだ。

 昨年は、安樂が飛躍を遂げる1年となるはずだった。2016年は8月から先発ローテーションに定着。そこからシーズン終了まで3勝、防御率2.35と、翌年へ向けたステップアップとしては、十分なパフォーマンスを披露した。自分への期待感は間違いなくあった。それは、当時の安樂の言葉からも窺(うかが)える。

「後半戦は長いイニングを投げてゲームをつくれましたし、相手としっかり勝負できたんで、すごく自信にはなりました。でも正直、1年間、投げ切ったわけではないので『過信はしたくない』って思いが強くて……。次の年が大事だと思っていますし、『絶対にできる』『2ケタ勝利するんだ』という強い気持ちを持って練習していきたいですね」

 安樂という選手をひと言で述べるのであれば、「練習の虫」である。妥協しない、ストイックとも表現できるだろう。

 制球力を高めるために、投球フォームを細かくチェックしながらコースごとへの投げ込みを入念に行なう。強いストレートを投げるための筋力アップを図るべく、ウエイトトレーニングも欠かさない。そして、食生活からコンディショニングも徹底するようになり、個人的に栄養士と契約するなど、栄養管理にも意識を注ぐようにもなった。

 大きなエンジンを携(たずさ)え、それを自在にコントロールできるようにする。昨年の春、安樂はその目的を明確にしていた。

「車に例えれば、エンジンは大きくなったと思います。オフにそれだけの体づくりをしてきましたし、あとはそれを自在に操れるかどうかは、ドライバーである自分の技量というか。そのために、投球術とかを高めていかないといけないなと思っています」

 オープン戦ではひと回り成長した姿があった。とりわけ、3月18日のヤクルト戦では、ストレートが走らず、変化球も浮き気味だったもののコースを丁寧に攻め、打たせて取る投球で6回無失点。オープン戦2試合で防御率2.45と結果を残し、開幕ローテーションの座を勝ち取った。

 安樂が目標に掲げていた2ケタ勝利。誰もがそれを信じて疑わないほど、順調な仕上がりを見せていたのである。

 ただひとつ、誤算があったとすれば、自身では初めてとなる開幕ローテーションに加わるため、春季キャンプからノンストップで駆け抜けたことだった。

 目標を達成するため、ストイックなまでにトレーニングに励んだ。体のいたる箇所に張りを感じながらも、自身を追い込んだ。「開幕したら調整が多くなる。その時になったら、ケアをしていこう」と算段をつけていたが、その前に体が悲鳴を上げてしまった。

 右大腿二頭筋部分損傷で全治8週間。セカンドオピニオンでも診断結果は変わらないほどの重症を負ってしまった。「もっと自分の体に気を配るべきでした」。安樂は自分の脇の甘さを正直に認めた。

 周囲の非難めいた声が脳裏によみがえる。

「投げ込みをしすぎるとケガをする」
「ウエイトのやりすぎなんじゃないか」

 高校時代から肩やひじを故障する度に、そんな声が耳に入ってきた。今でも過度な練習を指摘する人間はいる。

 けど――。達観したような表情を浮かべながら、安樂は持論を述べていた。

「僕は『言われても仕方がない』と受け止めています。結果が出ない以上は言われるもんだと思っていますし、成績を残せれば誰ひとり文句を言わないと思うんで……。『自分はこれをやる!』と信じて積み重ねてきているものを変える気はまったくないですね」

 だが、結果的にこの故障が、昨年の安樂のすべてとなってしまった。

 6月に復帰を果たしたが、オープン戦まで見せていた安定感と余裕がない。抑えよう、強い真っすぐを投げよう……そう思えば思うほど力んでしまう。外角を狙ったはずのボールが甘いコースにいき、痛打される。安樂本来の、制球力を生かした投球が影をひそめる。

 チームは首位を争い、先発投手陣も駒が揃ってきた。なにより、高卒ルーキーの藤平尚真が後半戦から先発ローテーションに加わり、それこそ2016年の安樂のように躍動した。

 焦燥感――安樂は、それを制御することができなかったと言う。

「チームの調子がいいなかで、自分がその場にいない悔しさはもちろんありましたし、気持ちの部分での焦りが一番大きかったと思います。そのせいでフォームを崩してしまい、技術的な部分にも表れてしまった」

 2ケタ勝利を至上命題として臨んだ昨季は、開幕前の故障によって安樂の思い描いた結果を狂わせてしまったのかもしれない。

 だが、それを経験できたことは、安樂にとって大きな財産でもある。初めての開幕ローテーションを目指したなかでの故障、復帰後のパフォーマンスの低調。もどかしさと向き合った1年は決して無駄にはならない。

 故障明け、安樂はこんなことを言っていた。

「前までの自分でいたくないというか。そのままでいたら、なんの進歩もないじゃないですか。今までやってきたトレーニングは継続してやるなかで、自分に足りないものを見つめ直して取り組んでいきたいですね。1日、1球を無駄にしないように」

 オフには、体脂肪率を考慮した上での肉体改造に着手するなど、新たな自分の構築に向けスタートを切った。苦しんだ3年目を受け入れ、4年目の今年への糧とする。その先にある成果を得るために、安樂は妥協せず、今日も自分を追い込む。

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