経路依存性とは、もともとはW・ブライアン・アーサーらによって展開された収穫逓増経済の理論における“自己強化メカニズム”の一部になる。収穫逓増とは、経済学が前提にする収穫逓減とは真逆で、投じられた資本や技術からの単位当たり収穫(利益)が増加していくメカニズムになる。
 アーサーは収穫逓増という、一種の自己強化メカニズムの特質の一つとして、経路依存性について、
 「小さな出来事や偶然により決まった初期のマーケットシェアが、その後も支配的になること」
 と、説明している。

 もっとも、経路依存性は企業のマーケットシェアの継続性のみならず、政治プロセスにおいても多々見られる現象である。
 何らかの理由で、一旦、政治的な路線が決まる。その後、その路線が固定化されてしまい、さらに「人々がそのルートに沿って行動する」ようになり、特定の路線がひたすら強化されていく。

 もちろん、決定された政治的なルートが「経世済民」に即しているならば、放置しておいても構わない。とはいえ、少なくとも昨今、話題になっている「プライマリーバランス(基礎的財政収支、以下PB)黒字化目標」は、日本国にとって間違った路線だ。それにもかかわらず、多くの政治家や官僚、財界人、学者が「PB黒字化」路線に固執する。
 彼らにとって、重要なのは「事前に決められている」PB黒字化という経路を進むことなのだ。なぜ、彼らが執拗にPB黒字化を主張するのか。過去に、PB黒字化の経路を歩いてきたためだ。さらに彼らがその経路を進むことで、経路依存性がより一層、深刻化していくわけである。

 PB黒字化論者にとって、
 「財政健全化の定義は、政府の負債対GDP比率の低下であり、PBは負債対GDP比率を決定する一要因にすぎない」
 「PB黒字化路線に固執すると、日本経済がデフレ化し、かえってPB赤字を拡大する可能性がある」
 「そもそも、政府の負債が100%日本円建てで、日本政府の子会社の日本銀行が大量に国債を買っている以上、財政健全化はすでに達成されている」
 といった“事実”は、非常に都合が悪い。
 というわけで、PB黒字化論者はこれらの事実からは目を背け、「PB黒字化が正しいのだ」という理論を懸命に見つけ出そうとする。いわゆる、認知的不協和に陥ってしまうわけである。

 もっとも、最近はPB黒字化目標のナンセンスさが知れ渡りつつあるため、
 「とにもかくにも、PB黒字化するしかない」
 といった理論なしの「経路最優先」の発言が、財務省派の要人から聞こえ始めている。自民党の緊縮財政派筆頭である野田毅衆議院議員は、財務省肝いりの「財政・金融・社会保障制度に関する勉強会」(5月16日)において、
 「財政破綻の足音が聞こえてきている」
 と発言。
 政府の負債が100%日本円建てであり、長期金利が0.047%の日本国において、「財政破綻の足音」が聞こえているわけだ。幻聴を聞いている、以外に表現のしようがない。

 一体、いかなる数値データに基づき「財政破綻の足音が聞こえてきている」のか、野田議員から一切の説明はない。ただ、自分の幻聴のみを根拠に、PB黒字化に固執する。
 別の言い方をすれば、「手段の目的化」である。
 特定の手段にこだわるあまり、それ自体が目的化してしまい、正しい解を導き出すことが不可能になる。一般の企業でも、よくある話ではあるが、政治の世界でこの手の誤謬がまん延すると、国民としてはたまったものではない。

 6月2日に発表された骨太の方針2017素案では、財政目標について、
 「基礎的財政収支(PB)を2020年度(平成32年度)までに黒字化し、同時に債務残高対GDP比の安定的な引き下げを目指す」
 と書かれている。