約10兆円の“ビットコイン遺産”がアクセス不可に? 米ジャーナリストがたどり着いた「サトシ・ナカモト=死亡説」の衝撃
〈「あなたはサトシ・ナカモトですか?」男は顔を赤らめ、思わず“自白”を…米有力紙が“ビットコイン発案者を特定”と報じた「これだけの根拠」〉から続く
暗号資産の代表、ビットコインが登場して今年で18年になる。しかし、ビットコインの生みの親、サトシ・ナカモトの正体は未だ明らかにされていない。
【画像】ニューヨーク・タイムズが「ナカモトの正体」として報じた人物
そんな謎に、4年間をかけて挑んだ2人の男がいる。ニューヨーク・タイムズのベストセラー作家でもあるジャーナリスト、ウィリアム・D・コーハン氏と、私立探偵のタイラー・マロニー氏だ。4月22日、その調査の全貌を収めたドキュメンタリー映画『サトシを探して』をオンラインで公開した。

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サトシ・ナカモトは、1人ではなかった? コーハン氏らが4年間の調査の末にたどり着いた“衝撃の結論”とは--。(全3回の3回目/最初から読む)
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オンライン上の履歴から浮上した“有力候補”
コーハン氏とマロニー氏はどのような方法で調査を行ったのか?
両氏はまず6人をナカモト候補に挙げた。キャリルー氏がナカモトと見ているアダム・バック、1990年代後半に“ビット・ゴールド”と呼ばれるビットコインの前身を生み出したニック・ザボー、ナカモトから最初にビットコインを受け取ったハル・フィニー、“デジキャッシュ”というビットコインの前身を生み出したレン・サッサマン、Microsoft Windows向けの無料オープンソースディスク暗号化ソフトウェア「E4M」を開発したポール・ル・ルー、“B-Money”というビットコインの前身を生み出したウェイ・ダイだ。6人はみな1990年代、サイファーパンクとして活発に活動していた、プライバシーや匿名性を重視するリバタリアンだ。
両氏が着目したのは、6人のオンライン上の履歴である。両氏はデータ・サイエンティストのアリッサ・ブラックバーンに依頼し、彼らのオンライン上の履歴と、ナカモトのそれを比較させたのだ。ブラックバーンは、彼らがどの時間帯で投稿し、いつマイニングを行い、どの時間帯で活動をしていないか調査した。
その結果、時間的に、ナカモトの活動履歴と合致する動きをしていたのがフィニーとサッサマンの2人だった。
「ナカモトの正体を知っている」と匂わせていた
フィニーとサッサマンがナカモトであるという説には説得力がある。というのも、両氏はともに、1990年代初頭にPGP(Pretty Good Privacy)社を設立して、政府がコントロールできない「軍事レベル」のメール暗号化技術を一般人に提供した“プライバシー保護のパイオニア”として知られるフィル・ジンマーマンの下で働いていたからだ。フィニーはPGP社で暗号化コードを書き、サッサマンは暗号化技術の論文を書いていた。そのジンマーマンは映画の中でナカモトの正体を知っていることを匂わせている。
「私がナカモトが誰なのか知っているとしても、それを私に聞いてはならない。危ないことだし、傷つく人たちが出てくるかもしれないからね」
フィニーは、2009年1月にナカモトからビットコインを受け取った最初の人物として知られている。その数年前には、ビットコインに最も近い前身であるリユーサブル・プルーフ・オブ・ワーク(RPOW)という、バック氏が生み出したプルーフ・オブ・ワーク(POW)を進化させたコードを開発していた。
当時、PGP社でフィニーの同僚だったウィル・プライスはこんな証言もしている。
「2008年10月から2009年1月までの約3カ月間、フィニーは社内業務を一切行っていませんでした」
フィニーに3カ月間の空白期間があったというのだ。ナカモトによる論文が発表されたのは2008年のハロウィンで、ビットコインのコードがリリースされたのは2009年1月9日。つまり、ホワイトペーパーの発表からコードがリリースされるまでの2カ月間は、フィニーがPGP社で業務を行っていなかった空白期間と合致しているのである。そのためプライスはフィニーがその期間、ビットコインのコードの作成に取り組んでいたのではないかと推測している。
“複数の人物から成るグループ”だった?
もっとも、これまでも“フィニー=ナカモト説”は取り沙汰されてきた。しかし、これまでその説には常に否定的な声がつきまとっていた。オンライン上の履歴によると、フィニーがサンタ・バーバラでマラソン大会に参加していた時間に、ナカモトがオンラインでメールのやりとりをしているのだ。確かに、走っている最中にネットに書き込みをするのは難しい。
しかし、ナカモトが複数の人物から成るグループだとしたら、この矛盾は解決されるのではないか? コーハン氏とマロニー氏はそう考え、フィニーの同僚だったサッサマンに注目する。つまり、フィニーが走っていてオフラインだった時、サッサマンがナカモトとしてメールのやり取りをしていたのではないかと推測しているのだ。
サッサマンはフィニー同様、匿名性とプライバシーを非常に重視し、フィニーがあまり得意ではなかった論文の執筆に長けていたという。ナカモトはイギリス英語を使うことがあったが、サッサマンもまた、時折、イギリス英語を使用し、他人の文章に細かな言語的変更を加えることで自分の身元を隠蔽する術も心得えていた。偽名を考案することにも非常に長けていたという。
このことから、コーハン氏とマロニー氏は、フィニーがビットコインのコードを書き、サッサマンがビットコインの基礎となる論文を書いた--つまり、フィニーとサッサマンの2人がナカモトだったのではないかと見ている。
二人とも既に死亡しているが…
しかし、両氏は、フィニーとサッサマンに「ナカモトなのか?」と直撃することはできなかった。
サッサマンはナカモトがネット上から姿を消してから6週間後の2011年7月、自ら命を絶ち、フィニーは2014年、難病ALSの合併症でこの世を去ったからだ。
もっとも、2010年、ALSで余命わずかだったフィニーは、ある日、PGP社のある同僚から「ナカモトなのか?」と問われてこう答えている。
「私がサトシだとしたら、否定しないよ? 致命的な病気を抱えていて、2、3年後にはこの世にいないだろうから否定するわけないよ。私はサトシではないよ」
しかし、その同僚はフィニーの答えを、否定ではなく肯定なのだと解釈している。ナカモトであるフィニーは最期まで匿名性を重視したということだろうか。
真実は遠い未来に明らかになるのか
これまで、多くのメディアにインタビューを申し込まれたものの断ってきたというフィニーの妻フランは、両氏が調査の末、フィニーがナカモトの可能性があると指摘していることに納得し、映画の最後にこう話している。
「夫がホワイトペーパーを書いたとは思いませんが、編集するのは助けていたかもしれません」
また、フィニーとサッサマンがナカモトだとしたら、ナカモトのビットコインのウォレットへのアクセスがなく、莫大な資産に誰もタッチしていないことも納得がいく。2人は亡くなったのでアクセスができないからだ。
ところで、フィニーは、1990年代に注目された“エクストロピアニズム”というトランス・ヒューマニズム運動に傾倒するエクストロピアンでもあった。“エクストロピアニズム”は、エントロピーの対として造語されたエクストロピーから派生した考え方で、知性において全潜在能力を発揮する人類を目指すことを重視している。当時、様々な分野の人々がエクストロピアンとなったが、彼らが議論していたことの一つがビットコインのような“デジタル・キャッシュ”だったという。
ドキュメンタリー映画の中には、ユナボマーことセオドア・ジョン・カジンスキーの逮捕に貢献した元FBI捜査官キャスリーン・パケットが登場し、ナカモトは「金銭に執着していない知性派」だとプロファイリングしている。このことも、エクストロピアンだったフィニーのナカモト説を示唆しているように思われる。
フィニーがナカモトであるとしたなら、その事実は、遠い未来に明らかになるのかもしれない。フィニーは、アリゾナ州にあるアルコー延命財団のメンバーでもあったからだ。同財団は、亡くなったメンバーの肉体や脳が未来のテクノロジーで再生されるよう、死後、凍結保存する活動を行っている。フィニーの脳も亡くなった直後に凍結保存された。
いつの日か蘇ったフィニーが告白する時が来るかもしれない。
「私がナカモトだったのだ」と。
(飯塚 真紀子)
