「1回10秒」で不安がスッと消える…脳神経外科医が教える「脳を安心モードに切り替える」科学的な方法
※本稿は、菅原道仁『幸せな人は「感じる脳」を持っている』(宝島社)の一部を再編集したものです。

■頭で止められない不安は身体から整える
感情は脳内だけで完結する現象ではなく、身体の状態と密接につながっています。
ですから、頭で考えても不安が止まらないときは、身体の側から「もう安全だ」という信号を返すほうが近道になることがあるのです。
たとえば、日本の思想や芸道では、まず身体のあり方が心を整えるという意味で、「心身」ではなく「身心」と捉える考え方があります。
実際、世阿弥の芸道論を「身と心」の状態を整える技法として読む研究もなされています。
そこで力を発揮するのが、呼吸と姿勢の調整です。とくに、吐く息を意識して長くする方法はとても有効な手段の一つです。
深く長く息を吐くと、副交感神経が働きやすくなり、高ぶった心拍や筋肉の緊張が鎮まりやすくなるのです。
■「吐く息」を長く保つ効果
この調整のメカニズムの中心をになっているのが、脳から心臓、肺、消化器へと伸びる迷走神経です。
迷走神経は、体内でもっとも大きな副交感神経の一つであり、その働きは第1回でも触れた、「自律神経のしなやかさの指標」である心拍変動(HRV)にも顕著に現れます。
特に「吐く息」を長く保つことは、迷走神経の活動をダイレクトに高めるスイッチになります。すると心拍を穏やかに抑制するブレーキが働き、脳と体がリラックスした状態へと導かれていくのです。
このように、理屈で「大丈夫だ」と言い聞かせても不安が収まらないときこそ、身体の側から「もう安全だ」という信号を脳に送り届けるほうが、解決が早いことがあるのです。
言葉による説得が届かないのなら、身体からの信号で脳の判断を上書きしてしまえばいいのです。
■「4秒吸い、6〜8秒吐く」を繰り返す
やり方はシンプルです。4秒かけて吸い、6〜8秒かけて細く長く吐く。これを3〜5回ほど繰り返すだけでかまいません。吸うことよりも、吐くことを少し長く丁寧にする意識が大切です。
先に述べたとおり、吐く息を長くするだけで、副交感神経が優位になり、脳は「いまはすぐに戦う場面ではない」と判断しやすくなります。
また、呼吸と並んで姿勢も、脳への重要なメッセージになります。強い不安にさらされているとき、人は無意識に身体を縮こまらせます。
肩が上がる。顎が前に出る。胸が閉じる。呼吸が浅くなる。この防御姿勢そのものが、脳に「まだ警戒中だ」という報告を送り続けてしまうのです。
だからこそ、意識して肩を落とし、顎の力を抜き、胸を少し開き、足の裏で床を感じてみてください。
縮こまった状態を少しゆるめるだけでも十分です。深く息を吐き、姿勢を整え、身体からの信号を書き換える。その小さな一歩が、感情に飲み込まれそうな自分を支える助けになります。
■都会より自然の中を歩くほうが脳にいい
さらに、「歩く」という行為も脳をリブートさせるためのきわめて強力な手段となります。

歩行のような一定のリズムでする運動は、脳内で脳由来神経栄養因子(BDNF)の分泌を促します。
BDNFは、新しい神経細胞の成長を促し、細胞同士のつながりを強化することで、脳の柔軟な書き換え(可塑性)を支える存在です。いわば、脳にとっての「肥料」のような役割を果たします。
スタンフォード大学のグレゴリー・ブラットマン博士らの実験では、90分間の散歩が脳に与える影響を、自然環境と都市環境で比較しました。
その結果、自然の中を歩いた場合、ネガティブな思考の反芻に関わる膝下前頭前野(sgPFC)の活動が低下することが示されました。都会の喧騒を離れ、自然の中を歩くだけで、心の平穏が戻ってくるのです。
とはいえ、日常生活において常に自然の中を長時間歩くことは現実的ではありませんから、もっと小さな工夫でもかまいません。
昼休みの10分間の散歩や、コンビニへのわずかな遠回り、あるいは空を仰いで街路樹の緑を視界に入れるだけでも効果はあります。
重要なのは歩く距離ではなく、刻まれるリズムそのものです。一定のテンポで刻まれる一歩一歩が、脳と身体に蓄積した緊張を静かに解きほぐしていきます。
思考だけで不安を解消できないときは、まず身体から整える。一見遠回りに見えますが、これこそが感情を安定させるための最短ルートなのです。
■頭の中のモヤモヤを体の外へ出す方法
身体から整える方法に加えて、心の内側を整理するための、もう一つのアプローチがあります。それが「書くこと」です。
感情が頭の中にあるうちは、それは実体のない霧のようなものです。輪郭がぼやけ、際限なく広がり、何が本当の問題なのかも見えてきません。その霧を体外へ放出し、形を与えるもっとも確実な方法が、文字に書き出すという行為です。
心理学者のジェームズ・ペネベイカーが提唱した「筆記開示(エクスプレッシブ・ライティング)」は、その代表的な技法です。

ルールは単純で、自分の深い感情や思考について15〜20分ほどひたすら書き綴る。これを数日間続けるだけです。
美しく書く必要も、論理的である必要もありません。誰にも見せないことを前提に、心の奥底を正直にさらけ出すことを意識してください。
書くことの最大の意義は、感情を「外在化」できることです。頭の中では巨大な一つの塊に見えていた苦悩も、紙の上に書き出してみることで、その成分が浮かび上がってきます。
怒り。悔しさ。不安。羞恥。疲労。混ざり合っていた感情が、それぞれ独立した要素として整理されていくのです。
■いま、自分にとって最も必要なことは?
この「外在化」がもたらす具体的なメリットは、主に次の三点に集約されます。
一つ目は「可視化」です。自分が何に反応しているのかが明確になります。
二つ目は「具体化」です。漠然とした苦しさが、対処可能な個別の課題へと分解されます。
三つ目は「距離化」です。感情が「自分そのもの」ではなく、「自分の前に置かれた観察対象」へと変わります。
書き方にこれといった正解はありませんが、もし何を書けばいいか迷ったときは次の三つの問いに答えてみてください。
1 いま、何が一番つらいと感じているか。
2 本当は何に対して怒り、あるいは悲しんでいるのか。
3 いま、自分にとって、最も必要なことは何か。
■明日へ進むための「架け橋」に変わる
とくに最後の問いは重要です。ネガティブな感情を吐き出すだけで終わると、苦しさを再体験するだけで終わってしまう場合があるからです。

そこで、最後に自分への「助け舟」として、具体的な答えを一行だけ書き添えてみるのです。
「今はゆっくり休むこと」「あの場所から距離を置くこと」「誰かに話を聞いてもらうこと」――。この一言があるだけで、書くという行為はただの「嘆き」ではなく、明日へ進むための「架け橋」に変わります。
ノートは、自分を裁くための記録帳ではありません。心の内側の風景を見える形に現像するための暗室のようなものだと思ってください。
霧に包まれた感情に外側から光を当てる。その地道な作業が感情リブートの確かな助けとなるのです。
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菅原 道仁(すがわら・みちひと)
脳神経外科医
菅原脳神経外科クリニック院長。医療法人社団赤坂パークビル脳神経外科理事長。1970年生まれ。杏林大学医学部卒業後、クモ膜下出血や脳梗塞といった緊急の脳疾患を専門として、国立国際医療研究センターに勤務。2000年、救急から在宅まで一貫した医療を提供できる医療システムの構築を目指し、脳神経外科専門の北原国際病院(東京・八王子市)に15年間勤務。毎月1500人以上の診療経験をもとに、2015年6月に菅原脳神経外科クリニックを開院。現在は、頭痛、めまい、物忘れ、脳の病気の予防を中心に医療を行う。著書に『すぐやる脳』(サンマーク出版)など。
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(脳神経外科医 菅原 道仁)
