「日本の新幹線」を選ばない理由がない…同志国・オーストラリアで動き出した「10兆円の高速鉄道計画」の中身

■動き始めたオーストラリアの高速鉄道計画
「人が住む大陸で唯一、高速鉄道を持たない国がある。われわれオーストラリアだ」
オーストラリアのアンソニー・アルバニージー首相は今年2月、豪公共放送ABCニュースの番組に出演し、そう語った。南米にも開業済みの高速鉄道を持つ国はなく、ブラジルやチリで計画があるのみだ。ただ、アルバニージー首相が先進国の指導者として強い焦りを滲ませた発言であることは間違いない
これまで30年以上にわたって検討と頓挫を繰り返してきた、オーストラリアの高速鉄道計画。だが、その事業が、ついに大きく動き出した。
今年2月24日、連邦政府インフラ・交通担当のキャサリン・キング大臣は、オーストラリア高速鉄道局(HSRA)が事業計画書(ビジネスケース)を公表したと言及。
全線開業すれば、オーストラリア南東端のメルボルンから首都キャンベラを経て出て北方へ進み、シドニーを抜けてブリスベンに至る、東海岸を縦断する大動脈となる。
今後50年間で2500億豪ドル(約28兆円。6月1日現在のレート、1豪ドル114.57円で換算、以下同)の経済効果を生み、9万9000人以上の雇用を新たに創出すると試算されている。
■建設費は10兆円規模
第1フェーズではまず、国土の南東に位置する最大都市シドニーと、そこから191キロ北にあるニューカッスルの街を結ぶ。東京―静岡間に相当する距離だ。
HSRAの最新の試算では、同フェーズの建設費は700億〜900億豪ドル(約8兆〜10兆円)。オーストラリア日刊紙のシドニー・モーニング・ヘラルドは、豪連邦政府単独のインフラ事業として史上最大規模になると報じる。
キング大臣は「オーストラリアで最も人口の多い地域で、人々の暮らし、仕事、移動を変える」と意義を強調した。同国初の高速鉄道区間として、すでに与野党がそろって支持に回っており、間もなく事業性評価が公表される見通しだ。
背景にあるのが、逼迫する輸送需要だ。シドニー―ニューカッスル間は現在、鉄道でも車でも約2時間半かかる。ニューカッスルから近郊のマッコリー湖までの道路網は平日1日あたり9万1000台の自動車が通過するが、事故による渋滞が絶えない。
巨額の公的資金を投じる、オーストラリア高速鉄道計画。技術パートナーの選定は同国の交通基盤の今後半世紀を左右する重要な決断となる。考えられる候補は、日本、欧州、中国。いずれも独自の高速鉄道技術を擁する。
■オーストラリアが求める条件
地元紙ニューカッスル・ヘラルドが報道した豪政府の独立助言機関インフラストラクチャー・オーストラリアの評価によると、第1段階に課された目的は大きく4つに整理できる。すなわち、ニューカッスル・シドニー・西シドニー空港を結ぶ接続性の向上、沿線の住宅・人口・経済の成長、雇用やサービスへのアクセス改善による生産性の向上、そして二酸化炭素排出量を抑制した移動手段としてネットゼロ目標へ貢献することである。
とりわけ重みを持つのが住宅だ。同評価によれば、計画が見込む便益の58%は沿線の土地利用状況が変化することで生じ、利便性向上によって4万6000世帯分の住宅の受け皿が新たに生まれると試算されている。背景には、この高速鉄道沿線に2061年までにオーストラリア人口の24%にあたる920万人が住むとの見通しがある。

この「要件」を考えるうえで示唆的なのが、豪州・ニュージーランド公共交通協会PTAANZのローレン・ストライファー代表の言葉だ。世界各地で高速鉄道が成功してきたと述べたうえで、「日本では住宅をより手頃にし、住む場所の選択肢を広げた」と語り、同じ効果をオーストラリアでも期待できると指摘する。
つまりオーストラリア政府は、高速な移動手段さえ完成すれば良いと考えているわけではない。先に挙げた4つの観点(接続性、住宅と人口、生産性、ネットゼロ)を同時に満たす総合力こそが問われている。翻って日本の新幹線において、長年の安定運用を支えてきた信頼性は、雇用やサービスへのアクセスを高める生産性と、都市間を確実に結ぶ接続性に貢献する。さらに、都市近郊でも騒音を抑え込む技術は、沿線都市を発展させ人口を呼び込むうえで欠かせない条件だ。これらの点で、日本の新幹線方式は有力な候補となりうる。
■「地震対策」では日本の新幹線が優位
オーストラリア高速鉄道計画の技術パートナーとして、日本が優位性を持つと考えられる大きなポイントの一つが、万一の地震への備えだ。
高速鉄道のルートは、オーストラリア近代史に深い傷を残した土地を貫く。1989年12月28日、ニューサウスウェールズ州ニューカッスルをマグニチュード5.6の地震が襲った。労働者の社交場だったニューカッスル・ワーカーズ・クラブが崩壊するなど被害は市内全域に及び、9人が死亡。オーストラリア地方紙のニューカッスル・ヘラルドは、約3000棟の建物が損壊し、被害総額は40億豪ドル(約4500億円)を超えたと報じている。
この被災地を縦貫する形で、高速鉄道が走ることになる。将来起こるおそれのある地震災害を見据え、被害を最小限に抑えられる公算が大きい技術の一つが、日本の新幹線方式だ。
面積当たりで世界トップクラスに地震が多い国でありながら、日本の新幹線は開業以来、地震による乗客の死傷者をただの一人も出していない。
■東日本大震災で証明された実績
約2万人の命を奪った2011年の東日本大震災。その激震のさなかでさえ、新幹線で死傷した乗客はゼロだった。鉄道の安全対策の専門家たちがこの実績を「驚異的」と評している、と米公共ラジオ国際ニュース番組のワールドは伝える。
安全性を支えているのが、多重に設けられた防災の仕組みだ。ワールドの取材に対し、JR東海国際部の田中裕一郎副部長がその全容を語っている。
それによると、沿岸部と線路沿いに設置された地震計が、地震の初期波(P波)を捉える。大きな揺れが届く前に、収集されたデータはシステムへ送られ、地震動が自動で解析される。結果として警報が出ると、変電所からの送電が遮断され、対象エリアの全列車が停止する。
こうした防災体制を、海外の専門家も高く評価する。米サンノゼ州立大学ミネタ交通研究所・国家交通安全保障センター副所長のフラニー・エドワーズ博士は、2年以上にわたり日本で鉄道の安全対策を研究してきた。ワールドの取材に対し、日本の地震安全プログラムは「世界最高水準の一つ」であると評価している。
■特に重視される輸送の安全性
オーストラリアのような先進国にあって、特に重視されるのが輸送の安全性だ。日本の技術は、この点で抜きん出た実績がある。
ドイツのICE、フランスのTGV、中国の高速列車、日本の新幹線と、世界の技術先進国がそれぞれの高速鉄道を運行している。だが、安全性に目を向ければ、その実績は一様ではない。新幹線は開業から60年にわたり、列車事故による死者ゼロの実績を保つ。一方、欧州と中国では重大事故が現実に起きている。
1998年、ドイツ北部で起きたエシェデ鉄道事故。BBCの報道によれば、高速列車ICEが脱線・衝突し、100人が死亡、88人が重傷を負った。

ドイツ鉄道監督当局が連邦議会に提出した中間報告書では、車輪の破損が最も可能性の高い原因であると結論づけられた。車輪が破損したことでまず1両が部分脱線し、これが橋に衝突したことで、橋の崩落に至ったという。
鉄道利用者の代表団体は、車内監視システムと点検体制に不備があったと批判した。モニタリングが徹底されていれば事故は防げたはずだ、と。
一方、中国でも重大事故が起きている。米NBCニュース部門のNBCニュースによると、2011年、浙江省温州市近郊で先行列車が落雷により停電。後続列車を自動停止させるはずの電子安全システムが機能を喪失し、高速列車が停車中の先行列車に追突した。中国当局の最終発表によれば、この事故で40人が死亡した。
■「多層にわたる冗長性」が安全性の基礎に
いずれの事故にも共通点がある。ドイツ・エシェデでは車輪の破損、中国・温州では停電と、たった一つの障害をきっかけに、安全を支える仕組みをすべて失ったことだ。
当然、完璧な設計というものは存在しない。それでも新幹線は、多層にわたる冗長性を確保することで、こうした単一障害点(ある1点に不具合が起きると全体の安全性が損なわれる致命的弱点)をあらかじめ極力排除している。
JR東海によれば、1964年に開業した東海道新幹線の累計旅客数は64億人に達する。インターナショナル・レイルウェイ・ジャーナルが取りあげるように、1日平均368本が最短4分間隔で走り、平均遅延時間はわずか42秒だ。これほど高密度での運行を続けながら、英日刊紙のガーディアンが伝えるとおり、列車事故による乗客の死者は開業以降、約60年にわたり一人も出ていない。

■新幹線が克服した騒音という難題
安全性と並んで日本がリードするのが、騒音対策の技術だ。高速鉄道が都市部を走る以上、沿線住民の生活環境への影響は避けて通れない課題である。事故の防止に加え、日々の騒音や環境負荷の管理も問われる。敷設にあたり沿線住民の理解を得る上でも、騒音性は大きなポイントとなる。
列車の運行速度が2倍になれば、空気抵抗は4倍。空力騒音に至っては速度の6乗に比例し、音圧は18デシベルも跳ね上がる。実は日本も、かつてはこの課題に悩まされた国の一つだった。インターナショナル・レイルウェイ・ジャーナルは、1964年の東海道新幹線の開業で速度がほぼ倍増し、この問題が顕在化したと振り返る。
東海道新幹線開業当時、沿線の騒音は約90デシベルにも達していた。だが、1975年には、日本政府が新幹線の沿線騒音について環境基準を法的に制定。インドの国営高速鉄道公社NHSRCLが各国基準を整理した技術文書では、住居地区で70デシベル、商業・工業地区で75デシベルというこの基準は、ピーク騒音の瞬間最大値を抑える指標として、世界の高速鉄道規制のなかでも厳しい部類に属すると評価されている。
その後、環境省が公表する資料によると、1985年度から「75デシベル対策」を3段階で実施。対象区域内のすべての計測地点で基準達成を確認した。1999年には低騒音パンタグラフと絶縁体カバーが導入されたと、インターナショナル・レイルウェイ・ジャーナルは報じている。速度を落とさず音を抑えるという一見して矛盾する要求に対し、日本は改善を続けてきた。
■建設コストという難題
以上のような技術的な性能に加え、建設コストを計画どおりに管理できるかという問いもまた、技術パートナーを選ぶ上で譲れない基準だ。中国主導のプロジェクトでは、この点で深刻な問題が繰り返し露呈してきた。
象徴的なのが、インドネシアのジャカルタ―バンドン間高速鉄道「ウーシュ」だ。米外交専門誌のディプロマットによると、国営鉄道会社KAIのボビー・ラシディンCEOはインドネシア国会の公聴会で、同プロジェクトの財務状況を、「まさに時限爆弾に似た状況だ」と警告した。

就任して初めてプロジェクトの実態を把握したというラシディン氏は、国鉄運営会社KAIと中国との合弁会社KCICの双方が抱える財務・運営上の問題の深刻さを認めている。トップが代わるまで全容が表に出なかったことからも、このプロジェクトの不透明さは明らかと言えよう。
当初の見積もりは60億米ドル(約9500億円。6月1日現在のレート、1米ドル159.48円で換算、以下同)。コロナ禍で工期が遅延し、土地収用も難航した結果、建設費は73億ドル(約1兆1600億円)にまで膨れ上がった。同誌によると、2023年2月に両国政府が確定させた超過費用は約12億米ドルにのぼる。当初予算の約2割が後から上乗せされた計算だ。
中国勢は1キロあたりの建設単価の安さを売り文句にする。だが、ウーシュの大幅なコスト超過を見れば明らかなように、たとえ着工時点での皮算用が安く上がろうとも、現実的にプロジェクト総費用を抑えられるとはかぎらない。
■良好な外交関係は欠かせない
高速鉄道は建設から保守まで、技術パートナーとの関係が40年、50年と続くインフラだ。予算管理の見通しやすさと並んで調達判断を左右するのは、その相手国と政治的に良好な関係を、半世紀にわたって保てるか否かである。
豪中関係の緊張が一気に表面化したのは、2020年のことだ。オーストラリアが新型コロナウイルスの起源について国際的な調査を求めると、当時の中国大使は即座に反発。中国の消費者がオーストラリア産ワインや牛肉、観光をボイコットするだろうと警告した。一連の騒動を、米ビジネスニュース専門局のCNBCが伝えている。観光客の途絶をちらつかせる戦略は、日本への昨年からの「渡航自粛要請」とも重なる。
中国大使の言葉は、決して虚言ではなかった。同年11月、中国はオーストラリア産ワインに反ダンピング関税を発動し、ロブスターや木材、大麦の輸入も停止・制限した。
中国大使館は14項目に及ぶ不満リストを突きつけ、安全保障を理由とする中国企業の対豪投資10件の阻止などを槍玉に挙げた。北京ではオーストラリア国籍のテレビキャスターが拘束される事態にまで至っている。
両国間は軍事面でも緊張関係にある。
CNBCによれば、昨年2月、中国海軍はオーストラリアとニュージーランドの間の公海上で、十分な事前通告なしに実弾による射撃演習を実施した。民間の航空会社が航路変更を余儀なくされるほどの規模だった。ペニー・ウォン豪外相は中国の王毅外相に対し、通告が不十分だったとして懸念を表明している。
こうした経済制裁や軍事演習により、オーストラリアの対中感情は決して良好ではない。
■「作って終わり」ではない日本式サポート
パートナー国の質を測るうえで、リスクの見極めと並んでもう一つ、重要な視点がある。技術パートナーが受注国にどれだけの技術移転を行えるかだ。
高速鉄道は決して、開業をもってゴールというわけではない。完成後も数十年にわたって車両の製造と保守を続けなければならない。日本はこの分野で、本国以外にもイギリスとインドの2カ国で実績を積んできた。
イギリスでは、日立とアルストムの合弁会社が高速鉄道英国高速鉄道のHS2の車両54編成を一括受注した。設計・製造・保守を一手に担う包括契約だ。
HS2によると総額は約20億ポンド(約4300億円。6月1日現在のレート、1ポンド214.5円で換算)。ダービーとカウンティ・ダラムに製造拠点を構え、イギリス国内で2500人の雇用を生む見通しである。新幹線と欧州高速鉄道の技術を掛け合わせた設計で、イギリスの工場で量産を進める。車両を輸出するのではなく、ものづくりの基盤を現地で育てる発想だ。
技術移転の柱はもう一つある。人材育成だ。インド英字日刊紙のフリー・プレス・ジャーナルは今年2月、インドのムンバイ―アーメダバード間の高速鉄道の開業に向け、鉄道員15名がJICA(国際協力機構)とJR東日本の協力のもと、日本で運転士訓練を受けていると報じた。運転操作の習得はもちろんのこと、「指差し確認」に代表される安全運行の所作など、現場に求められる日常的な心得を身につけることにも重点が置かれる。
■来年着工、2042年延伸…日本の出番は近い
以上、地震を見越した安全対策から、運用実績に騒音対策、そして政治情勢や人材育成まで、複数の観点から日本・欧州・中国の技術を比較した。
より細かな項目を比較すれば、一様に日本が優位なわけではない。例えばエネルギー効率では、欧州勢になお分がある。米工学専門誌のIEEEスペクトラムの比較では、新幹線の旧型車両は約0.35MJ/pkm(旅客1人・1キロ当たりの消費エネルギー)。フランスのTGVやドイツのICEの約0.2MJ/pkmには届かない。
だがN700Sの改善により、この差は着実に縮まっている。騒音対策で培った長年の技術蓄積と合わせれば、環境面の総合力に遜色はない。オーストラリアが求めるのは、あらゆる項目で首位に立つことではない。全条件を満たす総合力だ。
オーストラリアの高速鉄道計画は、すでに具体化しつつある。シドニー・モーニング・ヘラルドが伝える鉄道公社案は、3段階で進む構想だ。まず来年、ニューカッスル―セントラルコースト間に着工し、工期12年を見込む。2039年にシドニー中心部へ、2042年にはパラマタおよび西シドニー空港へと延伸する。

さて、日本の新幹線と共に歩んできた、オーストラリア出身の人物がいる。英語アナウンスを約20年担当するドナ・バーク氏だ。ガーディアンの取材に、こう語った。
「新幹線は、私が日本で最も好きなものを体現しています。仕事への誇り、他者への奉仕の精神、効率性、そして信頼性です」
その誇りと信頼性に裏打ちされた鉄路を、今度はオーストラリアが手にする番となるだろうか。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
